第3章 龍に成れなかった鯉
第98話大阪旅行
旅行の大まかな計画を慧沙が考え、食事に関する事は知努が決めていた。ある程度、自己主張が激しい女子達に合わせた内容となっている。
知努が絹穂に伝えたお好み焼きの案は恐らく染子が反対するため、代案を用意していた。
到着する大阪駅から近い百貨店に小腹を満たせるような料理が販売されており、それで時間稼ぎし、また電車で移動する。
心斎橋に知る人ぞ知る大阪らしい料理を食べられる店があった。そこでなら彼女も満足するはずだ。
読んでいた本を片付けている彼の元へ不機嫌そうな表情のユーディットが近づいた。そして、頬に白く細い4本の指を置く。
一瞥した知努が彼女の心情を察する事は出来ず、敢えて声を掛けない。女心は移ろいやすいため、考えるだけ無駄だ。
最近の彼女は染子と同じく強気の態度が目立っている。儚く、庇護愛を掻き立たせるような容姿から想像出来ない。
構って貰えない事に苛立ちを募らせているユーディットが彼の頬を叩いた。乾いた音に反し痛みはそれ程ない。
「私、お好み焼きやたこ焼きより大阪らしいお昼を食べたいわ。他に何かないかしら?」
「あるよ。ワガママ染子姫基準に合わせているからきっとディーちゃんも喜んでくれるはずだよ」
期待通りの答えが聞けた彼女は満足そうな表情で座席へ戻る。空腹感で機嫌を損ねていたようだ。
電車が終着駅に停まり、乗客が次々に降りていく中、知努は熟睡している女子を起こそうとしていた。
肩を揺すろうが左右の頬を伸ばそうが全く目覚める兆しは見えない。夜更かしさせるべきでなかったと彼は後悔する。
「こりゃダメだな。慧沙は俺の荷物、キーちゃんは染子の荷物、持って。ダメ子、おんぶするから」
下手に強硬手段で起こせば機嫌を損ねるため、50キロ以上ある彼女を背負う。幸い、乗車券は2人共、上着のポケットにある。
指示通りに慧沙と絹穂が荷物を持ち、ようやく駅のホームへ出た。西日本の大都市だけあり、人で賑わっている。
瓦のような形をした片流れの大きな屋根は個性がよく表れていた。その他に迷いやすい場所で有名だ。
定期的に再開発されるため、土地勘のある人間ですら迷う事がある。観光客は特に気を付けなければならない。
エレベーターに乗っている最中も物珍しい光景のせいで周りの視線を集めてしまう。女を背負っている男は滅多に見られない。
「流石に染子をおぶったままだと近くの店で済ますしかないよ。どうする?」
1つ目の名物料理が食べられる百貨店に向かいながら知努が後ろのユーディットに訊く。
お好み焼きという無難な選択肢を彼女が選ぶ事による損益は少ない。まず空腹を満たさなければ周りの雰囲気が悪化する。
慧沙が立てた予定の都合もあるため、早く決断を下す事は従姉に求めている彼の願いだった。
「決まっているわ。チー坊に甘えているダメ子を起こす。この前使っていた十手みたいな道具、貸して」
「普段、必要ないから持ち歩いてないよ。ダメ子を優しく起こしてね」
積年の恨みを晴らしたい彼女は染子の横腹を容赦なく何度も殴る。染子の素行が悪いせいか助け舟は出されない。
乱暴な起こし方で目覚めた彼女は早速、移動手段と化している知努の頭を憂さ晴らしで叩きながら文句を吐く。
「凶暴な金色ワカメゲルまんじゅう顔から私を守るのがお前の役目でしょ! この甲斐性なしバカ犬!」
小学生より手間が掛かる染子の面倒を見る事は並大抵の覚悟で務まらない。彼は業務的な謝罪をして百貨店に入った。
エスカレーターで降りている最中に未だ歩こうとしない染子は空腹を訴えた。地下の食品売り場でイカ焼きの店がある。
販売されているイカ焼きは、イカの脚を入れたクレープのような半円型の生地が特徴的な料理だ。
しかし、一般的なイカ焼きは縁日で売られている焼いたイカにタレをかけている料理を連想される。
「もうすぐイカ焼き食べられるからそろそろ降りてくれ。運賃取るぞ」
「何が運賃や。今でこそ運転手と呼ばれとるが、昔で言えば
誰の真似をしているか分かっていない周りの男女は聞き流していた。両親世代以外、通じない有名な台詞だ。
「お前、大阪高裁から10万円の支払い命令出されたいのか?」
「パパに言うぞぉ」
ある俳優の真似だとすぐ察するも一瞬、火弦を思い出してしまう。まだ中学時代に庄次郎から告白された事は隠し通していた。
もし、知られてしまうと同性愛に理解が無い父親から庄次郎は殴られる。
昼時という時間帯だけあり、イカ焼きの店は行列が出来ていた。染子を背中から降ろした知努は左右にボストンバッグとキャリーケースを持ち並んでいる。
その後ろで染子が先程、知羽から送られてきたショートメッセージの内容を確認していた。
『総帥、私は歩けます!』
白猫がベッドの上で直立していた奇妙な写真を文章と一緒に添付している。同じネコ科のミーアキャットと似ていた。
京希の部屋で住んでいる2匹の猫に全く興味を示されなかった染子は、すっかり猫嫌いとなっている。
『今度、猫の写真を送り付けたら2匹とも三味線にするわ』
メッセージを送信した後、退屈凌ぎにイカ焼きの製造工程を眺めている知努の尻を撫でた。
染子が悪戯を仕掛ける事は予想していた彼が我慢している。
張りのある感触を4本の指で堪能している矢先、背後から忠清にまた太腿へ膝蹴りされた。
片脚に力が入らなくなり、知努の背中へもたれ掛かる。小学生の膝蹴りは強力だった。
「痛いじゃない! もしかして小学生の癖に嫉妬しているの? 男の嫉妬より見苦しい物はないわ」
「数年間、京希お姉ちゃんにお兄ちゃん取られていたク染子に嫉妬なんてしないよ」
当然のように知努と京希が交際していた事は忠清も知っている。それだけ従兄に信用されていた。
「過去なんていくら嘆いても変わらない。それより未来の方が大事だ」
染子の事を大事に想っているという彼の気持ちがよく表れている。
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