第101話かすうどんかす抜き
20分程待たされた後、女性店員に案内される。それまでの間、知努の頬がユーディットの玩具となっていた。
店内のテーブル席やカウンター席は他の客で埋まっており、奥の座敷席が2つ空いている。
黒を基調とした内装や木製の机や椅子は落ち着いた雰囲気があった。逢引に向いている店だ。
靴を脱いで当然のように知努の隣へ行こうとしたユーディットは、従姉の文月に腕を掴まれ阻止される。
「忠清もいるんだし、もうちょい自重しな。小学生の悪影響だし」
眉を顰めながらも少し目を離した隙に誰かが独占しないと信じ、大人しく別の席へ連れて行かれた。
そして、代わりに知努の横は不機嫌な表情の染子が座っている。そのような事を気にせず、忠清は特等席を占拠した。
従弟の椅子になりつつも知努が、机の下でせめてもの愛情表現として幼馴染の手を握る。
かすうどん以外何か注文するためか、彼女は品書きを眺めていた。うどんより先に一品料理を食べるようだ。
飲み水を運んだ男性店員に京希と慧沙が注文した直後、染子はもろキュウリを追加した。
5分後、三中知努と協調性の無さを張り合える女子が誰よりも早く注文した料理を食べる。
運ばれたキュウリは食べやすいようにぶつ切りだった。肴のような料理のせいか、コップの水が芋焼酎か日本酒にしか見えない。
「何だか3人が親子に見えるよ。そうだ、もし、知努ちゃんと染子に子供が生まれたら名付け親は絶対、僕だからね!」
「うっわ、キッモ」
横の秋菜に生理的嫌悪感を含ませた低い声で罵倒され、知努からも中指を立てられていた。
からかわれる事が嫌いな染子は一時的に二田部慧沙を特定の人物以外見えない幽霊と思い、無視する。
名付け親になる事を認めて貰えなかった慧沙が拗ねてしまい、スマートフォンの画面を見て現実逃避した。
邪魔な皿を2人の前に置いた染子は、両手で忠清の腕を掴み、強奪しようとしている。
「私もたまには子猿、抱きたいよ。ダメなら大好きなお兄ちゃんの恥ずかしい話をするわ」
過去に大事なぬいぐるみを盗まれたり、騙されたりと彼は何度も泣かされていた。
要求を呑まなければ躊躇いなく、彼女の前でしか見せない知努の一面を暴露するだろう。
染子に愛玩動物と思われている男子小学生が俯いたまま従兄の膝から移動する。
珍しく忠清を向かい合わせで抱き締めた彼女は耳元に顔を近づけ、年甲斐も無く挑発した。
「ニホンザルのダッキーは本当に胸が小さくて残念ね。それでお兄ちゃんを誘惑させられるの?」
耳障りな発言に立腹した彼は両手を染子の背中へ回し、服越しから下着の留め金を全て外す。
慌てて留め直そうと彼女の両腕が後ろへ回った隙に逃げ出す。苛立ちのあまり、声を使い分けて脅迫した。
「子猿の可愛い顔、グチャグチャにしたろか?」
恐怖のあまり、体を震わせている忠清の頭を撫でた後、知努は手際良く下着の世話をする。
基本、知努にしか心を開いていない彼女の機嫌が直りつつある矢先、新たな問題を起こそうとする男がいた。
好きな相手と2人だけの時間に互いがどのような事をしているか、全く教えられてないため、慧沙は染子から情報を訊き出そうとしている。
「恥ずかしい話、是非僕は聞きたいな。知努ちゃんが1番好きな体勢はどれとか色々、ね」
品の無い会話を聞かされると察し、まだ穢れを知りたくない絹穂は急いで立ち上がり、手洗い場に避難した。
実の妹のように溺愛している彼女を困らせた慧沙へ対し、また知努が中指を立てる。
「知努ちゃんは騎〇位が好きなんだね。意外と尽くさせるタイプだったんだ? 僕は〇ックかな」
誰も興味が無い話を聞き流し、染子は近くの店員にさいぼしを注文した。
さいぼしは乾燥か燻製させている馬肉の事だ。飲食店で提供される場合、馬刺しと同じような食べ方をする。
数分が経ち、複数人の店員は人数分のかすうどんと先程、染子が注文したさいぼしを運んで来た。
「ちょっとくらい、食べてもバレへんか」
まだ戻っていない絹穂が座っていた場所へ染子が近づき、勝手に割り箸を使って油かすだけ食べる。
彼女の手によってかけうどんへ変わり果ててしまった。悪びれず、元の席へ戻り、すぐかすうどんを食べる。
周りの人間は絹穂に怒られる染子を安易に予想出来た。頃合いを見計らって盗み食いの被害者が帰って来る。
「かすが入ってないわ! 誰!? 私のかすうどんを勝手に食べた人は!」
惨状を目の当たりにした絹穂は動揺しながらも犯人と考えられる女の方をすぐ向いた。
「ボクがさっき、食べちゃいました」
気づかれたにも拘らず、染子は平然と自供する。何故か、その隣で知努が全くかすうどんに手を付けていない。
横暴な振る舞いを看過出来なくなり、彼は残りのさいぼしを箸で奪って食べる。それに激昂した染子が頭突きを食らわせた。
冷静さを欠いていた事もあり、知努が必要とあれば日頃、溺愛しているユーディットにすら手を上げた事を彼女は忘れている。
すかさず染子の両肩を掴んだ彼は、彼女の鼻に目掛け額をぶつけた。鼻血と涙がすぐ流れ出てしまう。
ポケットから出したティッシュを乱暴に投げ捨て、絹穂のかすうどんと交換する。
「さっき、鶴飛さんに話した尊敬する事を忘れて取り返しがつかなくなる話、ちーちゃんの事だよ」
席へ戻ろうとする彼の手を握り、京希が周りに聞こえない小さな声で呟いた。
幼い頃から知努の身近にいて育った絹穂が謝罪する。当然、彼の考えはよく分かっていた。
「私が騒がなければ多分、兄さんは染子さんに嫌がらせなんてしなかったはずだわ。ごめんなさい」
染子がティッシュで鼻血を拭いている間、忠清は油かすを2人の器に移している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます