第132話天王寺動物公園

 

 照明のスイッチを押しに行き、スマートフォンとタブレットの通知音が消灯を妨げる。彼の予想を嘲笑うかのような塩梅だ。小走りし、通知内容を確認した。


 悲しみに暮れていると予想された櫻香のメッセージだ。痴話喧嘩の疑惑を否定し、イラスト制作に専念していた事情を明かす。アトラクション内らしきイラストを投稿した。


 宇宙らしき場所の下部に、杖を持つ緑色に発光する小さな人形を見つけ、知努はアトラクションの内容を思い出す。座席付き業務用エレベーターが何度も垂直降下するアトラクションだ。


 発光する人形は、怪奇現象を引き起こすアフリカ原産の呪われた偶像だった。耳が細長く、いくつもの釘を頭に打ち込まれている。所有者が不可解な失踪を遂げた。


 櫻香は新たなイラストを載せる。暗褐色に染まった背景と、明るい灰みの茶色のテディベアが落下する様子を描かれていた。そして、左下に『To Be Continued』の文字と白い矢印もある。


 2度目の搭乗時、夏鈴の膝へ落ちて、呪いの偶像と勘違いした出来事を話す。急降下の勢いで、後部座席の女子高校生の両腕から脱出した事が原因だ。すっかりテディベアに一杯食わされる。


 『じょしこうこうせい から 〇ッフィーが おくられてきた! 〇ッフィーをかわいがって あげてね!』


 知努のメッセージは、ロールプレイングゲームのモンスター交換を意識していた。アトラクション終了後、テディベアが持ち主へ返却され、夏鈴の勘違いだけゲスト達の記憶に残る。


 別のエレベーター内で2人が『ソナチネ』の有名な場面を再現したり、キャストに特有の挨拶して楽しむ。慧沙から勧められたアトラクションのイラストも投稿される。


 嘴の長い鳥の装飾を施した壺や、琥珀らしき楕円体、ツタンカーメン王の棺は海底へ沈んでおり、専門家が嘆きそうだ。知努はイラスト披露会が終わったと判断し、スリープボタンを押す。


 誰の指摘も入らない事に痺れを切らし、櫻香は棺以外、付け加えた事実を白状する。そして、3000円分のポップコーンを奢った結果を発表し、2人の嘲笑を受けてしまう。


 最後に、赤黒い袖と青み掛かった緑の制服を着用する夏鈴のイラストを載せた。左手を右胸に添えており、これが特定のアトラクションキャストの挨拶だ。


 このイラストを最後に投稿すると決めていたのか、左下へ『Your君の prince王子様 will be back明日も tomorrow帰って来るよ too』の文章を添えていた。口説き文句同然の予告で、視聴者の次回視聴を促す。


 「モビリス!」


 翌朝、白の長袖Tシャツに着替えていた知努は、食堂でイラスト通りの挨拶を行う。しかし、女子達は彼を無視し、食器と料理を取りに行く。まだ昨日の疲れが取れておらず、辛辣だった。


 1時間後、両手に荷物を持つ彼らはホテルを出て、駅へ向かう。慧沙が櫻香と夏鈴の搭乗したアトラクションの種類を訊く。知努は昨夜のイラストと話を基に答えた。


 彼の話から、海底探索アトラクションの待ち列に流れている、オルガン曲が好みと慧沙は思い出す。意中の女子と搭乗する事を願い、知努が後ろの秋菜に今日の予定を教えた。


 「海底200海里か88約142マイルkm か知らないけど、つまらなかったら知努を沈めるわ」


 絹穂が染子に抗議するも、彼はえら呼吸の不細工な海底人へ進化を行う前提だ。頭頂部にヒレが生え、青く発光する。文月は海底人の売却で得た金の使い道をユーディットと考え始め、彼がツチノコと同等の価値を持ってしまう。


 

 動物園最寄りの駅に到着し、改札口を出ると通知音を聞く。知努はスマートフォンを出し、内容を確かめる。涼鈴が洋菓子専門店の動画を送っていた。


 再生し、予定通りの服装の有為子と蜜三郎、迷彩戦闘服姿のアパアパは冷蔵ショーケースへ座らされている。


 課業開始のラッパ演奏が始まり、彼らもスマートフォンの画面を見た。吹き終わり、画面外の義仁は行事と無関係なアパアパの服装に苦言を呈す。一時停止し、知努がアパアパの右胸を見る。


 長方形の微章を2個付けていた。それぞれ月桂冠に囲まれているダイヤモンドと落下傘だ。生死を彷徨う過酷な訓練と、厳しく個性豊かな教官の調整を修了させた者に与えられる。


 反対側に名札を付けており、腕の階級章は三等陸曹だ。愛嬌ある顔立ちで様々な人間を笑わせたオランウータンが過去となる。


 ユーディットは微章の意味を尋ねた。畏怖しながら彼が説明し、周りの人間は唖然とする。元関係者が出会った教官に、203高地攻略を崇拝する人間もいた。


 『露帝と戦い、戦場いくさばで骨を捨てた先人に恥じぬ、三中三曹の堂々たる姿こそ武者人形の鑑ぞ」


 動画をまた再生し、店主の仰々しい声が聞こえる。それを義仁は軽く受け流し、動画が終了した。絹穂は客足が遠のく事を危惧する。地域事務所と間違えそうな内装に変わっていそうだ。


 約20分後、『天王子動物公園』の白い門をくぐり、彼らは左側の展示から見て回る。ベニイロフラミンゴとチリーフラミンゴが柵の向こう側にいた。看板の文章を読み、ベニイロフラミンゴの特色を知る。


 餌場の塩水湖の藻類やプランクトンは、赤色の色素を含んでおり、それが体内へ蓄積されて紅色の体毛となっていた。文月がユーディットの髪とベニイロフラミンゴを交互に見る。


 「ねぇ! 貴方! 文月を叱って! 私の髪はワカメじゃ無いの!」


 気難しい時期の娘に暴言を吐かれた母親のような台詞だ。知努は毒にも薬にもならぬ注意をして、最低限の役目を果たす。呆れた声を出し、ユーディットが彼の尻を叩く。


 餌が同じのチリーフラミングは、淡い桃色の体毛をしており、2種類の見分けが簡単だ。隣の展示へ移動し、水辺でカバを見つける。咬合力は鰐より強く、ライオンが天敵だ。しかし、ライオンを逆に狩る事もあった。


 ユーディットはカバの写真を撮るも、近くの大きな石のせいで肝心の顔が隠れてしまい、映りは良くない。カバの背中を1分程眺め、彼女が知努の袖を引っ張りながら歩く。


 岩石で作られた壁の傍に、カバの頭骨を設置している。子供を怖がらせない為か、立て看板に複製標本と紹介していた。長い犬歯が目立ち、京希はカバを肉食動物と捉えている。


 「肉も食べるけど、基本、草食だぞ。ほら、この臼歯がどう見ても草食動物だ」


 犬歯と前へ突き出した切歯以外、草食動物を象徴する臼歯で構成されていた。もし、ライオンの体へこの犬歯が突き刺さると無事では済まない。そして、カバの犬歯は一生成長する。


 コフラミンゴの展示を歩きながら眺め、頭部に角を生やすクロサイの展示の前で立ち止まった。奥の岩陰に伏せており、辛うじて頭部の小さな角と長い角が見える。


 誰も角に関して質問しないうちから知努は、角が髪の毛や爪と同じ成分という事を教えた。甚大な損傷を受けない限りは再生する。


 傍の机にサイの看板が置かれており、彼の解説は不要だった。染子がサイの角を観察し、帽子の装飾品としての価値を見出す。

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