第67話パンスト



 彼の部屋から持ち出した青いボーダー柄の下着を頭に何の躊躇いもなく被っている。

 


 時々、彼は鶴飛染子という人間の思考を理解し難い時があった。もしかすれば本当の彼女は宇宙人に誘拐されており、偽物と入れ替わっているのかもしれない。



 彼が話しあぐねていると忠清が3年前から誘拐されている猿蔵の居場所を訊いた。現在、この家のどこかで幽閉されている。



 「サンド・ピープルなら鳥取砂丘で捨てたのさ。あんな臭くてブサイクな安物エテ公、また買えばいいじゃない」



 憤っている忠清がワンピースのポケットから取り出した輪ゴムを伸ばし、人中へ飛ばす。見事に狙い通り、直撃する。



 手で押さえながら彼女の目から涙が零れた。仕返しにしてはやりすぎだと彼が忠清を窘める。



 ズボンのポケットに入れているハンカチを使い、彼女の涙を拭う。背後から彼らしからぬ罵倒が聴こえた。



 「口、くせぇから近づいて来んなタコ。お兄ちゃんに肥料みたいな匂いが移るだろ」



 段々と慕っている従兄の悪影響を受け始めたのか、相手が嫌がるような罵り方を身に着けている。



 彼の機嫌を取り戻すため知努は猿蔵の返却を頼んだ。舌打ちして、彼女が部屋に行った。



 1分もしないうちに横領の匣と書かれていた底が深い段ボールを運んで来る。3年間、猿蔵は祀られていた。



 「私たちが思春期という名の箱に閉じ込められているように、サンド・ピープルも閉じ込められていたわ」



 「上手い事、言ったつもりか? ところで俺のアパアパも同じように監禁してんのか?」



 現在、アパアパは名前を火雲邪神へ変えられ、掛け布団の中に閉じ込めていると彼女が説明する。



 アパアパと同じく、カンフー映画の登場人物から取られていた。聞き慣れない名前に忠清は、従兄の耳元で火雲邪神の事を訊いた。



 「カンフーハッスルに出てくる強いおじさん。さすがのアパアパもあのおじさんと戦ったら負けるよ」



 オランウータンのぬいぐるみに名付けていた名前は、目元が似ているという理由で涼鈴から選ばれる。



 幼い頃、彼が1人で暗い廊下を歩けない時はアパアパを頼りにしていた。



 昼食を染子の母親に作って貰っている間、3人は居間で待っている。染子が話題を切り出す。



 「クラスの女子が読んだ本の話をしていたわ。女性兵士の洗濯物を洗わない日本人捕虜は男尊女卑なんて言っていたよ」



 「洗濯が女の仕事という固定概念の問題なら正解だな。だけど、話の本質を理解していない」



 著者は女性兵士が日本人男性捕虜に対し侮蔑している価値観を伝えたかった。



 その話で彼が染子から頭突きされた時の事を思い出す。さすがの彼女も胸の大きさは知られたくなかったようだ。



 知努が中学生の頃に染子の体つきばかりを見ていたと明かした。しかし、彼女は全く恥ずかしがらない。



 「シャーマンと同じだから気にしないわ。スリーサイズを知りたがっていた時は都合の良い女と思われて腹が立ったわ」



 日頃から三中知努をイヌ属亜目に分類している。彼女の弟より格下の現状は複雑な感情が湧く。



 台所でミートソースの容器とスパゲティーを茹でている彼女の母親が、高校生時代の話を語った。



 「高校生の時によく忠文パイセンの家へ行ったわ。パイセンとお湯の掛け合いもしたわね」



 彼の父親も息子と同じく人間扱いを受けていない。半分女子のように育ち、温厚な性格の彼は人畜無害だった。



 既婚子持ち中年女性から混浴の誘いを受けた知努はやんわりと断る。亭主に嫉妬されたくなかった。



 気まずそうな表情で鶴飛火弦がどこか男子禁制のような居間へ入る。敢えて奇妙な格好の娘を注意しなかった。



 段ボールから出した猿蔵に洪家拳のような構えを取らせて、忠清が遊んでいる。3年ぶりの再会だった。



 「お兄ちゃんは火弦おじさんと喧嘩したけど、やっぱり大嫌い?」



 「ううん、大好きだよ。人それぞれ考え方が違うから喧嘩もしてしまうものだよ。もちろん、忠清の事は愛している」



 恥ずかしさのあまり、火弦の顔は赤くなってしまいとても知努と向かい合えない。机の端で背を向けながら座る。



 「お前はいつか良い父親になるだろうな。あのふにゃふにゃ野郎もこれくらい言える男へ育たねぇかな」



 10分が経ち、知努はミートスパゲティーを食べている火弦の行儀の悪さが目に余ってしまう。



 左肘が机の上に置かれており、ラーメンと同じく啜っていた。誰も彼の事を注意しない。



 「わぁ、ツルツル、行儀が悪いわ。そんな悪い子とはもう一緒にご飯、食べてあげないんだから」



 「椿の物真似をするのやめろよ! こいつが女装している時、あいつの事を思い出してしまうんだよな」



 付き合っていた女の話を出されている染子の母親が肘で横腹を何度も突いた。彼が愛されている証拠だ。



 小声で染子が従兄の事を諦めて欲しいと忠清は呟く。地獄耳の染子に聞こえ、舌打ちする。



 知努の中で溺愛されている従弟へ危害を加える事が染子すら出来なかった。1度した時はイチゴジャム製造機としばらく呼ばれてしまう。



 人間扱いされない対応を1ヶ月近く受けた彼女は、彼の顔すら見られない程、精神的に追い詰められた。



 「そんな事を言わない。お兄ちゃんは染子お姉ちゃんからいっぱい元気を貰っているよ。意地悪かもしれないけど、許してあげて欲しい」



 「もし、お兄ちゃんをいっぱい泣かせたら僕は絶対、許さない。首を切り落としてやる」



 忠清の真剣な表情を見た彼女は急いで食事を済ませ、知努の後ろへ回り込んだ。獰猛な片鱗が見えてしまった。



 彼の両親が亡くなった直後の知努はちょうど彼と同じ年頃だ。鶴飛千景を凌駕する異常な荒れ方に涼鈴すら制御出来なかった。



 「お、お兄ちゃんが困ってしまうからそんな事するなよ? 恋愛は泣かして泣かされの連続だ」



 火弦は色々言いたい気持ちを押し殺しながら苦笑が浮かんでいる。幼い頃の従兄とよく似ていた。



 ふと娘の方を見てしまい、とうとう先程から気になっていた被っている下着について訊いてしまう。



 「星座占いで今日の運勢が上がるアイテムはパンツって紹介されたのか? それともファッションか?」



 「タタキばかり構う知犬にパンツ・ストライキ略してパンスト中」

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