エリナの事情――そしてエリナの想い

※前半、重いです※

※後半、重度です※

※ご注意ください※

 




 幸せで平凡な家庭だった。父と母と私と妹の、幸せな四人家族だった。

 五歳までは、そうだった。


 私の父親は五歳の時にリストラに遭った。『俺は必死に働いていたのに』と、その日から父は飲んだくれるようになった。

 退職金はわずかで、母が身を削ってお金を稼ぎ、父はそれをお酒やギャンブルで浪費した。

 そうして私は学校に行くこともできなくなり、苦しい家計を助けるために幼い身で働くこととなった。

 頭も悪く幼かった私にできるのは家の中での細々とした内職だけだった。

 それでも何とか生きていけた。

 十歳までは。

 私が五歳の時に生まれた妹は、同じ五歳になって父に殴られて呆気なく死んだ。それは事故という事で片付いた。私はそれが事故でないと知っていたけど、母に泣きながら黙っていなさいと言われて、そうした。

 父はそれからさらに荒れた。母は抵抗しなかった。私もしなかった。


 それから、私は実の父にレイプされた。

 妹が父に殺されて一か月ほどした日の事だった。

 その日の事は今でも覚えている。たぶん一生忘れる事は出来ない。泣きながら止めてと抵抗する私を父は殴り、そして欲望を吐き出した。

 その事を、私は母に言えなかった。理由は怖かったからだと思うが、確かでは無い。ただ隠さなければいけないと強く思い、その通りにした。

 父はそれから何度も私を犯した。家に私と父しかいない時にそうした。何度もそうされるうちに私は抵抗することを辞めて、早く終わって欲しい願いながら意識を遠くに飛ばしていた。そうして事が終わったら体を洗い、家の中を片づけた。

 そんな日々を一年続けた。一年も続いた。


 一年がたって、父とのことが母にばれた。その日は何か理由があったらしく早く帰ってきて、私に覆いかぶさり腰を振る父を目撃した。父は服を着るとすぐに逃げ出し、残された私は母に殺されそうになった。


 お前が誘ったんだと、母は憎しみの声を上げて私の首を絞めた。

 そのまま死ぬはずだった私を救ったのは、戻ってきた父だった。

 母の頭を後ろから鈍器で殴って私を助け、そしてその結果、母は殺された。


 父は私を犯した後にそうするように、母の亡骸を抱いて泣きながら謝っていた。

 もしも母が生き返ったら、もう一度殺して同じように泣くんだろうなと、そう思った。

 父は刑務所に入り、そして一年とたたずに他の囚人と喧嘩をして死んだらしい。


 私は施設に預けられ、そこで毎日のようにセンセイとよばれる男たちに犯され、あるいは施設の為にと身体を使った仕事を強制された。

 同じ施設の子と逃げ出そうとしたことは何度もあったが、そのたびに捕まって、ひどいお仕置きを受ける事になった。

 時には足や腕の骨を折られるほどのお仕置きを受ける友達もいたし、思い出したくも無いお仕置きをされた私もいる。


 生きていることは、私にとって地獄だった。それでも死にたくはなかった。


 地獄の日々は、一人の美しい女性が現れて終わりを告げた。

 女性と言っても、私より一つ年上なだけの女の子だ。でもその子は薄汚れた私なんかと違って、とても綺麗だった。

 昔見た絵本のお姫様が現実に出てきたような、とても綺麗な女の子だった。

 凛とした雰囲気は多くの大人たちを従えて当然と言った様子で格好良く、声を出せば透きとおる鈴の音のようで、小首をかしげるようなふとした仕草はとても可愛かった。


 私は彼女に、一目惚れをした。


 彼女は私や友達に対してとても同情的で優しかった。

 それが安全なところにいる者の上からの言葉だと、気に入らないと口にした友達も何人かいたが、私にはそんな事よりも私たちを助けてくれたことへの感謝の声の方が大きかった。

 彼女に対し、センセイたちが悔しそうな、苦しそうな顔をしているのが、ただ嬉しかった。


 私は彼女から虹色のミサンガを貰った。その時の私は現実を現実として受け入れられなくて、いつも視線と心をどこかに飛ばしていた。

 でもその時の彼女の、アシュレイお姉さまの顔は、しっかりと覚えている。

 とても綺麗な顔をゆがめて、辛そうに私の目をしっかりと見据えていた。

 絶対に私を忘れないという視線と触れた手の熱さに、私はまたやられてしまった。


 その後、私たちは散り散りに別の施設に預けられた。

 アシュレイお姉さまのそばにいたくてしがみ付いて抵抗したけど、それは叶わなかった。それはダメだと、よくわからない事情を大人たちが諭していたが、私はそれを理解できなかったし、覚えてもいない。

 新しい施設ではひどい事はされず、女の先生が多かった。

 私はその事を喜ぶことはなく、頭の中を占めるのはどうすればまたアシュレイお姉さまに会えるかという事だけだった。


「頑張って勉強すれば、また会えますよ」


 新しい施設の先生はそう言った。私はそれを信じてたくさん勉強をした。勉強をして、それだけではダメなのだという事を学んだ。

 私が入った施設では十五歳で卒業し、それからは仕事をして自活しなければならない。

 アシュレイお姉さまのお側にいる最もわかりやすい手段はお姉さまのお屋敷で働くことだけれど、お姉さまの家は格式高く私のような教養の無い孤児を雇う事は無かった。


 次に目を付けたのはお姉さまと同じ学校に通う事だった。だがそれにはとてもたくさんのお金がいる。奨学金という制度はあったが、私の出来の悪い頭ではそれは貰えそうもなかった。

 私が見つけた現実的な手段は、お金持ちの家の養子になることだった。


 お金のかかる名門の学校に養子を通わせてくれそうなお人好しの家は限りがあり、そう言った家に貰われたい孤児は多かった。私は孤児としては年齢を重ねている方で、その意味でも難しかった。


 私は選考をしている人たちに媚を売り、時には下品な男の欲望を刺激した。あるいは前の施設で教わったやり方でお金を作り、そのお金を使った。

 そういった事をするのはとても嫌だったし、平気になった訳ではないけれど、男に体を触られるのはどうしようもなく気持ち悪かった。

 でももう一度お姉さまに会うためだと思えば我慢できることだったし、それまでよりもずっと気持ちは楽だった。


 私は陰で、ビッチと呼ばれるようになった。

 ろくな生まれと育ちで無いから、救われても生き方が変わらない最低のビッチだと、そう言われた。

 それでも良い。アシュレイお姉さまに会えるならそれで良い。

 私はとっくに汚れている。罵られる言葉には何の間違いも無い。


 苦労のかいもあって、私は何も知らないお人好しのユリという名家の傍流に拾われた。エリナ・ユリというのが、新しい私の名前だった。

 ユリの家の人は本当にお人好しで、当主の養父や義兄たちは私を犯すことは無く、そもそも欲情した目で私を見る事も無く、新しい家族として扱った。

 ただ新しい養母は私の過去を知っているのか、時折冷たい目で私を睨み、それが本当の母のもののようで私を安心させた。


 温かい新しい家はとても優しかったが、私のような最低のビッチにとって居心地はあまり良くなかった。おかしな話だけれど、養母の冷たい目は私にとってのささやかな救いだった。



 ******



 三年が経過して、私はアシュレイお姉さまに一年遅れて同じ学校に入った。

 何の学も無い私だったが、必死に勉強してなんとか入学試験をパスできた。試験を身体やお金で何とかしようとは思わなかった。

 そのやり方ならば、慣れない勉強よりも簡単にできる自信はあったが、今の新しい家族が私にそれを選ばせなかった。


 最近では養母おかあさんが冷たい目で私を見る事は無くなって、私はそれを良い事だと思うようになっていた。

 本当に、新しい家族は汚れた私には本当にもったいないぐらいに優しくて、温かいものだった。

 私は、そんな家族の期待に応えたかったのです。



 学校ではお姉さまのお姿をすぐに見つけました。

 入学式で私たち新入生を迎える在校生代表が、アシュレイお姉さまだった。

 久しぶりに見るお姉さまのあまりの美しさに、私は卒倒してしまった。


 運ばれた保健室ではお姉さまの弟であるアスラと知り合った。私が目を覚ます少し前までお姉さまも来ていたそうだけど、後の予定が推しているとのことで退室したとの事でした。

