第62話高慢ちきの猫



 床で昼寝していると大抵の人間は主に首や背中が痛くなるだろう。酷い場合、軽い頭痛も加わる。



 男として生まれ降りて早16年が近い彼は、生殖器の膨張で生きていると実感した。



 朝の起床時に下半身の膨らみが無くなっていれば心筋梗塞や脳卒中の前触れといわれている。



 血管障害は細い血管から発生する傾向があり、人体の1番細い血管は生殖器だ。そこで問題があれば当然、心臓や脳も正常といえない。



 昼寝から起きる際も例外なく生殖器は膨張する。夢心地と呼ぶには鮮明過ぎる快感が下半身へ走っていた。



 ゆっくりと目を覚ました彼は驚きのあまり、硬直してしまう。ユーディットが、彼の生殖器を胸で挟みながら艶かしく動いている。



 彼女の上半身と彼の下半身は露出しており、胸を汚らわしい劣情の汁で汚してしまう未来が確定している。



 後頭部と豊満な胸の谷間がたゆたう様子を見下ろせる機会などそうそうない。



 上半身裸の美しい女子にこのような行為で起こして貰う事は、大半の男が抱く理想だ。



 左右を見渡すとまだ3人は疲れているせいか寝ていた。もし、起きていれば恐らくからかわれていた。



 「大丈夫…、チー坊は凶暴でも優しいからまた私を甘やかしてくれるわ。デカ乳ドスケベ女のパイズリで気持ち良くなって」



 彼女が独り言を呟いていると運悪く、谷間へ返答とばかりに戦後、出回っていたカストリのような汁を吐き出す。



 疲労感が一気に襲い掛かり、彼の呼吸は荒くなる。そしてユーディットが服とシャツをめくり上げた。



 「ママのおっぱいにいっぱいミルク出まちたね、偉い偉い。ママもあなたの貧乳でスケベな体を味わうわ」



 彼の小ぶりな乳首と腋を舐めて時折、軽く吸い上げる。思わず知努は鼻にかかった声が出てしまう。



 起きている事を知った彼女はニンマリと笑いながら首の後ろに右手を回し、顔へ近付ける。



 「おはよう、かわいい旦那さん。最後に腋、舐めて欲しいの。これで我慢するから」



 「おはよう、べっぴんな奥さん。そろそろちーちゃんの中脳が壊れるからもう堪忍え」



 盛りがついているユーディットの暴走を止めるため彼は指示通り、慣れた動きで舐め始めた。



 夕方の4時になり、知努と常盤が徒歩で買い物へ出かけている。これは一種の逢引だ。



 1ヶ月前と比べ、春らしさは少し薄れているように見えるが、まだ春を謳歌出来る暖かな日差しが残っていた。



 「ところで今日の夕食は何を作るんだ? 鍋なら椎茸入れないと怒るでしかし」



 「今日は水炊きだ。良い出汁が取れるから椎茸も入れるぞ」


 

