第130話満足


 白い柵の横に、ウサギとモルモットがいる机もあった。天保山フレンドリーアニマルズと同じく、木製の塀を設けて、対策されている。


 秋菜はそこへ近付き、豆大福のようなホーランド・ロップイヤーの頭を撫でた。彼も隣に行って、サイアミーズセーブルのネザーランド・ドワーフと、赤褐色のモルモットの背中を撫でる。


 背後の京希が『イースター』という行事を秋菜に教えた。様々な模様の鶏卵を探す『イースターエッグ・ハント』の催しは、華弥が3月末日に開催している。


 京希は秋菜にスマートフォンの画面を見せた。作品の画像が保存されており、彼女は一通り確認する。そして、1点を除き、喜ばせた。


 来年の開催について訊くも、京希は茶を濁すだけだ。是が非でも参加したい秋菜が、知努の袖を引っ張り、頼む。渋々、彼は華弥と相談する事を約束した。


 いくつもの木々が植えられている場所へ彼らは移動し、動物の餌を取り扱ったカプセル式自動販売機を見つける。張り紙の説明文に、カンガルーとマーラの名称があった。


 硬貨1枚という破格の値段は、購買意欲を引き立たせて、次々に中の商品を買わせる。染子の口からミーアキャットの名称が出た途端、知努は猫の威嚇を模倣し、尻へ回し蹴りを受けてしまう。


 敷き詰められた砂の上にある板の足場を進んで、マーラやアカカンガルーの姿を見つけた。桶へ顔を入れているカンガルーに、小柄な個体が随伴しており、小学生2人は喜ぶ。


 餌付けに必要な小型スコップを取りに行き、知努が2人に渡す。カプセルから出した人参をスコップに載せて、2人はカンガルーの元へ行く。母親らしきカンガルーだけそれを食べた。


 小柄なカンガルーの頭を撫で、秋菜が手触りの良さを周りに伝える。唐突に、小柄なカンガルーは人参を食べ終えたカンガルーの方へ駆け寄った。そして、育児嚢の中へ顔を入れる。


 京希がそれを猫の習性と重ね合わせて推測し、周りの人間達が納得した。染子は後輩の胸で乳児時代を思い出そうと目論む。


 「俺の可愛がっている奴でしたら、ある日、お前の家にヴェン・ゴーシー弁護士が訪問するかもしれないぞ」


 双方の和解に、示談金が数十万円掛かる可能性を示唆し、京希が苦笑した。話題を打ち切り、知努はアカカンガルーの行為を説明する。まだ未熟なカンガルーが授乳されていた。


 母親の真似をして、徐々に離乳する段階だ。成人しなければならない苦悩をマーラに聞かせながら、染子はスコップを使って餌付けした。


 知努がしゃがんでマーラに餌を与えながらゆっくりと歩くケヅメリクガメを見つける。甲羅にいくつもコブが付いており、岩山のようだ。彼はその甲羅を羨み、絹穂に頬を抓られる。


 20分程、滞在し、わんぱく動物村を後にした。慧沙が珍しい構造のメリーゴーラウンドについて話し、次の行き先は決まる。


 乗り場の待機列に並び、彼らが稼働中のアトラクションを撮影した。従来より一回り大きく、海外のバスのような構造となっている。年齢問わず、楽しそうに乗っていた。


 列の先頭付近まで進み、棘を刺すような足の痛みをユーディットは訴える。彼女の下半身を見ながら知努が不意に頷く。ユーディットは体重の重さを否定しながら彼の胸を何度も軽く叩いた。


 「遊園地デートが疲れやすいって気付いただけ」


 舞浜の大規模テーマパークへ行く予定の2人が、今朝から全く近況報告していない。慧沙はわざと不穏な状態を予想しつつ文月に訊く。しかし、すぐ否定し、彼女が説明を始める。


 生涯何度と無い特別な時間を過ごす為、予めSNSの使用を禁止していた。更にインターネットミームを使う度、ポップコーンを奢らなければならない決まりも設けている。自動車教習所の卒業検定のような緊迫感と櫻香は隣り合わせだ。


 染子が両拳を縦に重ね、上下運動を行う。杖を振って祈祷しているような動作は、インターネットミームの一種だ。知努が軽く唸って、注意する。


 茶色の馬に跨った彼は騎兵のような勇ましい表情だ。稼働を始めると上下に動き、台がゆっくり回転した。横を向くと、柵の傍らで待つ彼らは手を振りながら撮影している。


 1階の馬に乗っており、比較的撮影しやすい位置だ。白馬がほとんどの為、彼の馬は良く目立っていた。ふてぶてしく知努が片手を挙げる。


 停止後、彼らと合流して、写真の表情を揶揄されてしまう。どのスマートフォンの画面にも楽しむ彼の様子は映っていない。


 文月や京希も足裏の痛みが生じ、全体の疲労は広がりつつあった。慧沙が観覧車を最後に乗るアトラクションに選んだ。知努は俯く忠清を背負い、歩き出す。


 20分程待ち、緑のゴンドラへ乗り、座る事しか考えていない染子が知努の膝に座った。腱の断裂寸前のような痛みに苦しみ、彼は斜め前の席へ座らせる。


 「知努ちゃんは一生染子の性格がこのままでも付き合いたい?」


 慧沙の唐突な質問に、知努が困惑した。強い加虐性愛のあまり、身近な同性といがみ合う彼女は、成人しようが、その在り方は簡単に変わらない。これからも色んな人間が被害を被る。


 横の窓から漫然と風景を眺めていた染子に視線を移し、彼は少し沈黙して答えを出す。幻想の終焉を知らせるパレードや打ち上げ花火は彼に用意されていない。


 「ワガママで意地悪でもずっと一緒にいたい」


 隣の絹穂が祝福するも、染子は無言だった。遊園地からまだ出ていないのも拘らず、すっかり楽しむ余力を失っている。苦言を呈しながら絹穂が彼の肩へもたれ掛かった。


 茜色に染まる街並みを眺めながら彼女が夕食の内容を訊く。知努は道頓堀にあるお好み焼き屋を選んでおり、絹穂が期待した。


頂上に到達し、彼女と慧沙が撮影する。そして、染子は窓へ寄り掛かり、そのまま寝てしまう。場所を選ばず眠る様子から絹穂がカナコとヨリコを思い出す。


 乗り場に戻り、染子を背負いながら荷物を取って、知努はゆっくりと降りた。早速、ユーディットと文月が撮影する。移動手段を失い、忠清は染子の背中を睨む。


 慧沙が再度、舞浜にいる2人の話題を出す。予め予定を聞かされていた文月は、閉園時間寸前まで滞在する事を教えた。後、数時間、食事やアトラクションに乗って満喫するようだ。


 「夏鈴ねぇ、満腹になる位、ポップコーン奢られてそう」


 専用のポップコーンバケットを首から下げる夏鈴の姿が想像出来た。その方が食費は抑えられる一方、レストランから足が遠ざかってしまう。文月は愛の醒める行為だと否定する。


 京希が卒業した高校の制服を着て、テーマパークへ訪れる風習を話す。テレビCMで宣伝される程、東西問わず人気だった。仮装に厳しい場所すら公認されている。


 「あっそうだね」


 間髪入れず知努は頷いて、強引に打ち切った。しかし、ユーディットはその理由を看破する。20年前、彼の祖父と父親が女性物袴を着用し、テーマパークに行ったからだ。

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