第103話モダンガールズ



 執念深い彼女の憂さ晴らしはそれで済んだが、まだ染子は不服そうな表情でスマートフォンを取り上げたまま、彼の足を踏む。



 支配欲と加虐性愛が強く、異性から注目される容姿端麗の彼女は『痴人の愛』に登場する奈緒美ナオミのような女子だ。



 一時期、共通点があり、自己投影する程、染子は自由奔放で強い女性の奈緒美を気に入っていた。



 彼女の母親も奈緒美の自由奔放な生き方に憧れており、娘の名前を彼女から取ろうと考えていたくらいだ。



 しかし、中学生の頃、夏鈴から奈緒美のような女はいつか飽きられてしまうと言われた事で、染子は忌み嫌うようになる。



 「私はとても悲しいわ。アレだけ愛情を注いでいるのに、見た目以外空っぽの女と内心嘲笑っていたなんて」



 無理やり痛み分けをしようと知努の後ろにいるユーディットを見るもすぐ背中を遮蔽物に使われた。



 弁解する事が億劫になり、知努は大阪の人間が大抵知っているギャグで切り抜けようとする。



 「許してや! ったらどうや?」



 反省している様子が見えない彼に目掛け、染子はコートのポケットから出した小さなゴキブリの玩具を投げ付けた。



 尻が前に向いている玩具は彼の顔を横切り、絹穂の頭へ載ってしまい、すぐ悲鳴を上げる。



 手を震わせながら苦手なゴキブリの玩具を取り、知努は染子のポケットへ戻す。



 「一緒にいて安心出来るという素晴らしい内面を持っているだろ。悪戯の後に言っても説得力ないけど」

 


 おだてられると周りの人間を見下してしまう事も事実であり、絹穂は難色を示していた。



 心斎橋駅から本町駅に電車で移動し、2番ホームに知努達は向かう。まだ次の電車が到着するまで多少猶予はあった。



 暖房が付けられていたせいか、絹穂に喉の渇きを訴えられ、知努は近くの自動販売機でペプシコーラを買う。



 未だ彼のスマートフォンを持っている染子が、ちょうど彼女の母親から送られたばかりのショートメッセージを眺めている。



 手が焼ける長女と思われている染子をかなり心配しており、旅行中に色んな人間を虐めてないか内通者に確認していた。



 包み隠さず報告されると来月の小遣いが1割程、減らされるため、染子は印象操作を試みる。



 念のため、彼が書く文章を今までのやり取りから参考にしてなりすましの返信した。



 『もろ〇ん! 最近のsome何人かの子は面倒見が良くて良い子だ!』



 『今日も忠文の面倒を見たり、芋にジウース買ってあげてたから、今月のお小遣いは1割増しにしてあげて欲しい!』



 スマートフォンの予測変換機能に頼り過ぎたり、平常心が保ててないせいか、誤字ばかりの文章となる。



 日本語が怪しいチェーンメールのような文面に騙される程、鶴飛姉弟の母親は間抜けで無く、すぐ看破された。


 

 『ママは今、涼鈴ちゃんに相談してsome何人かの子とチー坊をしばらく取り換えたい気持ちにとてもなってます』



 『騙そうとした罰で今月のお小遣いは1割減です』



 小遣いの値上げに失敗した彼女は憂さ晴らしとして、知羽へ生理的嫌悪感を催すメッセージを送り付けた。



 『庄次郎が今からNSA国家安全保障局のスペースシャトルへ乗って、地球に接近する小惑星を爆破しに行く』


 

 『多分、生きて帰れないだろう。それより、後生だ。知羽が穿いているパンツの写真を送ってくれ!!』



 履歴を残していると知努に見つかった際、間違いなく怒られてしまうため、送信後にすぐ削除する。


 

 相手の端末からはメッセージが削除されず、彼は妹に理不尽な罵声を浴びせられるだけだ。


 

 戻って来た知努にスマートフォンを返し、染子は怪しまれないように平常心を保とうとする。



 数分が経ち、混雑している電車の中でまだなりすまし被害に気付いていない知努は、知羽から衝撃的なメッセージを貰う。



 『よく分からないけど、ジュディーのパンツで事故に見せかけ、バカショーを処理しておくね』



 庄次郎暗殺予告の下にテニスボールを咥えている小さな秋田犬の写真を添付していた。



 子犬の面倒を見ている彼女は、ユーディットの家でほぼ行動が制限されておらず、易々と凶器を調達出来る。



 証拠品としてユーディットの下着が押収され、会議場のホワイトボードにその写真を掲示される状況を彼は想像してしまう。



 不謹慎ながらも従姉の下着が凶器に使われる非常識な内容に笑いを堪えた。



 興味本位にスマートフォンの画面を覗いたユーディットが怒ってしまい、肋骨を握り潰す勢いで掴んだ。

 

 

 「庄次郎には私の高級なパンツより染子のバーゲンセールパンツで殺される方がお似合いよ」



 彼女に不都合なやり取りをされないため、また知努のスマートフォンが取り上げられてしまった。



 事の元凶である染子は野次馬のフリをしながら知羽が返信したメッセージを確認し落胆する。


 

 なりすましに気づいているのか、兄からの嫌がらせに慣れているのか、知羽は淡泊な反応しか見せない。



 世界に通用する大規模な水族館が近い大阪港駅へ到着して、疲れていた忠清が知努の裾を軽く引っ張る。



 「荷物、持って」

 


 荷物係と思われている彼は甲斐性を見せるため、従弟のリュックサックを持った。



 西改札口を出ると知努達と同じ目的地に向かっている通行人が、賑やかに会話しながら歩いている。



 これから行く水族館の話題を出さず、後ろの染子とユーディットは勝手に文月を巻き込んで誰の下着が1番安いか議論していた。



 「うち、下着にそこまで拘りないし。ていうかさ、最近は安くて可愛いデザイン結構あんじゃね?」



 「そんな事を言っている文月が1番派手で高級な下着だったら面白いわね」


 

 女の意地が掛かっているのか、ユーディットはいつも以上に高圧的な態度だ。



 穿いている下着の値段に自信が無い知努は話題をこちらへ振られないか心配している。間違いなく、競えば敗北してしまう。



 女子達に対抗し、慧沙が好きな下着の色を訊くも、答えたくない知努に無視された。

 

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