第108話猿姉妹


 テーマパークの事しか考えていない染子と違い、ユーディットと文月が来週から始まる体育祭の練習について話す。中学生の頃から男子生徒は組体操、女子生徒はダンスをすると決まっていた。どちらとも団結が求められる。


 色んな男子生徒達から注目されてしまう染子は、体育祭当日に使う替え玉を決めていた。脚が長く、乳児並の大きさしか無いアパアパだ。彼女の話によると所有者の知らない所で二足歩行し、女子を口説いていた。


 「恰幅の良いアホみたいな顔のオランウータンに当日、私の代わりをさせるわ。斧を持って、踊ればバレない」


 「1人だけカンフーハッスルの斧頭会になってろ。まさか猫の手じゃ無くて、ぬいぐるみの手を借りたい奴がいるとはな」


 日本海溝に生息する生物が展示していた水槽でタカアシガニを見つけてしまい、知努はすぐ離れる。また染子がカニ料理を食べたいと言い出せば説得しなければならない。食欲をそそらせる長い脚をしていた。


 長いエスカレーターで降り、丸い水槽がいくつも置かれている部屋に辿り着く。中にミズクラゲやオワンクラゲなど、数種類のクラゲが泳いでいた。


 知努は、ノーベル化学賞の話題で一躍有名となったオワンクラゲが泳ぐ水槽の前へ寄る。体内の緑色蛍光タンパク質は研究材料に使われた。他の人間と違い、熱心に見ているためか、怪訝そうな表情で京希が隣へ来る。


 成分の造詣が人並の彼は、簡単にオワンクラゲが持つ緑色蛍光タンパク質について説明した。他のたんぱく質と融合した場合も光を受けて発光する性質を話した途端、後ろの染子は無駄な応用方法を提案する。


 「よく脱いだ靴下の片方、見つけられないからそれを付けると見つけやすいわね。緑は何かヤダから月光のような白が良いわ。コンビニに売ってない?」


 他の研究で使われる際、GFP緑色蛍光タンパク質遺伝子を対象の細胞に導入して使われていた。足裏に導入して、靴下に付着した微量の角質で蛍光させると彼女の要望は叶う。しかし、それが調達出来る身近な場所の心当たりは彼に無い。


 机上の空論を語り、知努が諦めさせようとするも染子は、靴下の紛失に困っていたあまり、常軌を逸している計画を明かす。何故かアパアパがブルドーザーを使って、倉持家の病院を襲撃する予定になっていた。


 GFP細胞は、細胞生物学の研究をしている特定の大学しか保管されていない。そして、彼女の足裏に組み込む技術を持つ人間と設備も必要だ。染子とアパアパが、世間の笑い者にされる姿を彼は想像した。

 

 「おい、ゴルァ! 降りろ! お前、免許持ってんのか、おい」


 「ナオキです察して下さい

 

 インターネットミームとなっている2人のやり取りは、慧沙以外に通じない。一通り、展示されているクラゲを見てから北極圏の生物が展示されている場所に向かう。


 薄暗い通路の天井に雰囲気が出る氷のオブジェが設置されており、中央の部屋にいくつもの水槽が展示されている。天井のドーム状水槽からワモンアザラシの姿も見えた。


 ヒレや腹部が少し黒みがかった赤のアークティックチャーを眺め、京希は、知努に好きな寿司の話題を出す。すぐ彼が彼女の好物を思い出し、苦笑する。回転寿司に行くといつもサーモン寿司ばかり取っていた。


 「中トロとか赤身。ケーキはサーモンだろ? また回転寿司、行きたいな」

 

 エレベーターで上がり、氷の陸地を設けている2つの大きな水槽の中で泳ぐワモンアザラシを観察しながら歩く。愛らしい表情を見て、喜ぶ気力は、ほとんどの女子達に残っておらず、写真だけ撮影する。


 フォークランド諸島に生息するミナミイワトビペンギンは、水槽の中にある岩場で集まっていた。目の上の黄色く細い冠羽が特徴的なペンギンであり、岩場を跳んで移動する習性を持つ。しかし、全く水辺へ行く気配を見せない。


