第66話誕生日プレゼント泥棒



 墓参りを済ませた2人が次に向かった場所は、ベンチしか置かれていない公園だった。そこで彼らが駄菓子の瓶ラムネを吸引している。



 当然の権利のように忠清が従兄の膝へ座っていた。瓶ラムネを食べ終えた知努は先程、忠清から訊かれた質問に答える。



 「カミ様は決まった姿がないから忠清の想像次第で変わるよ。お兄ちゃんは染子お姉ちゃんの姿にしているよ」



 不満に感じていると分かる声を彼は上げた。忠清もまたユーディットと同じく鶴飛染子が苦手な人種のようだ。



 相手かまわずからかう節がある彼女は、知努の知り合いから疎まれている。唯一、幼馴染の里美だけまともな関わりをしていた。



 弟のように知努が可愛がっている忠清の人権すら侵害している。情け容赦ない女だった。



 「アレは疫病神だよ。服の中にゴキブリのおもちゃを入れたり、おやつを掠め取ったりもするよ」



 「さすがに忠清がそこまでいじめられていたなら疫病神との付き合いを考えないとね」



 幼い頃、彼も服の中にムカデやゴキブリの玩具を入れられたり、力強くでバッタを食べさせられた苦い経験をしている。



 彼女が行う嫌がらせは1人を除き同じような事しかしない。三中知努だけ親の敵のように様々な責め苦を受けた。



 中学生の間だけ、距離を取っていたため嫌がらせは受けていない。しかし、忠清や他の人間へ被害が拡散していた。



 瓶ラムネを食べ終えた忠清が彼にもたれかかる。何を神頼みするか知努は従弟へ訊いた。



 「疫病神なめこを追い払って貰うよ。なめこよりお兄ちゃんの方が好きって言ったらいじめられるから」



 カミの姿を従姉のユーディットにすると加護があるかもしれない事を助言する。三中家の守り神のような女子だ。



 隣に置いているカバンからスマートフォンを取り出すと画面へユーディットから送られた写真が表示されている。



 鉄の器に入っている水を舐めている子犬のクーちゃんが映されていた。少し体が大きくなっている。



 『この写真を染子に見せたらジャージャー・ビンクスよりかわいいと言われたわ。ジャージャー・ビンクスはどんな犬種かしら?』



 彼がユーディットへクーちゃんを侮辱されている意図を教えた。あまりの不評ぶりに続編映画の出演場面を大幅に削られた事で有名なグンガン人だ。



 彼は初めて映画を観た後、ジャージャー・ビンクスがダース・モールに斬られて欲しいと願った。



 すぐ憤りを感じていた彼女から返事が来る。どうやら検索して画像を見てしまったようだ。



 『クーちゃんをロバの出来損ないみたいな化け物と比べられたくないわ! チー坊があの女を躾け直して』



 膝に座っている忠清は空腹を訴え、どこかで食事しようと彼が思った矢先、横から声を掛けられる。



 電動自転車に乗っていた鶴飛染子の母親だった。ベージュのカーディガンを羽織り、ジーンズパンツを穿いている。



 「僕、あのメガネおばさんも嫌い。3年前に猿蔵を誘拐して、置き手紙で身代金666万円も要求しているから」



 心細い思いをしている忠清のために知努が贈った猿のぬいぐるみは連れ去られたようだ。



 染子が母親の仕業に仕立てて、疑いの目を逸らしている。彼女の悪事は度が過ぎていた。



 「染子がタスケン・レイダーって名前つけているぬいぐるみ? 取り返してあげるからメガネのおばさんはやめて」



 猿蔵は誘拐犯に3年間も名前を変えられている。タスケン・レイダーの姿を知っている知努が呆れていた。



 「あいつの親父がネーミングセンスねぇけど、あいつも大して変わんねぇじゃん」



 2人が近くに停めてある自転車へ乗ると染子の母親から食事に誘われる。周りから親子と勘違いされたくない彼が断わった。



 「まだ尻の事で怒っているの? ホント、尻は大きいのに器と胸が小さいクソガキ」



 「うるせぇ妖怪ケツシワシワクソババア。テメェがいたら喋り方を戻せねぇだろ。中年亭主と食べろ」



 白木夏鈴と三中涼鈴に暴言を吐かれた事を報告すると脅される。彼女達は知努が逆らえない人間だ。



 悔しいと思っている気持ちを隠して渋々謝罪する。この手の手段が1番苦手だった。



 「中学生の時のあの子、いつもぬいぐるみに話し掛けていて不気味だったわ。相当病んでいたみたい」



 彼女の負の感情がぬいぐるみの中へ詰まっていないか彼は心配になる。人の形をしている存在は霊を取り込みやすいと聞く。



 知努が母親から3歳の誕生日に貰ったオランウータンのぬいぐるみも忽然と姿を消している。



 いつも片付けている棚に赤いクレヨンで書かれた心底、彼を侮辱している手紙が置かれていた。



 『CDA(子供検疫局)につかまりました』



 染子が『モンスターズ・インク』の影響を受けて、幼少期は彼女からブーと呼ばれている事を思い出す。



 映画に登場する少女ブーと同じくツインテールの髪形をよくしていたからだ。



 その呼び方が気に入ったのか妹の知羽、忠清、慧沙の妹も小学生まで同じ呼び方だった。



 散々幼少期に本名で呼ばれなかった3人が鶴飛染子を毛嫌いしている。彼女は色んな人間に忌み嫌われている生き物だ。



 幼少期の苦い経験から彼が娘の髪形をツインテールにしないと決意している。実の娘すら染子はブーと呼ぶだろう。



 「俺のアパアパもそろそろ誘拐犯から取り戻さないと。アイツ、合衆国だったら仮釈放なしの終身刑だぞ」



 スズメの囀りと自動車の排気音を聴きながら自転車をこいでいた。恐らく染子が自宅へ戻り、だらしない格好のままピアノを弾いている。



 あまり彼は従弟の忠清に思春期女子のそういった姿を見せたくなかった。多少、幻想が無ければ女性を乱雑に扱う人間へ育つ。



 鶴飛の家に到着すると染子の自転車を見つける。忠清が年甲斐もなく、小さいため息を零した。



 頻繁にいじめられている彼は従兄へおんぶをせがんだ。知努が染子を対処してくれると期待していた。



 男子小学生を背負いながら彼が玄関に入ると奇妙な帽子らしき物を被った女がいる。見覚えあるものだ。



 緑色のハーフパンツと黒いタンクトップを組み合わせた格好の染子は、幼馴染の下着を被っている。

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