第116話センチュリーカラー


 スマートフォンの画面から指を離し、染子がテーマパークに対する後悔を話す。以前、家族で訪れた際、ハンバーガーショップ前の長い列を見て、彼女の両親は入店を諦めてしまう。


 そして、色んな店を回り、一家の昼食にホットドッグの露店が選ばれた。人気のハンバーガーを食べられず、未練を抱いている。


 「今度、行った時にハンバーガー食べたら良いじゃん。結構、並びそうだけど」


 知努から言質を取った染子は、彼の後ろに隠れているユーディットの尻を叩く。料理の画像を見た影響か、ふと彼がどて焼きの店を眺める。


 夕食までまだ時間はあり、軽食で満腹になる程、彼の胃が小さくない。上着に入っている彼女の頭を出し、店の元に行く。購入した後、絹穂の隣へ座り、食べる。


 しかし、すぐ染子やユーディットに見つかり、半ば強引に箸を取られ、半分食べられてしまう。その様子を見かね、食べ終えたばかりの絹穂が嗜めた。


 料理を盗み食いして怒られない人間と2人に思われており、知努は格好の標的だ。躊躇していない動きに彼が絹穂から心配される。幸い、刑務所の様な知努の昼食を教室内で狙う人間はいない。


味噌を基調としたタレが鶏肉によく染み込んでおり、白飯を求めたくなる。愛想笑いを浮かべながら慧沙は横から撮影した。


 後片付けし、彼と絹穂が立ち上がると散策を再開した。様々な料理店に囲まれており、この場所で1日の食事が賄える。ユーディットは、前を歩いていた知努に夕食の内容を訊く。


 「今日はだよ」


 掃除用具と同じ名前を聞かされ、彼女が困惑する。彼の元に駆け寄り、袖を軽く引っ張って説明を促す。知努以外、その料理を知っている人間はいない。


 「ちりとりみたいな形の鍋に、野菜やホルモンや豚肉を入れる料理だよ。大阪の有名な料理らしい」


 染子は、ユーディットが菜箸を使わない危惧をする。それに対し、知努は名前を伏せながらホルモンや豚肉ばかり取り皿へ入れてしまう女子の話を出す。すぐ相手に知られ、後ろから蹴られる。


 名画座の入口へ到着し、記念撮影した。煉瓦造りを模している壁や扉に貼っていた映画のポスターは、どれも昭和を象徴する作品ばかりだ。


 先程通った道の反対側から戻り、たこ焼き屋の前で絹穂が足を止める。そして、20個入りのたこ焼きを注文し、縁台に腰掛けた。知努も隣へ座り、分けて貰う。


 通常のたこ焼きより小さく、ソースや青海苔はかけられていない。細長い楊枝で刺し、食べると口の中に出汁の風味が広がった。小学生2人は、物欲しそうな眼差しでたこ焼きを見ている。


 彼が店へ行き、絹穂と同じ個数のたこ焼きを買った。猛禽類の如く、ユーディットと染子は素早く接近し、盗み食いする。学級内の有名な2人の痴態を慧沙と文月が撮影した。


 残りのたこ焼きは、6人で分けられる。ベンチに座っていた小学生2人が、無邪気な笑みを浮かべながら感謝し、知努は照れてしまう。


 ゴミを処理して、出入口付近まで行くと和菓子の露店を見つけた。棚に商品と試食が置かれている。4つの木製桶に入れていたわらび餅を知努はそれぞれ食べ、商品を見渡す。


 彼の他に涼鈴と義仁がわらび餅を好んでいた。どの味も甲乙つけ難く、土産選びは難航する。日頃、わらび餅を食べない数人も試食し、味を堪能した。


 「これは上物の味がするわ。炙って鼻から吸いたくなる」


 女子高校生に相応しくない発言をする染子の頭を叩き、知努はようやく選んだ。3種類の大箱を手に取り、購入する。それを見計らったかのように、秋菜が彼の背中を何度も叩く。


 「うち、みたらし団子食べたいから買って」


 斜め前の棚に置かれている広告物を見て、食べたくなったようだ。鶏どて焼き、たこ焼きだけで物足りない絹穂は、串付きあん団子を3本注文している。 


 夕食の事を考え、彼が却下した。甲斐性の無さを罵倒しつつも諦めようとする秋菜は、悔しそうな表情が浮かんだ。時に厳しい態度を取らなければ言う事を聞かなくなる。


 「妹からのイロ情婦営業は断れないのに、随分手厳しいわね」


 染子の発言を聞いて、意味を良く理解していない絹穂は否定した。知羽が何かしらの濡れ衣を着せられていると察してか、それ以上深入りしない。


 向き直り、しゃがんだ知努は秋菜の耳元へ顔を近付ける。すると、ユーディットが早足で彼に迫り、襟を掴んだ。しかし、耳打ちしているだけと分かり、すぐ手を離す。


 彼の一挙手一投足を監視していると文月にからかわれ、彼女の頬が赤くなった。観念し、遠くから見ていた事を認める。恐ろしさを感じ、知努の表情は引き攣っていた。


 串付きみたらし団子を1個だけ食べさせて貰える提案を受け入れ、秋菜は早速注文しに行く。ひやしあめも販売しており、後から来た彼が追加で購入する。


 そして、小学生2人を縁台へ連れて行き、彼はみたらし団子を分けた。ひやしあめを飲むと、甘みと辛さがあり、不思議な飲み物だ。秋菜に味見させるも芳しくない感想が出た。


 味を気に入り、ひやしあめの商品を3個買う。館内を十分に探索して、満足した彼らは時間が止まっている様な空間を出る。映画を観終えた時に似た喪失感が湧く。


 「楽しかったけど、少し疲れたな。どこかで休憩するか」


 知努は重い足取りの忠清と手を繋ぎ、ベンチを探す。3階に見つけ、腰を下ろして、忠清が膝の上へ座る。秋菜も彼の腕にもたれ掛かり、疲労を訴えた。


 少し離れている場所に設置されていた2つのベンチが、女子達に使われてしまい、慧沙は妹の反対側へ座る。上着のポケットからスマートフォンを出し、腕を前へ伸ばして内側カメラで撮影した。写真を確認すると、知努の瞼が半分閉じており、映りは悪い。


 「知努ちゃんは将来、何になりたい? 僕は遊園地のキャストが良いなぁ」


 遊園地内で客として兄の顔を見たくない秋菜が猛反対した。更に愛想を尽かし、三中家の次女として生きる事を宣言し出す。


 「ショーに参加するか、客の誘導するか知らないけど、頑張れよ。俺は


 本心かどうか分からない内容を聞かされ、慧沙はぎこちない返事になる。その直後、秋菜がカナコとヨリコの画像をねだった。


 知努はスマートフォンに保存している画像の中から悩みながら探す。ほぼ寝ているか、食事中の様子だった。苦労し、彼女好みの内容を見つけ出す。


 毛布の横から顔だけ出しているカナコとヨリコの画像だ。冬の時期に偶然撮影出来た。京希が外出しており、彼の来訪まで昼寝していた。


 「可愛い!」


 ユーディットと染子が知努の元に来て、画面を覗こうとする。唐突に2人の胸部が接近し、忠清は助けを求めた。彼の存在がすっかり忘れられている。


 猫の画像だと知り、ユーディットは眉を顰めた。どうやら、日頃、見られない服装の知努の写真を期待していたようだ。

 

 「今度、猫耳付けた自撮りを送って欲しいわ」


 彼は笑顔を浮かべたまま、断るも右頬を力強く引っ張られ、再度、同じ要求をされた。

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