第78話横暴な猫たち
ひとまず教諭陣は強硬派3人と愛羅から簡易的に取り調べする方針を取ったようだ。その後、知努が同じく呼び出される。
様々な人間の思惑が渦巻いている今回の騒動は、一概に善悪で割り切れない。教諭陣も一枚岩となっておらず、処分を決める職員会議はさぞ激論が繰り広げられるだろう。
ホームルームから4時限目終了までの間、教諭陣に事情聴取を受けていない知努は警戒しているだけだった。
昼休みが始まり、蜘蛛の子を散らすように生徒達が食堂や他の教室へ向かっている。彼も数人分の弁当箱とステンレス製プレート皿を入れている手提げカバンを持ち、移動した。
教諭に呼び出された際、弁護してくれる優秀な人物へ声をかけた彼はその代償を支払わされる。廊下で1人の女子生徒から話し掛けられた。
人の噂話、特に色恋の話題は男女問わず古今東西、人気があるため、話の伝達が異様に早く広まっている。
「ねぇ、ぎおっちと付き合っていたってマジ?」
「マジ。最後はバレンタイン翌日のケーキ屋で不法投棄された」
読み上げるような口調で説明しながら彼は歩く。それを聞いた彼女が立ち止まり、黄色い声を上げていた。
祇園京希が色んな人間に慕われている事は彼も知っていたが、まさかここまで知名度を有していると想定していない。
しばらくの間、人気者である祇園京希の元交際相手という肩書は外れそうになかった。教室の扉を開け、目立たないように入室する。
倉持久遠と鶴飛染子は同じ教室へ所属しており、気を抜く事が許されない。染子の後頭部を一瞥し、奥に進んでいく。
教室の中央にも拘らず、久遠の周りだけ異質な雰囲気を纏っていた。白装束の女幽霊が紛れ込んでいるようだ。
横から座っている彼女へ近づき、机の上に弁当箱を置いた。案の定、彼女は彼が昼食を用意しなければ食べないつもりのようだ。
「成長期なんだから昼もしっかり食べないとダメだぞ。母親みたいな事を言わせるな」
しゃがみ込み小声で彼女を窘めると久遠は待ち構えていたかのように元交際相手の話題を出して、からかう。
「祇園さんに随分、情熱的で献身的な愛し方をしていたみたいですね? 三中くん」
看病の際に彼女の体を拭いた出来事は恐らく周りの人間へ広まっているため、否定した所で無駄だ。
発熱の火照りでいつも以上に色気を感じた彼女の表情、京希を湯たんぽ代わりにして毛布へ潜り込んだ飼い猫が思い浮かんでしまう。
頬を赤らめながら机の端に食事が載った皿を置くと顔中、ガーゼが離れている女子生徒はゆっくり近づいて来た。
仏頂面の鶴飛染子だ。敢えて見なかった事にして彼が食事を始める。合衆国州立刑務所内で通貨代わりに使われているインスタントラーメン以外、昨日と構成は変わっていない。
「倉持の人間に肩入れする理由は大体分かるわ。それより、どうしてからかい甲斐がある祇園京希と付き合っていた話を隠していたのよ」
彼の従姉と同じ運命を京希に送らせないために彼は教えていなかった。彼女のあだ名が知努の元カノにされるだろう。
その意図を彼女へ伝えると肯定された。これから祇園京希は染子の玩具となり、しばらく知努の元カノ呼ばわりされる。
「朝は酷い事をしてごめんなさい。ケーキの元カノ弄りだけは本当にやめて」
「嫌よ。4年半、私の玩具で勝手に遊んだ罰を与えないと私の気が済まない」
数年間、ふざけた置き手紙を残し、ぬいぐるみの猿蔵とアパアパを誘拐した女子は言いたい事だけ言い、席へ戻って行く。
さすがの染子もすぐそばにいた倉持久遠を弄る事が出来なかった。食事へ戻ろうとした時、久遠は左手でCの形を作る。
「プランCをしますか?」
「屠るな」
プランA、プランBを無視し、いきなりプランCを出す場合、どのような意図が含まれているかは1部の人間しか知らない。
しばらくし、愛羅と常盤がやって来て、食事を先に終えた知努は久遠の隣へ座った。当然のように常盤が彼の膝に座る。
従弟の白木忠清より少し重さを感じる程度の体重しかない彼女と愛羅に残りの弁当箱を渡した。
3人から容赦なく痛めつけられた愛羅の顔面もガーゼが至る所に貼られている。数週間前の彼のようだった。
彼の後ろの席へ座った彼女は早速、助けて貰った事に対して文句を吐き捨てる。まだ良い印象が持てないようだ。
「誰も偽善玉無しクソ野郎に助けて欲しいなんて言ってねぇよ。余計な事しやがって」
予め台本を用意しているかのような模範的な文句に対し、知努は軽く聞き流していた。叔母も恐らく同じような台詞を何度も兄へ吐いていたと想像する。
「玉無しクソ野郎は認めるけど、あくまで従姉とかわいい幼馴染が道を外さないために止めただけだ。止めなかったらお前、大怪我を負っていたぞ」
周りの人間を軽視している節がある久遠は、真面目な話の最中に茶々を入れてきた。まるで染子のようだ。
「さすが人気者、祇園京希さんの元カレだけあって、言う事もなかなか格好いいですね。ところで祇園さんの飼い猫の名前、知ってます?」
「今、訊くなよ。カナコとヨリコだ。抱っこをせがむ癖にいざ抱っこしたら猫ジャブされる」
今月になり、まだ1度も2匹の顔を見ていないため、そろそろ京希の家へ行く事を決める。夜行性の2匹は今頃、熟睡中だ。
「今日も知努パパのお膝でお昼ご飯食べてまちゅね。おいちいでちゅか? 常盤ちゃん」
「うるさいな。祇園京希の元カレ様の娘が私だなんておこがましいだろ。アホアホ、投げ付けるぞ」
他人の大事な家族を投擲武器に使おうと目論む厚顔無恥な常盤の頬を彼は両手で軽く引っ張る。
倉持姉妹の昼食が終わり、久遠と常盤から京希の家で自由奔放に生きている猫の事ばかり彼は訊かれた。
近所に猫カフェがないせいか、余程、猫という生き物に飢えているようだ。もし、あったとしても大半の猫は初対面の人間へ懐き辛い。
彼女達の質問へ答えつつ、知努は横目で離れた席にいる染子の様子を眺める。1人の男子生徒から話し掛けられていた。
今朝、知努の不意打ちで悶絶していた男と違い、慧沙のような清潔感がある生徒だ。一方、相変わらず染子の表情は硬い。
その男が彼女と話し終えると今度はこちらへ近づいて来る。常盤以外、印象が悪い人間ばかりだった。
愛想笑いを浮かべながら何故か常盤の椅子になっている知努へ染子と同じく話し掛ける。
「俺は
放課後に急ぐような用事が入っていない彼は誘いへ乗った。軽く礼を言った後、男は足早に去っていく。
入れ替わるように染子がやって来て、今日は財布を持っていない事を申告する。憐れな幼馴染が奢らなければいけないようだ。
「2人きりのデートならともかく、今日は染子を泣かしたお詫びに特別だぞ」
倉持家の女子を見渡し、鼻で笑った染子は礼も言わず、席へ帰る。この調子で京希にも牙を向かないか、彼が心配していた。
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