 次の水槽は白く、三角形に近い形だ。中でインド洋に浮かぶモルヴィブ諸島付近の海に生息するイヌザメやサンゴトラザメが泳いでいた。金色の瞳を持つサンゴトラザメは、他の鮫と違った不気味な顔立ちだ。


 そして、最後の展示は、地遊館に関する情報がパネルや映像で紹介されていたり、いくつも置かれている小さな水槽に魚や蟹を入れている。しばらく滞在し、階段で降りて土産コーナーに到着した。


 早速、ぬいぐるみが並べられている棚を回り、知努は夏織から指定された哺乳類のぬいぐるみを探す。


 アザラシ、いるか、カピバラ、カワウソのぬいぐるみを見つけ、彼は頤に人差し指を当て思案する。亡くなった叔母に矯正されて、しばらく出ていない癖だ。


 「


 彼の様子を横から覗き込んで、怪訝そうな表情の絹穂は訊く。どうやら、何かの拍子で人格が入れ替わったと思われている。その呼び方は、彼に不快感を与えた。


 「違う、俺は絹穂の事を大事に想っているだ。姉さんなんて呼ばないで欲しい」


 彼女の謝罪を受け、夏織が貰って喜びそうな種類のぬいぐるみを相談する。同級生の嗜好を考えているうちに絹穂は1つの会話内容が思い浮かんだ。


 「そういえば前に兄さんの事をカワウソみたいと言っていたわ。見た目は可愛いけど、凶暴だから」


 「犬だったり、カワウソだったり、俺を何だと思っているのかな。いつか獅子に喩えられたい」


 カワウソのぬいぐるみを夏織の土産に選ぶ。Mサイズは物足りなさを感じず、持ち運びやすい。

 

 学校内に土産を渡す相手が多い知努以外の人間達は、菓子商品の棚を見ていた。守銭奴の節がある染子も様々な商品を睨みながら探している最中だ。


 知努は、ジンベイザメのイラストが描かれた箱入りカステラ焼きと魚の形を模している箱入りクッキーを見つけ、それぞれ数箱、手に取る。


 数分後、会計を済ませた彼らは、商品が入れてある買い物袋を持ち、店から出た。30個入りの様々なイラストが楽しめるプリントクッキーを土産に選択している。


 キャリーバッグやボストンバッグなどの中に買い物袋を入れ、片手の自由を確保した。他の場所で買わなくていい程、土産は地遊館で事足りてしまう


 アカハナグマの飼育が叶わない秋菜は、Mサイズのカピバラのぬいぐるみを購入しており、袋から少し顔が出ていた。


 地遊館の外へ出て、文月は行き先を決める担当の慧沙で無く、知努にこれからの予定を訊く。驚きのあまり、彼が気の抜けた声を出す。


 「向こうの天保山マーケットシティとか観覧車に行けばいいんじゃない。決めるのは慧沙だけど」


 特にこの後の予定を決めていない慧沙は、急遽、天保山付近の施設で休憩する事を決めた。狭い歩幅の小学生2人が疲労を訴える。


 左右の肩にボストンバッグと忠清のリュックサックを掛け、知努はしゃがんだ。従弟を背負った後、秋菜が絹穂を移動手段に指定する。渋々、従い、彼女は小学生を背負って運んだ。


 身長差と知努の容姿のせいか、子供の手を引く母親らしき女性に2人は、子連れの母親だと勘違いされる。


 「あらら、地遊館ではしゃぎ過ぎて疲れたみたいですね」


 「ちゃんと夜に寝ぇひんかったんですぅ。ホンマ、アホや」


 咄嗟に近畿圏の女性が使いそうな口調で、彼は誤魔化す。絹穂も秋菜がアカハナグマの展示からしばらく離れず、困った話を出して演技する。


 幸い、気づいていない子連れの女性は、労いの言葉を掛けてから立ち去った。そして、慧沙が2人の様子を撮影する。

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