第114話透明な心
実現するか分からない予定の話をしている中、京希のスマートフォンへ知羽から画像を送信された。キャットタワーの支柱頂上付近にある半円型のハンモックで昼寝中のカナコを映している。
以前、実物を見たはずの染子は、螺旋状に設置されている足場を指差す。仕組みの説明を受けていると思い込んでいた知努が面食らう。
「上がるための足場だぞ。猫は跳躍力があるから簡単に上まで行ける」
「毎日、強制的にアスレチックさせられる猫も大変ね」
ヨリコの様子を映した画像もすぐ送信される。ベッドに腰掛けていた知羽の膝で丸まり、昼寝中だ。猫は1日の大半を睡眠に費やしており、様々な場所で寝ている事が多い。
年下の女子から姉と1度も慕われていない染子は、憂さ晴らしに知努の脚を蹴る。そして、ヨリコをニャンピーと形容した忠清も行き掛けの駄賃で叩く。すぐ彼は従兄の背後に隠れた。
「2人にはチーちゃんがおやつ探しの旅に出たと言っているからね」
京希の言葉で知努がおやつを持って来ると思われており、もし、持っていなければ大層機嫌を損ねるだろう。2ヶ月以上、顔を見せていない事で心配も多少していた。
扉の方を眺めるカナコとヨリコの画像が何度も送られていた事は、何よりの証拠だ。不在期間に見合う特別な間食を考える必要があった。
しばらくして、乗り場にシースルーゴンドラはようやく戻り、4人が乗り込んだ。残った知努と染子、慧沙、絹穂、忠清は後のゴンドラへ乗る。京希の不在で先程の賑やかさが消えてしまう。
知努は、土産を待っている夏織とLIFE内のやり取りをしていた。早速、コツメカワウソのぬいぐるみを土産に選んだと明かす。水族館や動物園で人気の動物だけあり、喜ばれる自信があった。
『カワウソは抱っこしてみたい位好きなので、とても嬉しいです!』
『喜んで貰えて良かった。名前は付けるの?』
ぬいぐるみに名前を付ける彼女の姿は、想像出来ない。友人の代用品を求めなくとも多くの人間に囲まれており、忙しい毎日を送っている。
2分が経ち、夏織の返信でカワウソのぬいぐるみは新たな名前を貰った。その直後、珍しくユーディットの母親が画像付きメッセージを送る。主に彼女は買い出しの依頼をしていた。
『今のクーちゃん、ミニラよりゴジラの子供っぽいわ』
白目の部分を上部に見せているクーちゃんは、半開きの口と毛の色合いも相まって怪獣のようだ。表情以外、床の上で横向きに寝転ぶ犬らしい姿だった。
シャーマンより迫力があり、この表情のまま、散歩すると周りの人間は怯えてしまう。顔に気を取られ、クーちゃんの捲れた耳が誰からも心配されていない。
死体か狂犬病を疑われそうな物々しい表情を見た染子は、唐突に騒ぎ出す。カナコとヨリコのような癒される画像と思い、興味本位でスマートフォンの画面を覗き込んだ忠清が邪悪さのあまり、すぐ顔を逸らした。
「そろそろ火を吹く時期に入っているわ! ギドラ助けて!」
「放射熱線な。お前に言ってなかったけど、ヘラの正体はキングギドラだ」
知努は後ろの2人にクーちゃんの画像を見せると、苦笑されてしまう。もし、狂犬病予防接種を済ませていなければ今頃、保健所が動き出す大騒動になっていた。
数分後、音楽や案内アナウンスが流れているゴンドラへ乗った知努達は、男女別で左右の座席に座り、忠清だけ特等席を選ぶ。対面の絹穂が微笑みながら従兄の膝の座り心地を訊く。
「座り心地良いよ。ママふかふカンガルーの袋にいるみたい」
「黙れや猿ゥ!」
染子は彼の脛を蹴ろうとするも届かない。攻撃を諦め、知努にLIFEのQRコードを見せて欲しいと頼んだ。スマートフォンのカメラ機能でQRコードを読み取ると連絡先に追加出来た。
上着のポケットからスマートフォンを出し、彼がQRコードの画面を表示させる。連絡先交換し、染子が絹穂にLIFEの画面を見せた。
知努のアカウントに使われているプロフィール画像は、串付きりんご飴を片手で持つ幼い絹穂を描いた絵だ。白いアサガオらしき花模様が特徴的な薄青の浴衣を着ている。
彼女の頬は赤くなり、咄嗟に横を向いて、ガラス張りの扉から風景を眺めた。LIFEの画面を見る度、知努が絹穂を思い出していたようだ。
「恥ずかしいけど、色んな人達から大事に想われていて、とても嬉しいわ」
言葉より鮮明に心情を伝えてしまった彼は、赤面している顔を逸らし頷く。そして、蚊帳の外に追いやられた染子がスマートフォンの側面で絹穂の頭を3回叩き、プロフィール画像の変更を命令する。
渋々、彼は彼女の指示通り、新たな絵をプロフィール画像に設定した。サングラスを掛けているボブカットの女性へ変わり、ヘラが早速気づいてしまう。
『あんたのプロフ画像、インディジョーンズの悪役と似ているわ』
その後、頂上付近まで沈黙したまま、知努達は風景を解説するアナウンスを聞いていた。だが、有名なテーマパークが遠くに見えた途端、染子はトワイライト・パスの件を蒸し返す。
「トワイライト・パスで入場していたら、今頃、タイムマシーンに乗ってたわ」
「ジェットジャガーみたいな奴が出てくるアナウンス映像、面白かったな」
人工島、夢洲や辺りに広がる多くの建物などを見ていた知努が、軽くあしらう。幸い、ヨシエと華弥の滞在をまだ把握しておらず、染子は鼻を鳴らすだけだ。
「俺はこうして染子と観覧車に乗る事も楽しいぞ。そりゃあ色んなアトラクションあるから行きたい気持ちも分かる」
彼女の機嫌を直そうと慧沙が夕食の話題を出す。努力虚しく無視されてしまい、代わりに絹穂が昭和中期の時代を再現した2階のフードテーマパークで食事する事を提案した。
苦笑して、誤魔化そうとする彼の頭を軽く叩き、チヌカンガルーは説得する。しかし、諦め切れない彼女が前屈みになりながら顔を見つめた。
無言の凝視で相手の不安を煽る癖があり、彼や絹穂の父親は幾度も被害を受けてしまう。すっかり、場を支配され、知努の拒絶する余地が無くなっていた。
「これはプランCかな?」
他人事の慧沙は身体を右に反らし、両手でCの形を作る。すると、斜め前の染子が彼の奇行を撮影し、クラスのグループチャットへ画像を投稿した。
事態を収拾しようと知努は、軽食以外食べない条件付きで絹穂の要求を受け入れる。たこ焼きの様な腰を下ろさなくて済む料理が望ましい。未だ慧沙は体勢を維持していた。
「屠るな屠るな」
一瞥し、ようやく彼の思惑通りの台詞を知努が言う。特定のアニメを観ていなければ理解されないやり取りだ。
美味しい料理の事を考え、喜んでいる絹穂の隣で、染子は瞼を閉じ寝ようとしていた。そして、彼女の身体が傾き、隣人の肩へもたれ掛かろうとするも押し返され、悪態を吐く。
「染子は赤いスカーフ巻いた猫と一緒だな」
不貞腐れた染子が、知努の隣に移動し、有無を言わさず彼の肩を枕代わりに使う。
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