第131話友人を無くす料理
父親と一緒に女装する事はまだ抵抗感があった。知努は微塵の羞恥心も持たず、女装する夫と息子の写真を撮影した祖母の心情を全く理解出来ない。
慧沙が恋仲関係の男女が絶対に乗るべきアトラクションを教えた。6人乗りの小型潜水艇で、深海を冒険するようだ。ユーディットの髪を指差し、文月が珍しい色の海藻と呼び、頭頂部を2回叩かれた。
不機嫌を覚悟で知努は染子を起こし、歩かせる。代わりに、忠清を背負って、駅へ向かう。慧沙が先程のアトラクションを染子にもう1度話し、名称を排他的経済水域と勘違いされる。
道頓堀近辺の駅に到着し、口数の少ない彼らは有名な通りを目指す。昨夜観た映画の舞台地にも拘らず、睡眠欲の方が強い彼女は、ホテルに戻りたがる。何故か『ドーリアン』が入浴の準備をしていた設定まで追加し、染子の頭が前方へ傾く。
「早く
知努は、ロボットアニメの有名な台詞を掠れた声で真似る。しかし、ユーディットが脳の異常を心配して、誰も笑わなかった。介錯とばかりに、絹穂は外の寒さを心配し始める。
商店街を通り、巨大な蟹の看板が見え、彼らは撮影した。照明に照らされている看板は、夜の街で一際目立つ。今夜の食事内容をすっかり忘れている染子が入口へ行こうとした。すぐ知努は彼女の腕を掴んで、角を右折する。
安い蟹料理コースの値段が、明日の予定を潰し兼ねた。入店し、店員に案内される。着席して、品書き表を見た。注文の役目を押し付けられ、知努は『コーンバター』と『花鳥デラックス』のモダン焼きを頼んだ。
洋菓子専門店のぬいぐるみが営業終了前に、回収された報告を涼鈴から受ける。そして、居間の椅子へ腰掛けた深紅のぬいぐるみの画像を送られ、千景の手から戻っている事を確認した。
食事に相応しくない内容と予め断り、京希はスマートフォンの画面を見ながら愛猫の現状を話す。ヨリコが食事を戻してしまい、カナコも2次被害を被っていた。2人はその後始末をしている。
「知羽だけじゃ大変だっただろうし、あいつがいて助かるな」
京希は去年、洗体した時の画像を見せ、大きく口を開けた細いカナコの姿に、彼らが笑い出す。有名な宇宙人の写真と取り換えても違和感は無い。当然、水が苦手なカナコはいつも激しく抵抗する。
指で次の画像を表示させ、とうとうユーディットが可笑しさのあまり、腹を抱えた。敷いているタオルの上で、先程のカナコは直立し、京希を待つ。顔の大きさが宇宙人らしさを際立たせていた。
店員がモダン焼きのネタと中華そばを運び、目の前で調理する。慧沙が手際良い光景に感心していた中、染子は丸く焼けない人間が、何をしても成功しないと根拠の無い主張を出す。
「はよ赤い紐を結んだ藁人形、届いてや」
「呼んだ?」
彼女は知努の脛を何度も蹴る。別の店員がバターコーンの入った丸い鉄板を運び、足を元の位置へ戻す。彼はスカートを蹴った事を華弥に話すと脅迫し、謝罪させる。
2つの机にそれぞれ3つずつモダン焼きが完成して、文月と慧沙がソースやマヨネーズなどを掛けた。ヘラで取り分けて、食べ始める。染子は知努の調理を期待していたと文句を漏らす。
「嘘吐け。さっき、蟹料理食べようとしていた癖に」
下らない言葉遊びをして、納得する。ユーディットがモダン焼きと広島風お好み焼きの違いを質問し、彼はそれを答えた。調理方法や材料が異なり、似て非なる物だ。
彼女は、旅行の後、実物を見たいと要望する。ユーディットの頼みを照れながら彼が快諾し、文月はユーディットの増量を願う。その直後、彼女の皿へ七味唐辛子が降り注ぐ。
数十分後、会計を済ませ、店の外に出た彼らは、中央が円状の戎橋に向かう。満腹の染子は蟹の看板に対する興味が失っていた。横を通るも、入口へ行かない。
観光名所となっている為、戎橋は多くの人で賑わう。川や巨大な点灯するランナーの屋外広告を彼らが撮影した。手すりに両腕を置いている知努の背中へ染子は、ゴキブリの玩具を入れ、彼の情けない声が響く。
素早く取り出し、知努は別れと共に彼女を川へ不法投棄すると宣言して、染子を持ち上げた。命乞いの代わりに、彼女が数十年間、大阪の野球チームを優勝させない呪いを掛けると叫ぶ。
物珍しい光景を彼ら以外撮影せず、無視していた。地面へ降ろされ、染子は彼の手から玩具を受け取る。上着のポケットへ片付け、絹穂の髪を触ろうとして、避けられた。
戎橋を渡り、宿泊先のホテルに行く。しばらくし、文月や京希も足裏の痛みを訴え始め、全体の限界は時間の問題だ。一方、コアラ同然の忠清と秋菜が背負われながら寝ていた。
精神的な余裕を失っている染子は、秋菜を引き摺り下ろそうとして、ユーディットに止められ、不気味な唸り声を出す。誰もが八甲田山の雪中行軍のような生気の無い表情だ。
「天は我々を見放したぁぁ」
苦虫を嚙み潰したような表情で知努は映画の台詞を使う。そして、40キロの荷物を携帯し歩く彼は「やる気マンゴスチンです!」という謎の言葉で奮起し、季節外れの軍歌、『雪の進軍』を歌い始める。
ホテルの部屋へ戻り、3人が就寝の準備をした。すっかり歩き疲れており、誰も口を開かない。慧沙と忠清は歯磨きの後、すぐ就寝した。それから知努がタブレットでイラストを描く。
2時間後、完成したイラストは『ストロングダウン コメット』の座席に、アカカンガルーと濡れたカナコとアパアパとミーアキャットが搭乗している。どの動物も楽しむ余裕は見られない。
頂上から京都や大阪の街並を眺め、この後の急降下に備えた。カナコだけ目を見開き、開口している。グループチャットへ掲載し、ベッドに横たわった。
『笑い過ぎて呼吸困難になったわ。この動物達、悪意しか無いわよ』
華弥は苦情を出し、イラストも載せる。木枠の黒板の前で、彼女とヨシエと、謎の女子がギター演奏の仕草を取っていた。白塗りと複数の板を並べている壁、濃い青の法被姿で知努は既視感を抱く。
謎の女子が顔に張り付けている紙は、猫の髭を生やした西洋人の顔を描き、下に『ヨーロッパ』の文字もある。背後の黒板がチョークの文章とイラストで彩られていた。
ピースサインをする笑顔の短髪の女子と、小首を傾げたツインテール女子のイラストは、この場所と関わりを持つ。しかし、『今日も茶シバこうや!』の文章がイラストと合っていない。
目立つ格好の彼女達は、滋賀県にある小学校の旧校舎へ訪れたようだ。幸い、仮装する観光客が一定数存在していた為、好奇の目を向けられるだけだ。
華弥は知努達より一足早く帰宅し、テレビ番組を観ていると報告したが、メッセージの閲覧数は1のまま増えない。2つのイラストも同じだ。櫻香が酷い1日の終わりを迎えた推測を知努はする。
合掌し、タブレットのスリープボタンを押した。脹脛が時折痛み、明日までに回復するかまだ分からない。知努は傍のボストンバッグへタブレットを入れた。
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