第4話 霜降

 僕は屋根裏部屋が好きだ。

 天窓がついていて、夜空を見ることができるだけじゃない。小さな友達が遊びに来るから。


「ごちそうさま!」


 僕は勢いよく椅子から飛び降りるとリビングを飛び出した。


「何?そんなに急いで……」


 お母さんが怪訝そうな顔で僕を見る。向かいに座っていた僕のお姉ちゃんは呆れた顔をしていた。


「どうせまた星を見るんでしょ?よく飽きないね」


 僕とお姉ちゃんの相性は最悪だ。僕の行動を見てはよく文句を言ってきたり鼻で笑ってくる。腹が立って何か言い返してやろうと思ったけど今はそんなのどうでもいいんだ。


「今日は1日夜通しで観察するから邪魔しないでよ?」


 僕はよく屋根裏部屋に籠って星を眺める。


「明日学校休みだからって夜更かししすぎないのよ?」

「はいはい」

「はいは1回!」

「……はいっ!」


 僕はやけくそな返事をすると階段を駆けあがった。ポケットには学校の帰りに内緒で買った猫の餌を忍ばせている。

 

 僕が小さな友達、黒猫のクロと出会ったのはつい最近のことだ。僕が天窓に顔を近づけて星を眺めようとした時に天窓の側に座っていたクロを見つけた。

 最初は猫だと思わなくてこんな近くに大きな星なんかあったっけ?と勘違いしてしまった。クロの体は真っ黒で夜空と同化し、黄色の瞳が光っていたせいだ。


 天窓は辛うじて顔をのぞかせるぐらいには開けることができた。僕はそっと天窓を押し上げると空と、もしかすると宇宙と一体化しているクロに触れた。

 クロは僕に大人しく触られていた。少し硬さのある毛並みだったけれど気持ちいい。

 

 こうして僕らは星を眺める友達となったのだ。


 クロは僕の右隣で猫の餌に夢中になっている。屋根裏部屋に秘密の友達を招待するのは初めてだ。


 僕は寝転がりながら隣にいる温かい毛玉で暖を取りながら星座を作る。じんわりと伝わってくる熱はとても落ち着く。厚着をし、電気ストーブも付けているが猫には違った温かさがあるから不思議だ。

 もうほとんどの星に名前がついてしまっているけれど他の部分を繋げば色んな形に見える。だから僕は星を見上げては自由に自分の星座を作った。ゲーム座、宿題座、飛行機座……他にも色々。


「今日はクロの為に猫座を作ってやろう」


 そう言うとクロはしゃがれた声でみゃあと鳴いた。どうやら喜んでくれているらしい。

 星を眺めている間は宇宙に抱かれているような不思議な気持ちになる。それは小さい頃お母さんやお父さんに抱っこしてもらったような安心感があるんだ。

 暗闇でも星があるから怖くない。同じ場所で光って僕を見守ってくれているように思えるから。星を見れば迷子にだってならないんだ。


「あの星とこっちの星……こうやって繋げば猫座になる!」


 僕は寝っ転がりながら指を天に向かってなぞる。出来上がった猫座の中に二つの黄色い星が輝いていた。

 

 腕を蹴られて僕は目が覚めた。いつの間にか眠ってしまったようだ。クロが天窓から出て行ったらしく黒いしっぽが見える。

 僕を踏み台にするなんて……。恨めしく思いながら明るくなった天窓から顔をのぞかせて驚いた。

 

「うわあ……。屋根が白い」


 家々の屋根が仄かに白く色づき光が当たって美しくきらめく光景が目の前に広がっていたからだ。独り言を言った僕の口からも白い息が見える。


 僕はこの景色がとても綺麗で特別だと思った。こんな朝早く屋根を眺めているのは僕とクロしかいない。


 クロも僕と同じ方向を見て暫く固まっていたがやがて白い屋根の上を颯爽と駆けて行ってしまった。

 黒い毛むくじゃらの背を見送った後、僕は朝食をとるために一階に降りた。


「おはよう。それで研究の調子はどうだい?」


 寝ぐせだらけのお父さんが眠気眼でコーヒーを飲んでいた。僕はコーヒーの香りに顔をしかめたあと、胸を張って答える。


「猫座を発見したよ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る