第129話太陽信仰


 屋内型動物園、『わんぱく動物村』の施設内へ入り、入場券を購入する。追加料金が必要な事を知った守銭奴は少額にも拘らず、西洋人のような驚愕の声を出す。


 絹穂に入場料を支払わせ、秋菜が彼女の背中から降りて、動物の展示を見に行く。早速、奇妙な動物と遭遇し、知努を呼んだ。


 柵の部分に、動物の写真と紹介文を貼っていた。しかし、それでも彼女は得体の知れない何かを目撃しているようだ。彼が紹介文の存在を伝えながら向かう。


 秋菜の前は『フタユビナマケモノ』の展示だった。1日の大半を睡眠に費やす為、いくつも生えた木の幹へ視線を移す。写真と同じく、逆さで垂れ下がっていた姿が見当たらない。


 交差する2本の幹に、動物か装飾品か判別し難い薄茶色の毛玉は鎮座していた。それを秋菜が動物だと信じず、落胆する。


 2人の間を割り込んだ染子は、知努に値段を訊く。水回りに使用する魂胆を見透かし、帰宅を促す。後方の彼らも、幹の物体を装飾品と認識していた。


 寝姿が人気の猫やコアラと違い、長毛の丸めた背中しか披露しない。幹へもたれ掛かり、写真と違う姿で睡眠を取っている。


 知努は秋菜に毛玉の正体を教えた。彼女の隣へ絹穂が来て、ナマケモノの様子と秋菜を重ね合わせ、親戚扱いする。忠清からは『アキナマケモノ』と命名された。


 すっかり彼女が機嫌を損ねてしまい、引き返そうとする。絹穂は秋菜を後ろから捕まえて、展示の前に戻す。そして、ナマケモノが人気の動物である事を教えた。


 とても生物に見えない寝相は、外敵の目を欺ける。その利点を知努が話した矢先、染子は別の意見を出す。外敵からの攻撃を防御し、腹部へ引き込む為に体を丸めていた。


 「あの細い体に、ヘリコプターと綱引き出来る筋力があると思うか?」


 「トレーニングはし、やってます」


 彼女の信憑性に欠ける回答が文月に一蹴されてしまう。終始、ナマケモノの体勢が変わらず、生命活動しているかすら疑わしかった。彼らは写真を撮影し、隣の展示へ移動する。


 『カピバラ』が桶の中に顔を入れていた。すっかり毛玉の存在は彼らの脳裏から消えつつある。食事の様子を眺め、染子が干し草をユーディットの髪と呼ぶ。


 それを否定し、彼女は文月の髪に変更する。聞き流されてしまい、不毛な争いが終結した。髪の話題で、京希は猫の嫌いな匂いについて話す。


 肉の腐った匂いと勘違いする柑橘系を嫌っていた。その為、洗髪料を柑橘系にすると、猫が髪を齧らない。盗難被害に遭いやすい知努は、ピーマンの匂いがする芳香剤を求めた。


 「パパがね、2つしかくれないの、キャンディ」


 スマートフォンの画面を見ながら染子は、関連性の無い報告をする。彼が横から覗き込むと、その答えは見つかった。LIFEで彼女の母親がアパアパの改名を知らせていた。


 洋菓子専門店の店主は、アパアパをオランウータンの好物、『ドリアン』と呼んでいる。脊髄反射で、染子が格闘漫画の登場人物を真似ていた。共通点は名称しか無い。


 次の展示を見に行くと、人気の動物だった。ちょうど『ミーアキャット』は穴掘りをしている。その姿も客達の心を射止め、写真を撮られた。


 知努がミーアキャットの紹介文に目を通し、独特の習性を知る。太陽の方角へ直立し、日光で体を温めた。それは『太陽信仰』と呼ばれている。


 特定の職種に就く人間達もラッパの演奏が始まった瞬間、日章旗の方角を向き、終わるまで直立不動を維持していた。彼らの姿をミーアキャットと重ね、知努は笑いが込み上げる。


 京希も紹介文を黙読し、既視感を覚えた。しかし、猫の仲間で無いと記載されている。雑食性の彼らは、爬虫類、鼠、植物の根、木の実を好む。


 「ミーアキャット、チーちゃんと顔が似ていて可愛いね」


 「そうかい。チャープのアイコン、ミーアキャットのイラストにするか」


 知人との会話が『LIFE』で事足りる為、彼はSNS『チャープ』を情報収集目的で利用していた。時折、模型の画像を掲載し、夏織から中年男性扱いを受けている。


 秋菜がミーアキャットの後ろ姿を気に入り、無言で観察した。知努は脱走を図っていると冗談を飛ばすも、無視されてしまう。年中、道化を演じ、息子と娘から蔑まれている中年の気持ちが一瞬理解出来た。


 『太陽信仰』を持たないにも拘らず、直立する『オグロプレーリードッグ』は、桶の中へ入っていたが、その理由が説明文に書かれていない。写真のプレーリードッグも桶の中へ入っている。


 ユーディットは桶を居住空間と解釈していたが、カピバラと同じ用途で用意されているに過ぎない。人間に置き換えると、料理を盛り付けた食器の上で過ごしていた。本来、巣穴を掘って生活する生態を持つ。


 「市販のわらび餅が巨大化したら、好きなだけ食べられるのにな」


 「お前の主食はわらび餅なの? もう顔中粉まみれや」


 京希は染子に間食の与え過ぎを注意した。彼女が知努をどの動物と認識しているかは、訊かずとも想像出来てしまう。横を向いて、ユーディットを太陽に見立てた。文月から『ゴミーアキャット』という蔑称が付けられる。


 膝を少し曲げ、無表情の彼はユーディットに両肩を抱かれた。その様子を絹穂が撮影し、誰かに送信する。1分も経たないうちに、知努のスマートフォンは通知音を鳴らす。


 『おいちょっと待ってこんなブスええん!? 金髪で、巨乳の従姉には良く懐いている淫獣ですねぇ』


 時間を持て余しているヨシエが、LIFEのチャットで文句を漏らしていた。小動物と触れ合う機会の少ない彼女の為に、彼は催しを告知する。


 プレーリードッグが一向に鳴き声を出さず、忠清は痺れを切らしていた。快適な飼育環境が彼らの警戒心を無くしている。


 人間は外敵と認識しておらず、隣のミーアキャットがトンネルを掘って、こちらへ侵入しない限り、犬のような鳴き声は聞けない。未だ桶の中で訪問客を観察していた。


 奥へ進むと、白い囲いの中に犬達がいる。服を着ていたり、首にスカーフを巻いていたりと様々だ。染子は嫌味を込めた京ことばで彼らの格好を褒める。


 ユーディットも彼女に同調し、近くの横たわっていたゴールデンレトリバーの傍でしゃがむ。知努が言葉の意味を苦笑しつつ教えた。


 「犬の分際で服なんて着るんやないが本当の意味。性悪染子は滅多に褒めないからね」


 悲しそうに頷き、彼女は顎を撫でる。絹穂が染子を非難して、知努の背後へ隠れた。慰めるように留まっていたゴールデンレトリバーに、ユーディットは笑みを零す。


 囲いの中へ入り、残りの彼らも近くの犬を撫でる。犬の格好を小馬鹿にしていた染子は、毛布の上で伏せているトイプードルの頭を撫でていた。


 ゴールデンレトリバーの首に巻かれている赤い柄入りスカーフを触り、ユーディットが知努の首元へ視線を移す。隣で同じくしゃがんでいた彼は首を横に振る。


 「姉上の着せ替え人形で十分だよ」

 

 しかし、背後で立っていた絹穂が華弥に相談すると決めてしまった事で、知努は近日、周りから好奇の目を向けられてしまう。

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