第125話枚阪パーク


 乗車客の下車を確認し、彼らが混雑していた電車へ乗り、乗り換えの駅まで無言のまま、待つ。目的の駅に辿り着き、反対側のホームに移動して、数分間、スマートフォンの画面を眺めた。


 涼鈴からLIFEのメッセージで、アパアパの出征について事後報告される。早朝、洋菓子専門店の主に、電話口で召集令状配達人のような祝辞を貰ったようだ。


 状況が読み込めない彼女は適当に相槌を打ち、数十分後、訪問した彼へ渡す。自治体の特別配給品という体の売れ残りのケーキ数切れを提示し、店主が涼鈴を言いくるめる。


 立派な皇国軍人になり、敵国と戦うアパアパの意思を代弁し、彼は帰ってしまう。一家の大黒柱は、爪楊枝と広告紙で作った小さな日章旗棒を振りながら万歳三唱し、居間から見送る。


 知努は軽く溜め息を吐くも、大して心配していない。看板娘の不在中、オランウータンのぬいぐるみが来店客の機嫌取りをする。その為に店主は、はた迷惑な茶番を講じた。


 到着する電車へ乗り込み、彼が扉付近の吊り革を掴んだ。ユーディットは彼の胸にもたれ掛かり、LIFEへ送信された画像を訊く。


 上着の前ポケットからスマートフォンを取り出して、彼が先程のメッセージを見せる。


 アパアパの名誉な務めを彼女は供出と解釈し、一昨年の終戦ドラマを比喩に出す。国の供出命令を拒否し、少女が飼い犬と一緒に逃走する内容だ。


 「もしアパアパが本物だったら、殺処分かにされるよ」


 後者の選択肢を旧日本軍の悪事に関する内容と察し、ユーディットは聞き流す。そのまま、アパアパの労働によって得られるケーキが食べられない事を恨めしがった。


 2人の会話を盗み聞きして、染子は不利益について抗議する。三中家へ運び込まれたケーキの大半が、知羽の胃袋へ消える事を予想していた。スマートフォンの画面に指を滑らせ、過去のやり取りを遡る。


 着物姿のアパアパの画像を彼女は凝視し、すぐ知努が染子の目論見を暴露した。連休明けの教室で、級友達からアパアパを使って、図々しく土産品を回収するつもりだ。


 表面上の関わりしかない人間より、愛嬌あるぬいぐるみが贈与対象に選ばれやすい。人間と同じ装いも親近感を寄せやすい。


 悪びれる様子を見せず、彼女は動物バラエティー番組の制作陣を皮肉った。チンパンジーに、人間の行動を真似させている。その様子を放送し、視聴者を喜ばせていた。


 「動物愛護家気取るより、シャーマンの面倒をしっかり見てくれ」


 矛先の変更に失敗してしまい、染子が彼の横腹を軽く殴る。車内で揺られながら知努とユーディットはしばらくオランウータンの生態について話す。


 顔の横に大きな膨らみの無い雄個体が、軟弱な印象を異性から持たれると知り、彼女はアパアパを哀れんだ。


 

 駅の改札口を出て、有名なテーマパークより立地の悪い遊園地に対し、染子が文句を漏らす。一方、知努は、それを非日常と日常がはっきりした大阪らしい主義と評価する。


 商店街を横切り、『枚阪ひらはんパーク』のメインゲート前の横断歩道を渡った。入場予定客の列へ並び、慧沙や文月は前方の風景を撮影する。府内府外問わず有名な遊園地らしく、彼らの後ろに人が集まった。


 木製コースターのレールを指差し、秋菜は知努に肩車を頼んだ。しゃがんで彼女を肩に乗せ、立ち上がって、彼が高台の役目を務めた。


 仲の良い親子のような2人を絹穂や京希は撮影する。珍しい木製の骨組みから知努が、百貨店の玩具売り場に置いていた、トンネルと坂が合わさっている木製レールを連想した。


 両親へ強請る程、気に入っていた訳でも無く、小学生時代の彼は母親のウィンドウショッピングを待つ間、回せる車輪が付いた木製機関車を走らせて遊んだ。


 その話をすると、秋菜に会計前の商品で遊ぶ非常識な人間と勘違いされた。知努は試遊場の机に用意されているレールと、機関車の玩具を利用しただけだ。


 「知努、こっそり数センチのフィギュアで最大トーナメントとか、大擂台賽だいらいたいさいとか再現してそう」


 模写の練習用人形を持っており、染子の疑惑を完全に否定出来ない。頷いて、気力の無い中国拳法の掛け声を出す。京希が庇うも、染子と秋菜は彼をすっかり見下していた。


 知努のスマートフォンの通知音が鳴り、染子は勝手に上着のポケットから抜いて調べる。涼鈴が撮影したアパアパの画像だ。忠文によって、頭上で合掌している。


 すぐアパアパの顔だけ映された画像と、一部改変されている『ファイトクラブ』の代表的な台詞も送られた。


 『職業が何だ。財産なんて関係無い。車も関係無い。財布の中身もだ。AVのブランドもな』


 『お前らは歌って踊るだけのこの世のクズ』


 染子は、スマートフォンの画面を前後の人間に見せる。他人の不幸を楽しんでおり、慧沙や文月が笑い出してしまう。更に、鶴飛家の類似した出来事を話して、火弦の痴態まで喧伝する


 1時間が経過し、没入感を誘うような開園アナウンスの無い、凡庸な営業開始を迎える。待つ間、木製コースターの事ばかり考えていたのか、秋菜は初めに乗車するアトラクションを指示した。


 彼女を地面に降ろし、知努達が入場券とフリーパスを取り出して、手首に巻き付ける。園内へ入り、岩山の周りを囲んでいた湖を沿うように歩いて、木製コースターの場所へ向かう。


 坂を上がると、待機場所に数十人の列を見つけた。落胆する秋菜を知努は宥め、最後尾へ並んだ。彼女の気を紛らわせる為、京希が昨夜見た夢について訊く。


 秋菜は、カピバラと一緒に旅館の露天風呂へ入った内容を語る。会話に参加していない知努が後ろの染子から唐突な罵倒を受けた。


 「秋菜の裸で興奮してて気持ち悪いわ。このロリコン野郎」


 1度、疑惑を向けられると、払拭は困難だ。敢えて反論せず、彼が聞こえていない体を装う。スマートフォンを出し、LIFEで彼女の母親へ娘の素行不良を報告した。


 染子の発言を信じていない他の女子達は同じく無視する。秋菜の夢を楽しそうだと褒めて、京希が知努へ話題を振った。


 夢に登場する女子を『般若』と呼称し、内容を話す。不気味な結末のあまり、彼らは様々な考察をする。知努の1人芝居や、『般若』の1人芝居など、どちらかが幻覚として考えられていた。


 「わたくしは、兄様ので在り続けたいですわ」


 絹穂は『般若』の口調を真似て、架空の人物で無い事を示す。現実と虚構の区別が付いていない女子の実在は、彼らを恐怖させる。すっかり秋菜が怯えてしまい、知努の手を強く握った。


 ユーディットが彼に得体の知れない女子との関係性を訊くも、はぐらかされてしまう。何かしらの因縁を持っているのか、知努の声は無機質だ。


 「復讐心は、僕のジャックです」


 いずれ話して貰う事を条件に出し、彼女が引き下がる。彼を兄と慕う女子は歪んだ愛情を抱くようだ。皮肉を込めて、知努に妖怪『女擬き』と名付ける。

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