 私はそれを惜しいと思ったが、しかしお姉さまの大事なお話の最中に倒れて邪魔をしたことを考えれば合わせる顔がありません。


 それにお姉さまの顔を見れば、また倒れてしまうかもしれない。

 久しぶりすぎたからというのが倒れるほどの興奮に至った理由だろうけれど、顔を見てしまえばどうしたって興奮してしまうのは避けられない。

 気持ち悪いなどとお姉さまに思われては、これから生きていけない。


 幸い、私はアスラという友人が出来た。

 弟であるアスラの顔立ちはそれなりにお姉さまに似ています。お姉さまに比べれば凛々しさの欠けた軟弱な顔立ちだが、それでもまあ似ています。

 お姉さまのご尊顔を拝見するための訓練としてはうってつけの人材でした。

 ちなみに私は基本的に男という生き物が嫌いなので、そのおかげもあってお姉さまに似ているアスラの顔は普通に見ることが出来ます。


 最初はお姉さまをお見掛けできる学校に入りたいと思っていた私ですが、いざ入ってしまえば欲というのは深くなります。

 なるべく多くの時間、お姉さまのお姿を見たいと思うようになり、ついつい学校では遠くからそのお姿を見守り、学校が終われば無事にお帰りになれるようご自宅まで後をつけるようになりました。

 もちろん気持ち悪いなどとお姉さまに思われては生きていけないので、お姉さまやお姉様の護衛にばれないよう細心の注意を払いました。


 そしてただ見守るだけでは我慢が出来なくなって、ついついお姉さまのご自宅にお邪魔させてもらいました。

 もちろん気持ち悪いとお姉さまに思われては生きていけないので、誰にも気づかれないよう忍び込んで、誰にも気づかれないように去るのは当然です。


 一晩中お姉さまの寝姿を見守るために、家には学友の家に泊まる事にしてもらい口裏を合わせてもらうこともありました。

 それはあまりに至福の時間なので、ついつい回数を重ねてしまいました。

 そしてなぜか私が夜遊びを繰り返すビッチだと言う根も葉もない噂が流れ、それを聞き付けたお母さんの誤解を解くために、渋々お姉さまの寝姿を眺める事を諦めねばなりませんでした。


 しばらく欲求不満を抱える事になった私ですが、それが晴れる機会がやって来ました。

 お姉さまが私を見たのです。

 いつものようにアスラと雑談していると、遠くからお姉さまが値踏みするような目で私を見ていました。その冷たい目にとても興奮しました。


 偶然のご褒美かと思いましたが、アスラと話しているとそのご褒美を頂ける機会が何度かありました。

 もしかしたらと思い、私はなるべくにこやかに愛想よく、親しげにアスラと会話するようにしました。その結果、ご褒美を頂ける機会がとても多くなりました。

 お姉さまの視線はとても好意的なものでは無かったけれど、視界に入れて頂けるだけで私はとてもとても幸せでした。


 ただアシュレイお姉さまを、ひそかにお姉さまと呼び慕うのは私だけではありませんでした。


 入学式で最高学年の三年生を差し置いて、在校生代表に選ばれるお姉さまは全校生徒の憧れの的です。

 妬みの視線を向ける不埒者もいくらかはいますが、学内のほとんどの生徒がお姉さまに心酔しており、特に私と同じ一年生は男たちをもひれ伏せさせる圧倒的な美貌と能力を持つアシュレイお姉さまをお姉さまと呼び、ファンクラブを作っていました。


 ちなみに私はファンクラブに入っていません。

 ファンクラブはこともあろうに、ベイルというろくでなしとお姉さまの関係を応援しているのです。

 ちゃんと見ればお姉さまがあのベイルに辛い思いをさせられているのは明白なのに、かいがいしいお姉さまの姿と婚約者という肩書に惑わされているので、ファンクラブにはお姉さまを慕うものとしての資格は無いのです。


 ですが、数というのは暴力です。


 私はファンクラブの妨害に合って、これまでお姉さまに近づく事も出来ませんでした。

 アスラの友人で入学式で粗相をした私は、ファンクラブの連中からすれば最も警戒するべき大敵であるようです。


 そんなファンクラブも、お姉さまからのアクションには一切関与しません。ファンクラブはあくまでお姉さまの行動を眺めるだけの集まりです。

 私はその程度ではもう満足できないので、そう言う意味でもファンクラブに入る理由はありませんでした。


 話を戻しますが、私は自分からはお姉さまに近づけないので、その周囲の人物に話しかけるようにしました。

 その中にはあの・・ベイルも含まれます。

 あいかわらずベイルはろくでなしで、お姉さまの悪口ばかり言っていました。それが事実でない事ばかりなのも知ってましたが、ついついその頬を張り倒してしまいたくなるので、話は全部右から左に聞き流して相槌を打ってやりすごしました。

 そうしたらなんと、お姉さまに直接かまってもらえることとなっりました。しかしお姉さまが私の為に時間と労力を割いてくださったことの全てを、残念ながら把握することはできませんでした。

 これまでの私ならば何を差し置いてもそこに全力を注ぎこんだのですが、学業をおろそかにしては家族にいらぬ心配をかけてしまいますし、そうでなくても私はこれまでに受けていた教育というハンデに、小柄で弱い体に頼りない魔力と、才能の面でも劣っています。


 ちなみに私とお姉さまが通うこの学校は、騎士を養成する学校です。

 騎士と言っても宮仕えの儀典騎士(これは実質的には変わった資格を持っているだけのお役人です)や近衛騎士、あるいは治安を守る警邏騎士などもいます。

 もっとも一般的なのは国を守るために魔物や悪漢と戦う、いわゆる騎士ですが。


 つまりこの学校はお役人を育てる側面もあるので戦闘能力が低くてもやっていけるのですが、それでもやはり戦う力を持っているというのが大きなステータスになり、お姉さまは最高学年の先輩方を抑えて学内最強の称号を持っています。


 そして私は一年生の最底辺で、日夜最弱を争っています。なのでしっかりと勉強してその分を補わないと、留年や退学勧告なんてものを貰ってしまいます。

 少なくともお姉さまが卒業する二年生まではこの学校にいたいし、才能が無いのにこの学校に行くことを許してくれた両親のためにも、出来ればちゃんと卒業したいのです。

 もっとも卒業後の希望進路は騎士では無く、ローズ家のメイドですけどね。


 さてそんな訳で私はお姉さまの悪戯がして下さった全てを承知していません。

 それにやきもきしたのは最初の内だけで、すぐに次は何をしてくれるんだろうと、楽しい気持ち一杯で待ち焦がれるようになりました。

 下駄箱の靴の底にガムが張り付いていた時はお姉さまが噛んだものかと興奮し、綺麗に剥がしてハンカチに包み、今も自室の宝箱――200㎏オーバーの強固な金庫――の中に厳重に保管しました。

 それ以外にもお姉さまからは多くのプレゼントを頂きました。時には筆箱の中身が、たぶんお姉さまが子供のころに使っていたであろうファンシーな文房具などにすり替えられていました。

 私が小さい頃、まだ学校に行っていた頃に友達が使っていて羨ましく思っていたのと同じデザインでした。嬉しく思う反面、昔を思い出してちょっと気持ちが黒くなってしまいましたが、きっとこれはつらい過去と向き合いなさいと言うお姉さまの教えです。

 でも使うのはもったいないので購買で新しい文房具を買ってきて、お姉さまからの頂き物はやはり宝箱になおしました。そうしたらなぜか次の日に、ごめんなさいという短い謝罪をしたためた便箋と共に、少額のお金が入った可愛らしい封筒が私の机の引き出しに入れられていました。

 この世界で最もお姉さまを愛する身からすればその短い文章の筆跡だけで、いえ、封筒から漂う香りだけでもお姉さまだとわかりました。やはりお姉さまはかわいいですね。


 連日のやり取りですこし調子に乗った私は、お姉さまと廊下ですれ違う機会があったので、勇気を出して微笑みかけました。冷たい目で睨まれ足を踏まれました。ありがとうございますっ!!


 その後もお姉さまからは多くのご褒美を頂きました。

 水泳の授業の後などは、なんとお姉さまの子供のころの下着を頂いて、あまりの興奮で我を失いつつも最後の理性でトイレに駆け込み、一時間ほど籠ってしまいました。

 その際に友人が心配してやって来たのですが、私は興奮が抑えきれず声を押し殺して耐えたのですが、何やら友人は私がすすり泣いていると勘違いしたようです。

 まあ本当の事は言えませんし、泣きたくなるほど嬉しかったので友人の推測も外れてはいなかったのですが。

 ちなみにお姉さまの下着は水泳の授業中に私の下着とすり替えられたものなので、私はパンツがありません。お姉さまの下着をそのまま穿いて帰ると、性的な意味で大変な事になってしまいます。そう言う訳でスパッツを穿いて帰りました。

 まあそのスパッツは『ノーパンでうろつくな』と気を効かせた友人が購買で買ってきてくれた物なのですが。

 そしてお姉さまの下着はもちろん宝箱に保管しています。毎日寝る前に取り出して、お世話になっていますが。

 そして私にお姉さまの下着が送られた次の日に、代わりに無くなっていた下着が返ってきました。お姉さまの家の洗剤で洗われ、お姉さまの残り香が漂う私の下着が返ってきたのです。

 興奮しない理由はどこにもありません。

 私は二日続けてトイレに籠り、また友人を心配させる羽目になりました。




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