第120話エンドカード


 一般的な男子高校生が羨ましがるような通話を終え、慧沙は入浴を促す。まだ寝ていた忠清を抱き上げ、知努が2人分のナイトウェアを掛け布団の上から取る。急に泣き出す奇行はここ数年、珍しくなかった。


 隠す事すらせず、屈んでリュックサックとボストンバッグのファスナーを開け、下着とスモールピンも回収して、洗面所兼手洗い場に行く。忠清を起こすと、胸の湿りを気付かれる。


 知努は寝汗と誤魔化しながら降ろして、衣類を脱ぐ。後ろの慧沙がこの場所から成人向け施設を連想し、彼に料金の予想を訊く。女子生徒と如何わしい内容を話していた余波はまだ続いている。


 知努がその施設に対し、興味を抱いた事は無く、当て推量の答えを出す。時間単位制の仕組みだけ理解していた。彼の回答を聞き、慧沙が苦笑する。


 利用料金は一種の賭け銭であり、店が提示した写真や身体情報から女性従業員を選ばなければならない。当然、写真とかけ離れた容姿を目の当たりにしてしまう可能性もあった。


 「5万円は、120分コースで、芸能人レベルの娘を2人も付けて貰える店しか出せないね」


 会話へ入れない忠清は知努の左腕を軽く引っ張り、話題転換を促す。話の腰を折ろうと、知努が誤解させてしまうような冗談を放つ。そして、2つの髪留めを外す。


 「僕はそんな娘達より、学級トップクラスのイケメンである君とのデートに、価値を見出すね」


 普段使わない彼の口調と様々な憶測を呼ぶ内容に、慧沙はしばらく沈黙した。異性からよく求愛される彼も、同性に口説かれた経験は皆無だ。世辞が人の心を惑わしている。


 数十分後、3人は狭い湯船に浸かっていた。知努が洗体してくれる事を期待した慧沙は不満を漏らす。それに対し、知努が両手を重ねて作った水鉄砲で、顔へ湯を掛ける。


 浅草で2人の時間を満喫していた櫻香と夏鈴の話題を話すと、慧沙は数年間、抱いている疑問に関しての質問を出した。夏鈴の特殊な口調が様々な人間に自然と受け入れられている。


 「いつの間にかあの話し方だったらしいぞ。服の好みは、多分、『ラストエンペラー』の川島芳子辺りの影響だろうな」


 清王朝皇族出身の日本陸軍工作員だった川島芳子が、男装の麗人として有名だ。銃殺刑の末路を迎えて尚、未だ人々を魅了し続けていた。夏鈴も近所で同じ存在となっている。


 入浴を済ませた知努は、忠清を背負いながらベッドに行く。スマートフォンを拾い上げ、スリープボタンを押すと、知羽のメッセージが表示された。白い瞬膜を見せながら床に転がるカナコの画像を見てしまい、忠清は泣き出す。


 『あんまり死ぬの怖がるとなぁ、死にたくなっちゃうんだよ』


 『祇園カナコはで三途の川を渡ってます』


 人語を話さないカナコの遺言を考える頓智が、勝手に開催されていた。すぐ知努が宥め、カナコの生存を伝える。時々、目を開けたまま寝る事もあり、状態の良い死体と勘違いされやすい。


 何度目か分からない睡眠中に、夢を見ていた。まだ衰弱死しやすい子猫の時期、この奇妙な様子を目撃し、京希が発狂して、裸足で三中の家へ駆け込んだ。


 訃報の表現は、カナコが妹を殺めた流罪人として、遠島へ護送されているような印象を持たせた。しかし、知羽は高瀬舟の表記を間違えている。


 忠清をベッドの上に降ろし、知努がメッセージを返信した。彼の予想通り、生きていれば、カナコは夜の食事を終えて知羽と遊んでいる時間だ。


 『生き返れ生き返れ。何でカナコは高瀬舟に乗せられているのですかね』


 従弟が安心して就寝出来るように、彼は床で腹部を見せていたヨリコの写真を見せる。撫でようとして、何度も腕を捕らえられ、後ろ足の蹴りを受けた。気分によって、対応が変わる。


 『頼むぜ! オジキ』


 スリープ画面に指を掛けた瞬間、染子からLIFEのメッセージを送られ、確認するも意図を汲み取れない。読み上げると、ある映画の場面を思い出す。これは不謹慎な頓智の回答だ。


 氏名が似ている為か、メッセージの送り先を間違えていた。カナコの生存を把握しているかどうかについて忠清は訊いた。まだ確証を持てない知努が、曖昧な言葉で濁す。


 ユーディットの呼び出しを受ける前に、彼と忠清は洗面所で歯を磨いた。手洗い場で用を足していると勘違いした慧沙が、不必要な忠告をする。


 部屋の椅子に座り、知努はカナコの画像とタブレットを使い模写をした。映画『ソナチネ』のような無作為な死が表現されており、カナコは暴力団構成員と鉄砲玉の銃撃戦で事切れた部外者だ。


 1時間後、完成した模写を眺めていると、櫻香のメッセージが届く。新たなLIFEのグループチャットも構成されており、知努の他に華弥も加えられていた。そして、グループの名前は『旅の絵を投稿する会』だ。


 黒いシングルスーツを着た夏鈴が、両手で枡を持って飲酒するイラストは、櫻香の印象深い場面を再現していた。左下に、次回視聴を促す文章が添えられている。


 テレビアニメ放送の次回予告後に掲載された『エンドカード』を意識しており、夏鈴で遊ぶ。彼女の服装が逢引に合っておらず、何かの会合へ参加する暴力団幹部のようだ。


 『花菱の鉄砲玉役でこっそり出演してそう』


 適当な感想を残し、知努はスマートフォンの画像欄から題材を探す。もし、有名なテーマパークに行っている華弥が逆さ吊りホオジロザメのイラストを投稿した場合、地遊館の展示動物は迫力で負ける。


 非日常的の空間に引かず劣らずの題材を見つけ、知努は試行錯誤しながら制作を進めた。背後の慧沙が完成品の披露を頼んだ。しかし、作業に集中している彼の耳へ届かない。


 何度か鳴るスマートフォンの着信音も無視し、ようやく完成したイラストをグループチャットで送信する。天保山に展示されていた、三輪トラックの運転席へ乗るアパアパが彼の作品だ。


 画面を確認すると、華弥の作品も公開されていた。黒のクラシックカーを運転するヨシエらしき女子のイラストを見て、知努は差別化に失敗したと悟る。しかし、どちらも日米の在りし時代を表していた。


 『お前ら、軽しか持ってねぇ俺を馬鹿にしてんのか? 陰湿なメンヘラ共だな』


 『チェリーボーイ君は、小っちゃながお似合いでちゅね』


 華弥の煽りを見届け、着信の通知を確認する。ユーディットが10件近く通話を試みており、彼は急いで掛け直した。通話が始まると、低く間延びしたユーディットの声を聞く。


 『もしもし、どうして、何度も電話を掛けたのに、無視したの?』


 「え、絵を描くのに集中していたから。ごめんね?」


 3分以内に来なければ腕立て伏せ30回と、自衛隊の班長か、警察学校の教官のような脅迫を残し、通話は一方的に終了した。

 

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