第77話腐れ縁



 倉持愛羅が起こした騒動は無事収束し、平穏にゴールデンウィーク後半を待つだけと思っていた彼の認識は甘かったようだ。



 翌日の朝、ホームルームが始まる前の自由な時間を読書に費やしていた彼の元へ慌ただしく常盤は駆け寄る。



 昨夜の出来事を従姉達や染子等に知られると大人達が決めた手打ちは破綻してしまうため、緘口令を敷いていた。



 唯一、ユーディットの父親である叔父にだけ涼鈴が伝えている。それは通さなければならない筋だった。



 信用している相手を警戒しなければいけない映画さながらの状況に知努は立たされている。



 「大変だぞ、知努。お前の従姉達と打っ棄り染兵衛そめべえが妹に昨日の事を問い詰めているぞ」



 思春期を黒電話で過ごした世代にとって、メッセージのやり取りより通話の方が馴染み深く、それが仇となったようだ。



 孤立無援の愛羅を救出すべく、知努は常盤に戦場と化している教室へ案内して貰う。教室の窓から見える晴天は平穏そのものだった。



 教室の中央で周りの迷惑を考えず、4人は喧嘩していた。周りの生徒達が静止出来ない程、悲惨な状態だ。



 髪を掴んで頭突きし、殴る蹴るに夢中となっている彼女達の顔がすっかり鼻血と痣で汚れている。



 頭に血が昇っている4人はいくら下手に出て接したところで話など聞いて貰えない。無関係者の茶髪の男がそこへ近づく。



 「空手やっていたから俺も混ぜろよ。その代わり、染子、デートして欲しいべ」



 知努は足音を消して背後へ忍び寄り、2秒後に右母指球の打撃を鳩尾、人中、蟀谷こめかみへ受け、悶絶しながら崩れ落ちる。



 痣だらけの顔になっている愛羅が蹲り、4人は容赦なく蹴りながらとうとう染子が椅子を持ち上げた。



 すぐさま彼が強奪して近くに置き、彼女の腋の下から左腕を入れ、顎の下へ右腕を入れてから軽く締め上げる。



 「テメェらが他人様にリンチして、大怪我を負わせるなら俺もコレの首をへし折ってやるからな!」



 道具のように扱われている挙句、間近で怒鳴り声を聞かされた染子が泣き出してしまう。2人はすぐ愛羅から離れた。



 染子の拘束を解除してから乱暴に机へ押し飛ばす。何故、彼がここまで激怒しているかは誰しも分かっていた。



 力なく横たわっている愛羅を席へ座らせてから鼻血をハンカチで拭く。少し冷静になった彼はユーディットの方へ向く。



 「ユーディットは怖い思いをしたから許せない気持ちや怒る気持ちもあるだろ。でも、他の2人は違うだろ」



 「俺もこういう性格だから言える義理じゃねぇが、暴力を振るって、椅子まで持ち出してする事か? 少なくともこんな事、情けなくて俺なら出来ねぇな」



 強行派である3人は彼に怒られて、悪巧みをしないとも限らず、次の手段が待っている。先程の騒動をきっかけに教諭陣は行動しなければならなくなった。



 不幸な事に染子の叔母がこの学校の教諭であり、恐らく彼女も愛羅へ憤りを感じるだろう。しかし、停学という罰は最早不釣り合いだった。



 愛羅が停学になる場合、集団で不当な暴力を働いた3人もそれ相応の罰は必要となる。互いに罪を相殺するか、同じく認めるかしか道はない。



 特に5月は体育祭という単位を落とせば留年が確定する行事を控えており、大事な月だった。



 教諭陣が停学期間の決定を先延ばしにした結果、体育祭へ参加出来なくなるという可能性もある。



 従姉や幼馴染に依存気味の彼は、窮地を救ってくれそうな人物の元へ行く。あまり関係性が露見したくないため、彼の気は進まない。



 幼馴染の畑崎里美や白峰幸利が所属している教室へ訪れる。ちょうどその2人は向かい側でいる彼女の話を聴いていた。



 「夏風邪を引いてしまった時に彼が参鶏湯サムゲタン、作ってくれたよ。あの味、忘れられない」



 椅子へ座っている祇園京希ぎおんあずきは昔、付き合っていた男との思い出話に花を咲かしている。



 今でもその相手の事を想っているのか、頬に赤みが帯びていた。両手を頬へ当てている仕草はうら若き乙女だ。



 食事の後は、入浴出来ない彼女の体を付き合っていた男が濡らしたタオルで拭いたり、着替えさせてくれたりと至れり尽くせりの出来事を明かした。



 彼女とその男の信頼関係が強固であったことを物語っている。青春ドラマのような状況は里美にとって羨ましいものだったようだ。



 「熱が出て、辛い時にそうやって介抱してくれると嬉しいよね。いいなぁ、あたしもそんな事してくれる恋人が欲しいよ」



 隣で座っていた幸利がいつか出来ると言って適当な相槌を打つ。唐突に京希は両方の人差し指で口角を上げ始める。



 「彼の好物はわらび餅なんだけど、一緒に食べている時、私がわざと全部、きな粉を使ったらこうやって威嚇するんだよ。とてもかわいいよ」



 「かわいい狐が人間へ化けているような彼にまた会いたいな。付き合っていた日々はまるでフェアリーテールだよ」



 祇園京希と付き合っていた元交際相手はゆっくりと彼女の背後へ近づき、無言で立っていた。薄っすらと笑みが浮かんでいる。



 その気配に気づいた彼女は振り向き、今まで隠していた秘密を知られてしまい、慌てふためいていた。



 わらび餅に関する秘密より、京希が昔、交際していた相手の正体を知ってしまった2人は声を上げ、驚いている。



 その声に周りの注目が集まってしまう。普段、これ程、驚くような人間でないため、かなり衝撃的だったようだ。



 「粋な表現するんじゃない。何がフェアリーテールだよ、こっちはトカゲのテイルを切るように振られたんだぞ」



 猫の喉を撫でるように三中知努は人差し指で撫でている。手慣れている手つきから2人は京希と彼の交際していた事実を受け入れた。



 交際していた事実を明かした彼は元交際相手の隣へ座る。彼女が知努の肩へもたれかかっていた。



 「俺の方から告白して、4年半くらい付き合っていたな。今年の2月にケーキ屋で、このまま付き合っていると好き過ぎて胸が苦しいからって別れ話を出され、フラれた」



 「今は元カレ、元カノの友達以上恋人未満の関係だよ。こういう気楽な方が燃えるし、良いかなって思っている」



 2人の関係は、家族、祖父母、忠清、夏鈴しか知らず、邪魔者が入らないように厳重な緘口令を今日まで敷いている。



 朝会が始まるまであまり時間は残っていないため、京希へ手短に事情説明して、助けを求めた。



 「とうとう久遠ちゃんに関わってしまったんだね。そっかそっか、いいよ、私が手伝ってあげる」



 彼の横顔を見ようと振り向いた彼女の頭が肩から落ちてしまい、すぐさま知努は腰を抱き、膝へ載せる。



 彼の前では気が抜け過ぎてしまい、多々、このような1面を見せていた。馴れているせいか、彼は全く動じていない。


 

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