第126話レッドイーグル
蔑称でしか無い妖怪『女擬き』の生態について、秋菜は興味を持ってしまう。想定外の事態に対応出来ず、ユーディットが言葉を詰まらせる。
見かねた新種妖怪の口から生態を明かす。若い女性の格好で、綺麗な異性に近付き、その魂を吸収する。昆虫を嫌う為、蚊の多い夏はあまり出没しない。
次に秋菜が魂の味を訊く。彼は空気と同じく無味である事を教え、彼女の関心を失せさせた。かき氷シロップのような味へ変わって欲しいと期待し、秋菜が静かになる。
彼は振り向いて、忠清の様子を観察した。ちょうど彼が絹穂と牛の胃袋について話している。昨夜食べた鍋がホルモンだ。彼女から4つ存在していた事を教えられ、驚く。
知努は安堵し向き直り、西部開拓時代の鉱山鉄道のような骨組と、走行中のコースターをしばらく眺めた。乗り場まで順番が回り、中央部の赤い車体へ彼と秋菜は荷物を指定された場所に置き、乗車する。
後部車体のユーディットが、レール脚部の腐食を心配し始めてしまう。定期的に安全点検をしていると伝え、彼は安全バーを下ろす。
係員が乗客達の安全バーの降下を確認した後、車両は発進する。緩やかにレールの上を曲がり、高い坂を上がって行く。小さくなる地上を見て、秋菜が杞憂した。
上がっている最中に停止してしまうと、数十分か数時間、救出を待たなければならない。後部から染子の的外れな解答を聞かされる。坂道発進で打破しようと考えていた。
レール中央部で稼働しているチェーンの存在に気付いていないようだ。平常通り、車両は頂上を目指していた。
「坂道発進しなくて良いんだよ」
知努の声が周りの叫び声によってかき消される。勢い良く下り、車両は曲線を描いて進んだ。秋菜が心配するような兆しは見えない。
何度も軽い上昇と下降を繰り返し、高速で曲がりながら走行した。知努のか細い叫びは、ユーディットの声量に負けてしまう。車体が大きく傾き、横の柱は急接近する。
出発地点付近でブレーキが掛かり、秋菜は走行の終わりを察し、物足りなさを訴えた。車体が一回転するような内容で無ければ、彼女の期待に応えられ無さそうだ。
木製コースター『フェアリー』の乗り場を出て、次の乗り場へ向かう。他の女子達と遊園地に何度か行った慧沙は、恐怖耐性の低い女子について話す。数人程、絶叫するアトラクションが苦手だ。
「弱い所見せたら負けみたいな連中でも、そんな奴いるのか」
「知努ちゃん、僕はギャル以外の女子とも遊ぶからね」
知努と関わりがある女子達は、友人達の並ぶ様子を離れた場所から眺めない。時速70キロを誇るアトラクション、『レッドイーグル』の待機場所に長蛇の列が出来ていた。
入口の案内板に表示されている待ち時間は90分だ。知努が最後尾へ並ぼうとする秋菜を捕まえ、説明した。彼女は力強く並ぶ意思を伝え、渋々、彼がそれに従う。
並びながら、学校外でも級友達と繋がりを持つ彼女達は、スマートフォンの画面を眺めている。まだインターネットに触れていない秋菜が、知努のタブレットを要求した。
彼はバッグから取り出し、与える。彼女がしばらく画面に指を滑らせて、知努の作品を鑑賞した。数分後、奇妙な作品を見つけ、彼に説明を求める。
小柄のオランウータンが、火皿を逆さにしている黄金色の
「煙管の灰を落とすアパアパのイラストだな。大当たりの願掛けになるらしい」
近所のヘビースモーカー女子大学生は、このイラストを知努に描かせ、スマートフォンの背景画像として採用していた。後ろから覗き込んだ絹穂が、彼の頬を抓りながら願掛けの内容を尋問する。
パチンコの単語を出すと、今度は反対側の頬をユーディットに抓られた。金輪際、パチンコと関わらない事を誓い、2人の手が離れる。
染子は便乗し、乳幼児期、知努がパチンコのハンドルを回す仕草をしていると捏造した。彼の汚名は当分返上出来そうに無い。
知努の作品が、7歳の女児にとって理解し難いのか、数十分後、またタブレットの画面を彼に見せる。イラストの白い調理服を着たアパアパは、紐で縛っている青い石らしき物体を持ち上げていた。
暇を持て余す染子が彼女の背後から覗き込み、適当な解説をする。映画『猿の惑星
明らかにアパアパの服装と関連性の無い与太話は、知努以外を騙している。更に絹穂が警鐘を鳴らし、すっかり秋菜は怯えてしまう。
誤解を解く為、知努がイラストの正体を明かす。上海蟹を運ぼうとする、アパアパの様子を描いた作品だ。紐で十文字に縛られ、上海蟹は生きたまま空輸される事も教えた。
彼女が次の作品を表示させると、不快感を示す。首の無い赤み掛かった動物を、鉤で逆さ吊りにして持つアパアパは先程と同じ格好をしている。
「これは北京ダックよ。中華料理店の厨房に何匹か吊ってあるわ」
絹穂の説明を聞いたユーディットが悪趣味な装飾品と苦言を呈し、知努の腕に抱き付く。彼は北京ダックについて軽く教え、彼女の勘違いを訂正した。
数十分後、乗り場に到着し、知努が子供のコアラ同然の秋菜を背中から降ろす。立ち疲れてしまい、乗り場へ続く階段前で駄々をこね始めた。その結果、背負う事になる。
荷物を置いて、乗車した彼は走行を心待ちにする隣の秋菜と違い、疲弊していた。安全バーを下ろし、子守の苦労を嘆く。今日が山場を迎えていた。
係員の安全確認を受け、車両は進み始める。早速、秋菜が宣伝文句と違う速度に不満を漏らす。レールの高低差で速度を出す事を知らない。
横のてんとう虫を模した車両の走行を眺めながら頂点へ向かう。勢い良く降下していき、乗客の甲高い声は辺りに響き渡る。追い風が『フェアリー』より強い。
降下の距離も長く、時速70キロを存分に体験出来る。猛禽類の飛行を再現したような走行が知努を叫ばせた。
赤い車体は螺旋状のレールを傾きながら走行し、新たな刺激を与えた。出発地点付近の長い直線で急ブレーキが掛かる。園内の上位に相当した人気のアトラクションは秋菜の心を掴んだ。
乗り場に戻り、安全バーが上がってから知努が荷物を取りに行く。階段を降りている最中、秋菜は再度、乗車を希望した。しかし、乗り場の案内板が待ち時間を110分と表示している。
「お昼食べた後は2時間以上に伸びているかもな。他のアトラクションに乗った方が良いぞ」
再乗車を諦めて、今度は空腹を訴えた。知努が相槌を打ち、スマートフォンで時刻を確認する。正午を既に過ぎており、レストランや売店は混み合う。
残りの男女が戻り、染子はユーディットと絹穂の叫び声の大きさに、鼓膜が破れたと抗議する。ユーディットが染子のいびきを豚の鳴き声と揶揄した。
しっかりと彼女の暴言を聞いており、殴り掛かろうとする。そして、ユーディットは知努の背後へ逃げ込み、代わりに彼が横腹を数発殴られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます