第121話ルームサービス


 タブレットを素早く片付け、知努がスマートフォンをズボンのポケットへ入れる。その数秒後に、通知音は鳴ってしまい、悪態を吐きながら取り出して確認した。


 神妙な面持ちのカナコが平らなバケツのような白い猫用便所に座り、排泄中の画像を受信している。知羽のメッセージは5秒後に届く。


 『ウンチ中の見張りをしつこく頼まれたよ。ブッチッパ』


 イエネコの先祖が、外敵の脅威に晒されながら排泄しなければならない環境を過ごしている。その名残か、カナコは排泄中の危険を警戒していた。排泄物を隠す習性も、先祖の遺伝子を受け継いでいる。


 まだ3回目の食事が終わったばかりの2匹は活発的となっており、もし要求不満のまま知羽が寝ると、叩き起こすだろう。2匹の就寝まで彼女の役目は続く。


 知努もこの後、2人の女子にマッサージしなければならない。時間指定がされておらず、無料で数十分を要求する可能性は十分あった。しかし、運悪く、知努があまり強い態度へ出られない相手だ。


 彼は、慧沙に行き先を伝えようと振り向き、眠る忠清の隣へ移動して、横たわりながらスマートフォンの画面を見ている現状に気付く。敢えて指摘せず、知努はテレビの使用禁止を命じて、部屋から出た。


 階段を使い、階下に降りて早足でユーディットの待つ部屋に行く。大喜利の回答以降、音沙汰無しの染子が奇行に走っていないかという不安もあった。


 扉の前に到着し、軽く数回叩くとゆっくり開き、ユーディットが顔を出す。ナイトウェアを着ている彼女は未だ不服そうな表情を浮かべていた。そして、彼の手を引っ張り、中へ招く。


 文月が椅子に座って、スマートフォンを操作しており、染子は奥側のベッドで就寝していた。知努がズボンのポケットからスマートフォンを出すと、ユーディットに作品の公開を強請られる。


 大層な内容で無いと断り、LIFEのグループチャット画面から見せた。文月も2人の元に近付き、アパアパの無免許運転と、時代錯誤な車の容姿を嘲笑する。更にアパアパを若い女子と縁遠い中年呼ばわりした。


 ユーディットは、テロリストの野望を阻止すべく、アパアパが三輪トラックで電波塔を目指す絵と解釈する。彼の頬を軽く引っ張り、ベッドの上にうつ伏せとなった。絵は彼女の怒りを懐柔出来ない。


 洗面所で手を洗い、知努が彼女の傍に正座して、首の後ろを指圧する。その様子を文月は横から撮影した。もし、教室のグループチャットへこの写真を投稿すると、ユーディットの印象が変わってしまう。


 しかし、彼女は咎める事無く疲労回復を優先していた。肩、腕、手の順番に知努が指圧し、筋肉の緊張を解していく。左の母指球筋を親指で押していると、文月がユーディットの下着の色を訊いた。


 ナイトウェアの襟で下着の肩紐は見えない。彼女の質問を無視し、彼が背中へ両手を移動させる。それから腰、尻、太腿を順番に解し、ユーディットは寝息を立てていた。


 「アホヅラク侍」


 染子の妙な寝言が聞こえて、彼は隣を向き、彼女が上体を起こし流涙している事に気付く。まるで永久に会えない人間へ想いを馳せているようだった。文月は夢の内容について興味を示す。


 小国の姫となっていた染子が、戦へ出陣する『アホ面ク侍』の無事を毎日祈っていたと説明する。赤いTシャツを着たオランウータン、アパのすけがアホ面ク侍を助けに、戦場となっている城下へ駆け出す場面で目覚めた。


 染子は知努と目線が合い、睨みながら迫って平手打ちする。彼女達一族に仕えていたアホ面ク侍は、彼のようだ。彼女の夢がアニメ映画から影響を受けており、染子はまだ姫のような堅苦しい口調となっていた。


 「アホ面ク侍、お前と一緒になれぬなら、私はこれから先、どこの家にも嫁がない」


 彼の腹部に両手を回し、彼女が背中へ頬を押し付ける。適当な相槌を打ち、知努はユーディットの膝裏、脹脛を揉む。染子の右手が彼の左胸に添えられ、心拍は早くなる。


 ユーディットを仰向けの体勢へ変え、左右の肩甲下筋を親指で指圧した。寝息を立てながら、彼女の双丘が膨張収縮を繰り返す。かつてヨリコが布団に潜り込み、胸の上で就寝していた事を思い出し、知努は頬を緩める。


 ようやく女子高校生の身分に気付き、染子は布団に戻った。再度就寝して見る夢が、先程の続きとは限らない。もしかすれば、合戦場を1955年式クラシックカーと三輪トラックで荒らす夢を知努が見るかもしれなかった。


 慎重にユーディットの鼠径部を押し、痛みのあまり、彼女は唸る。しかし、深い睡眠に陥っていた為、起きない。猥褻な行為に及んでいると勘違いされやすい状況を警戒し、彼が文月の様子を確認した。


 「うーわー、寝ているジュディーにセクハラとかヤバくね?」


 嘲笑しながら彼女はスマートフォンを向け、何度も撮影する。LIFEのグループチャットへ投稿しない事を条件に出し、彼が許可した。彼女の位置からは大して面白みのある内容が撮れない。


 表側の太腿から脹脛にかけ、親指と人差し指で揉み、足裏に辿り着く。左右の指を軽く捻じりながら揉み、末端に溜まっていた老廃物を流す。


 ユーディットの足裏を親指で指圧していると、疲れを訴えながら文月はベッドの方へ来た。白い掛け布団を捲って入り、従妹に肩を寄せる。まだ寝付けないのか、恋愛に関しての話題を出す。


 「チー坊、染子にふざけた告白して、髪留め渡すなんてダッサ。誰がで喜ぶんだし」


 笑いを堪え切れず、何度も鼻から空気を出す音が横で聞こえた。男子高校生の告白は、恥ずかしく、社会的責任感を感じられない行為と知努は自己弁護する。


 洗面所へ向かい手を洗って、彼がユーディットを掛け布団の中へ入れた。数秒間、彼女の寝顔を見つめ、薄く艶やかな唇に、知努の唇は重なる。扇情的な生温かさが彼の息遣いを荒くさせた。


 片脚をユーディットの脚と絡めそうになるも、踏み止まり、知努はベッドから降りて深い息を吐く。文月が部屋の扉の方へ向き、目を泳がしていた。知努の暴走は彼女でも止められない。


 顔が上気した彼は机に置いているスマートフォンを取り、別れの挨拶をした。文月に早く忠清の元へ戻る事を忠告され、少しずつ体の熱は冷めていく。


 昨夜、深夜まで起きていた染子へ声を掛けると、アパアパの鳴き声で返事した。子供を相手にする母親のような柔らかな口調になり、彼は就寝を頼んだ。


 「誰が緑パンツちゃんじゃ! 次うたら、オノレの〇玉で卓球したるど」


 美味のメロンに対し、合掌して知努が感謝の言葉を伝えた。上体を起こし、染子は睨みながら片腕を胸元へ持って行き隠す。そして、メロン試食禁止令を出し、知努が不満そうな声を漏らした。


 枕に側頭部を置き、彼女は2度目の就寝を宣言する。不名誉な呼称名を付けられ、憎しみと愛を同時に彼へ伝えた。


 彼が苦笑しながら染子の安眠を願い、部屋から出る。何とか理性を保ち、絹穂に疚しい気持ちを抱かなくて済む。

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