第122話執らぬ葬儀の寿司算段


 彼女達が使っている部屋の前に着き、また扉を3回叩く。待ちくたびれて消灯していなければすぐ解錠される。解錠音の後、扉は開かれた。騒ぎがちな女子小学生がいるにも拘らず、室内は静かだ。


 絹穂が彼の顔を見た途端、怪訝そうな表情となる。後ろめたさを持っていない知努は理由を尋ねた。彼の服から漂う女子の匂いが原因と説明される。


 就寝中のユーディットを掛け布団の中へ入れた経緯を彼は話す。それに納得し、絹穂が手を握ってベッドの方へ向かう。待たされた事は大して問題で無いようだ。


 京希と秋菜が奥側のベッドを使い、就寝していた。秋菜の前髪に、白猫のヘアピンを付けている。数年前、京希に貸して、未だ返却されていない知努の所有物だった。彼の許可無く、又貸しされている。


 回収を諦め、知努は目線を外す。ベッドの左端から顔を出すように、絹穂が俯せとなり、彼は傍へ座ってマッサージを始める。首の後ろを指圧していた最中に、彼女が好きな胸の大きさを訊く。


 染子に無花果のような胸と揶揄され、発育を心配しているようだ。知努はDカップと答え、絹穂の胸は決して小さくない事も教えた。


 左右の上部僧帽筋を指圧し、そのまま彼女の二頭筋を揉んだ。無言でいる事が退屈なのか、絹穂は染子を異性として意識するきっかけの質問をした。


 他言無用を約束させ、彼がその出来事について話す。数年前の初夏、小屋の中で昼寝するシャーマンの様子を眺めながら染子と知努は、犬の死後に関して議論した。


 日本の葬送手段が凡そ仏教式となっており、犬も大抵同じく火葬される。犬は仏教内の世界観、六道のうち、獣道を生きる衆生しゅじょうだ。苦しんで死ぬ事が定められていた。


 鶴飛家の一員として、飼育されているシャーマンは輪廻転生で人間道か、畜生道へ進む。しかし、葬儀が行われなければ、最後まで仏教に関わっておらずその権利を有するか怪しい。


 大きな白い翼を生やす守護霊へ進化すると信じた染子に、知努は葬式を提案する。その直後、明らかに格下だと認識していた彼の手を握り、幸福なシャーマンの葬儀を一緒にして欲しいと、彼女は頼んだ。


 惰性で飼い犬と接している様子しか見せない染子が、家族の幸福を願う事に、彼は愛おしさを感じた。


 しかし、彼女に加虐的な傲慢守銭奴の印象を強く持っている絹穂が、夕食を寿司の盛り合わせにしたいだけだと邪推する。日頃の言動から否定出来ず、知努は苦笑して過去の記憶に、彼女の勝手な独白を付け加えた。


 『葬式で誰かが、中トロ入りの盛り合わせを持って来ますように』


 染子と彼が相性の良い2人だと絹穂は断言するも、あまり喜んでいない。容姿に対し、性格が食肉目のそれだった。格下の存在は要求を満たす為の玩具と認知されている。


 数分間、沈黙して、かつて子犬だった時のシャーマンのように、色んな人間が注目するクーちゃんの話題を知努は出す。学校側非公認のサファリパーク、初めてのワクチン接種などを先程より楽しそうな表情で話した。


 絹穂がクーちゃんの犬種を挙げる。しかし、『バーニングゴジラ犬』は間違っていた。知努が正しい犬種と毛色名称を教え、彼女は驚いてしまう。今までクーちゃんが雑種の子熊や雑種犬とも間違えられており、まだ赤虎毛の知名度は低い。


 絹穂が嘘を吹き込んだ相手の名前を挙げた。雑種の子熊と勘違いし、保健所へ連絡する事を真剣な表情で打診した夏鈴だ。人並程度しか犬に興味を持っていない絹穂は、すっかり騙されていた。


 クーちゃんの黒毛と赤毛が混じっている部位は、3歳の櫻香を映画鑑賞中に泣かせた、100メートルの怪獣王を彷彿とさせる。そのせいか、ヘラが頻りに関連性を持たせていた。


 運動不足解消と社会性を身に着けさせる為、クーちゃんの散歩をもうじき行わなければならない。まだ体の小さいうちは、柴犬やミニチュアダックスフンドすら脅威に感じ、怯えてしまう。


 絹穂の腰を指圧しながら、知努がクーちゃんの散歩を計画していると明かす。初めのうちは、彼が抱き上げられた状態で周辺を回り、慣れさせる予定だ。シャーマンにも同じ方法を使った。


 「見慣れない色の秋田犬だから、散歩中に沢山写真を撮られてしまいそうだわ」


 太腿、脹脛の指圧を済ませ、彼女を仰向けの体勢へ変える。絹穂はユーディットが恨んでいないかを心配した。クーちゃんの姿を見に行く際、彼女と顔合わせしてしまう。


 ヘラを刺殺しかけたユーディットは、知努の殺害を試みている絹穂も狙う可能性があった。彼はその考えを否定しない。更に旅行の後、ユーディットに絹穂の昔話をすると告げた。


 「あのは俺が認めている人間だから、しっかり守秘義務を守ってくれる」


 彼女が頷き、互いの表情は険しくなる。裏側より早く足裏に到達し、知努が反射区を親指で指圧した。ウサギの件は、ユーディットに話す予定の内容と関連性を持っている。


 テレビのバラエティー番組で、足裏マッサージは痛みを伴う行為として有名だ。絹穂が土踏まずの激痛を訴える。そこは小腸の反射区だった。知努が説明すると、絹穂はその先の内容を予想し、口止めしてしまう。


 マッサージの終わりを告げ、知努が洗面所へ行き手を洗った。スマートフォンで時刻を確認し、表示されている数字に驚く。もうじき日付は変わろうとしていた。


 絹穂に別れの挨拶をして、彼が出入口の方を向く。その瞬間、彼女が両手を腹部へ回し抱き着いた。小さく誰かの悪意によって落命しない事を願う。知努は災いを呼び寄せやすいようだ。


 2人が使っている部屋の前に戻り、扉を3回叩く。ゆっくりと開かれ、寝ているはずの忠清の姿が立っていた。代わりに、慧沙がベッドの中央を陣取り就寝している。


 入室し、ふてぶてしい表情の忠清を抱き上げて知努はベッドへ運ぶ。そして、消灯の後、慧沙を端へ追いやって彼の隣に横たわった。忠清が戻りの遅さを責め、知努と反対方向を向く。


 拗ねていると察し、彼は謝罪して目を閉じた。まだ寝付けない忠清が、奇妙な肉食恐竜の化石について質問する。鋭い棘のような背ビレをいくつも付けているようだ。


 その話を聞き、知努は海底から回収された怪獣王の骨を連想する。劇場のスクリーンで映し出された姿が今も忘れられない。タブレットにその模写も残していた。忠清は退屈凌ぎに画像欄を覗いたようだ。


 正体について説明し、彼を『ミニラ』と呼んで寝かし付ける。しかし、小太りな容姿が気に入らず嫌がられてしまう。三中家の祖母からも忠清は、乳児時代にそう呼ばれていた。


 「早く輪っかの小さい放射能熱線じゃ無くて、真っ直ぐの吐けるようになると良いね」


 笑いが堪え切れず、鼻から息を漏らしながら労い、胸を何度も軽く叩かれる。知努の片腕を真横へ伸ばし、忠清はそれを枕代わりに使う。


 千景に連れ去られたぬいぐるみの無事を祈り、知努も就寝した。男3人で同じベッドを使う状況は、今夜だけ黙認する。

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