幼馴染の誘い――そしてビッチ登場
「抜け出すつもりだったんだろ、ちょっと付き合えよ」
幼馴染君はそう言って、返事を待たずに歩き出した。俺は弟君と顔を見合わせた後、ついて行くことに決めた。
「懐かしくないか、アシュレイ。ガキの頃はよく一緒に稽古事から抜け出して遊んでただろ」
「あー、そんな事もあったな」
私の記憶の中には、確かにそれがある。心の奥の方に大事にしまっていた記憶だった。
幼馴染君はそれ以上は何も言わず、俺たち二人も黙ってその後に続いた。
「着いたぞ」
俺たち三人がやって来たのは丘の中にある小さな森の中の、みすぼらしい小屋の前だった。
いや、それは小屋と呼ぶのもおこがましい。
木々の合間に数枚の板を張り付けただけの、隙間だらけの壁に、藁を被せただけの頼りない屋根。子供が手作りした秘密基地だった。
「懐かしい……ん? いや、俺たちが作ったのは随分前に壊されたはずだよな」
「ああ、これは俺が昨日作った」
……すげぇな。子供が作ったものの再現とはいえ、一晩でやったのか。材料集めるだけでも一苦労だろうに。
しかも再現度がすげぇ。記憶に残っている秘密基地とほとんど変わらない。
「狭くて中には入れないけどな。
……でかくなったよな、俺たち」
そう言って幼馴染君は秘密基地の中から、クーラーボックスを取り出した。
「飲もうぜ」
中身は良く冷えた
つらつらと、幼馴染君が語って俺が相槌を打つ。内容は子供の頃の思い出話で、ときには弟君も会話に参加した。昔はよく三人で遊んだよなって言う程度の内容だ。その会話が心の奥の方に届いてくる。
わざわざこんな手の込んだ慰め方をするとか、私もずいぶん良い友人を持ってるもんだ。
ふと会話がとぎれて、幼馴染君は意を決した様子で口を開いた。
「……お前はずっとベイルの事が好きで、あいつがしっかりすればきっと仲のいい夫婦になれると、そう思っていた」
「そりゃあ無理だ。親の意向で結婚はしたかもしれねぇけど、幸せな夫婦ってのは無理だ。
なんつっても相性が悪い。私もあいつも負けず嫌いで、甘えたがりの意地っ張りで、ついでに器用貧乏なとこも被ってる。いっしょにいりゃあ反発しあうのが道理ってもんだ。
まあ本音で話し合えれば
私とあのクソ王子の関係は、それだけが惜しい。
男と女としては私とあいつは致命的に相性が悪いが、友人としてはそうでもなかった。
「……そうか」
「そんなことより、そっちはどうよ?
あのビッチちゃんとはうまくいってんのかよ。今んとこあのクソ王子に一歩リードされてんじゃねぇの?」
「……ん。まあ、それはいい」
「はっ。なんだよ、
兄弟、お前はこんな男になるなよ。男ってのはエロくて当たり前なんだ。そこひた隠しにしてっと彼女出来ねえぞ。特にお前は中途半端に顔がいいから、今モテてるのを勘違いして余裕こいてると童貞こじらせるぞ」
「余計なお世話です!!」
「いやいや、兄弟。俺は心配してんだぜ。折角立派なもん持ってんのに、使う機会がねえとか悲しすぎるだろ。
ああ、そういやお前もビッチちゃん狙いだったか?」
だとしたらこの二人はライバルって事だ。その割にはあんまり険悪な様子は無いが。
「アスラは諦めてるんだよ。エリナが本当に好きな人を知っているから、その恋を応援するだけで満足だと」
「なんだよ。もう童貞こじらせてんのかよ。ちっ、アドバイスすんのが遅かったか。
ったく、女なんて好きだ好きだって毎日言ってれば、こっちに気持ち向いてくるもんだぞ。
とりあえず押し倒しちまえよ、そうすりゃあんがいコロッといくもんだぜ」
「だまれ野蛮人。あと童貞童貞言い過ぎだ」
アルコールのおかげか、弟君の言葉がぶっきらぼう崩れてきた。いい傾向だ。
「……そうだな。好意を告げないのは、ただの臆病者だな」
「おう、そうだそうだ。ビッチちゃんの処に行こうぜ。んでもって二人で告白しろよ」
「いや、エリナの所に行く必要はない。俺が告白したい相手は、目の前にいる」
……は?
ああ、弟君か。幼馴染君はゲイだったのか。まあ趣味は人それぞれだよな。
「俺が好きなのはお前だ、アシュレイ・ローズ。ずっと好きだった。子供のころから。お前が婚約して、それが親が無理やり決めたものだと言うなら、お前の手を取って駆け落ちしたかったくらいだ。
でもお前のベイルを見る目を見て、諦めた。諦めて、二人の仲を応援しようと思った。あいつがエリナに浮気しても、お前がそれに傷ついていても、俺はそれが俺の邪な気持ちが二人の仲が壊れればいいと願っているからだと、あいつを諌める事で目を逸らしていた。
今になって思えばバカだった。お前が婚約しているのは本当だとしても、俺がお前を愛しているのも本当なんだ。
二人の気持ちがはっきりと離れていると知って、俺は心から嬉しい。お前たちが苦しんでいるのは知っているのに、こんなのは最低だとわかっているのに、でももう抑えられないんだ。
俺の気持ちを受け取ってくれ、アシュレイ」
そういって幼馴染君の手が私の顎に触れ、その整った顔が近づいてくる。
私は幼馴染君の想いに、ショートアッパーで応えた。
幼馴染君がカエルのようにひっくり返る。
「あ、悪い。つい気持ち悪かったから」
「おおいっ! 兄さまそれ最低です!! ちょっとグラム様、大丈夫ですか。姉さまは悪霊に憑りつかれてて、本心じゃないんです。ああっ、そんな死にそうな顔をしないでください」
良いアッパーが入ったとはいえ、意識を刈り取るほどでは無かった。しかし幼馴染君は大の字に延びたままピクリとも動かない。弟君が慌てて寄り添った。
「ははは、悪い悪い。俺は女の子が好きだからさ、男に迫られてつい手が出ちまった。
まあなんだ、せっかく女の身体な訳だし、突っ込まれてみたいとは思うんだけどよ。男に抱かれるとかねーし、お前は他にイイ女見つけろよ」
「兄様さま! もう止めて!! グラム様の傷口にこれ以上塩を塗らないで!!」
半泣きになっている弟君と、倒れたまま男泣きする幼馴染君。
どうにもお邪魔なようなので、これにて俺は退散することにした。
「じゃあまたな。楽しかったぜ」
そうして二人と別れて、俺と私の記憶にある歓楽街を目指して街中をぶらついた。時刻はそろそろ昼が近い。気の早い店なら開いていてもおかしくない。
そうしてしばらく一人で歩き、何度かナンパをあしらっていると、ふとその気配に気が付いた。
誰かに見られている。
歴戦の俺をして容易く悟らせない高度な追跡者がいた。おそらくつけられていたのはずっと前からだろう。気付くことが出来たのはほとんど偶然だった。
背筋に一筋の冷汗が流れた。
私の身体は十分に鍛えられていたが、生前の俺とは比べるまでも無い。あくまで学生としては上等の部類であって、一流の戦士には遠く届かない。
これだけの追跡技術を持つ者を相手にするには、いくらかの不安があった。
安全をとって撒くか、あるいは危険を承知でおびき出すか。その選択に迷う必要はなかった。
追跡者は何食わぬ顔で、俺の前に現れた。
「あ、あの、アシュレイ様。お話があるんです」
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