第3話 寒露
日曜日の朝。
私にはちょっとした楽しみがある。それは優雅な休日を過ごすことだ。
高級ホテルでアフタヌーンティー?素敵な恋人とおしゃれなディナー?それともショッピングか旅行?
私の優雅な休日は残念ながらそのどれでもない。
早朝、弾力のある柔らかな感触が顔に当たる。その正体を私は知っていて朝から笑みを零す。
「おはよう。
名前を呼ばれて上機嫌になったのか。目の前の白い毛並みの猫はゴロゴロと喉を鳴らした。顔に当たっていたものは猫の肉球だ。
毎朝のルーティンは白玉の餌を準備するところから始まる。私は背伸びをすると台所へ向かった。白玉のエサ皿と水飲み皿を回収し、軽く両方の皿を水洗いする。計量カップで餌の量を測りガラガラと固形の餌を入れた。
餌の音を聞きつけた白玉は私の寝室から慌てて台所へ走って来た。そんなに慌てなくてもこの餌を食べるのは君しかいないのに。
「はい。どうぞ」
台所近くの床に餌箱を置く。白玉ががつがつと餌を食べている間に水も入れ替えてやりエサ皿の隣にそっと置いてやる。
白玉の食べっぷりを横目に見ながら私の朝ごはんも準備する。月曜日から金曜日は会社に行くため、菓子パンやおにぎりと言った簡単なものしか食べない。朝ごはんに時間を割く余裕がないのだ。
これから私は少し手間をかけたスペシャル朝ごはんを作る。
思わず顔がにやけた。自分の為だけに作る朝ごはんという特別感に心が弾む。
まずベーコンと卵をフライパンで温める。ベーコンをフライパンにひくとジューッという良い音が部屋に響いた。近くで餌を食べていた白玉がその音に少し驚いたような表情を浮かべる。
その上に卵を1つ落とす。
ジューッという音が一段と大きくなった。軽く少量の水を入れると素早くフライパンに蓋をする。
さて。卵を焼いている間に食パンを焼きますか。
私は鼻歌交じりに食パンを取り出す。昨日セール品になっていた少し良い食パン。今日食べることを楽しみに今週は生きていたようなものだ。
トースターに食パンをセットする。
卵の焼き具合はどんな感じかな……。フライパンの蓋を外すと卵に薄っすらと白い膜が張っていた。ナイスタイミング!私は火を止めた。
小麦色の肌になったトーストの上にベーコンと卵を乗せる。
これは絶対美味しい。
私は心躍らせながらテーブルにトーストを置く。まだまだこれだけではない。今日は日曜日の朝。紅茶も淹れる余裕すらある。
猫の描かれたマグカップにお湯を注ぐとパックの紅茶を入れる。無色透明だったお湯が温かみのある茶色へと姿を変えた。私はこの、お湯に色がついていく瞬間を眺めるのが好きだ。
「いただきます」
口の中に広がる肉汁と卵のつるんっとした食感を楽しみながら窓から見えるイチョウ並木を鑑賞する。最近やけに食欲があるのは秋のせいかもしれない。
ぼーっとしている私の側に白玉がやってきた。
ひくひくと小さな鼻を動かし朝食の香りを嗅ぎ始めた。マグカップの近くまでやってくると険しい表情をする。
そしてマグカップの周辺を前足で掻き始めたのだ。白玉は紅茶の香りが苦手らしくこうやって土に埋めるような仕草をする。私はそんな白玉の行動に声を出して笑った。
「こらっ。私の飲み物を埋めないの」
そう言ってマグカップをどかしてやると大人しく私の目の前に座った。私と同じように窓の外を眺める。
白玉も黄色の装いへと変わりかけているイチョウを美しいとか思ってるんだろうか。猫がそんなこと考えているわけないかと思い直し私はまた1人で笑った。
猫とゆっくり過ごす朝ほど贅沢な時間はないと私は思うのだ。
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