 夕食の献立は予め母親が決めており、鍋に入れる具材だけ調理者の彼が決められる。



 しらたきさえ入っていれば彼は満足するため入れる具材に少し悩んでしまう。



 家族だけならある程度、妥協してもいいが今日は客人に振るわなければならない。



 常盤に加え、染子、ユーディットが夕食へ参加する。ポン酢用のグレープフルーツを必要とするだろう。



 20分程でスーパーに到着し、カートへ買い物かごを載せた。何故か常盤が女児のようにカートを押したがっている。



 彼の妹も小学校低学年の頃、同じようにカートを押したいとせがんでいた。



 女子小学生にしか見えない彼女がカートを押して、彼は必要な材料を入れていく。仲睦まじい兄妹のようだった。 



 バナナが陳列している棚の前で彼女は子供連れに聞かせられない冗談を言う。



 「黒光りした知努バナナとこのバナナがチャンバラしたらどっちが勝つだろうな。よし、今から戦え」



 黒く熟しかけたのバナナを1房、手に取った彼女がわざとらしく知努の股間へ近付ける。従業員は幸い、近くにいなかった。



 強引に常盤が持っているバナナを奪い取ってから彼は軽く唇を重ねる。見る見ると彼女の頬が赤くなった。



 更に褒めて貶す事で有名な似非京ことばと山陽方面の言葉を使い、追い打ちをかけていく。



 「まぁ、とても立派なバナナはんやわぁ。ノリがやたら下ネタに絡ませたがる男子中学生なんよ」



 「道理でちゃり染子と〇イ〇ンマンがこの優男に難儀する訳だ」



 青果、精肉売り場で必要な具材を揃えていた2人は鮮魚売り場に訪れる。エビやカニを入れたいと常盤が頼んできた。



 彼も食べたいと思っていたが、海鮮アレルギーの事を考えなければならない。アナフィラキシーショックの恐ろしさはよく知っている。



 スズメバチに2回刺されるとアナフィラキシーショックが発生し、そのまま死亡してしまうからだ。



 彼は海鮮アレルギーを持っている可能性があるユーディットに電話で訊く。



 「もしもし? 今日の鍋にエビとかカニを入れようと思うけど、海鮮アレルギーはない?」



 『意地悪なめこアレルギーしかないわ。いつも参ってしまうわよ』



 中学時代まで髪の事しかあだ名に使っていなかったが、最近はとうとう一線を越えている。



 何度も注意してきたが、ユーディットに敵愾心を持っているせいか全く改善する傾向は見られなかった。



 「金色ワカメゲルまんじゅう顔はさすがにひどすぎると思う。帰ったら、染子をしばき回してでも止めるよ」



 『大丈夫よ。染子に傷つけられた分、チー坊が心配してくれるから。なめこはチー坊の魅力を引き立たせる道具よ』



 通話が終わった知努は、ちょうど買い物かごに甘エビの刺身を入れている常盤の様子が見えてしまう。



 甘エビが勝手に付いて来たという苦し紛れの言い訳をした彼女は菓子売り場へ逃げていく。



 解凍しているブラックタイガーと冷凍品の蟹の脚を手に取り、彼が急いで追いかける。



 他人の金で購入すると思っている彼女は、うす塩味のポップコーンやキャラメルを買い物かごへ入れていた。



 「この店の商品は見えない足がついているんだな。勝手にポップコーンとキャラメルが入って来た」



 持っていた商品を入れた彼は常盤の頭上へ拳骨を落とす。言い訳した彼女に対する罰だ。



 すっかり夕方から夜へ変わっている時間帯、自宅の台所で彼は夕食の準備をしていた。



 山型のジュースメイカーでグレープフルーツを絞っている彼の尻が後ろから撫でられる。かれこれ3分近く、染子は続けていた。



 ゴシック・アンド・ロリータ服と三つ編みにした後ろ髪が肩から垂らしている髪型は彼好みであり、甘んじて許している。



 飼い猫が構って欲しいがため、よく主人の作業を邪魔するように彼女の行動も意思表示だった。



 無視するのも彼女がかわいそうだと思った知努は話題を切り出す。こうして2人きりの時間が貴重だった。



 「ところで染子はママンの事はどう思っているの?」



 「ちーちゃんという顔だけ良い泣き虫ナルシストオカマを管理しているアラフォー」



 昨日に懲りず、他人の母親を侮辱していた根性がある女子だ。しかし、その生意気なところも彼は魅力だと感じている。



 先程の質問は、染子が彼女の親へ抱いている印象について訊いていた内容だ。2人きりでなければ到底、答えないだろう。



 しばらく無言が続き、染子は彼の腹部に手を回すと程よい暖かさが伝わる。そのまま背中へ額を埋めていた。



 「普段は大人の女性らしい落ち着きがあるけど、父親とエッチー坊に嫉妬ばかりしている人」



 素直さをなかなか表へ出せない思春期であっても彼女は嘘偽りない本心が出ている。余程、懐いているようだ。



 知努が見えないところで染子もまた母親へ甘えているのかもしれない。彼は思わず笑みを零してしまう。



 「そういうエッチー坊ちゃんは私の母親の事をどう思っているの? いつもからかってばかりだけど」



 「絶対、あの人に言うなよ。俺が心から愛している染子を産んでくれた良妻賢母と思っている」



 居間の扉がゆっくりと開いて彼の母親は、少し頬を膨らませながら入る。すぐさま台所にいる2人の背中を見つめた。



 染子は彼女を一瞥し、大根役者のような棒読みで嫉妬心を煽る。さぞ彼が弁解に困ってしまうだろう。



 「ちーちゃんが私のママの事を心から愛していると言ってくれて、とても嬉しいわ。3人でする?」



 妙な彼女の棒読みを訝しみつつ知努は後ろへ向く。不快そうな表情で彼の母親が鼻を鳴らしている。



 「染子、口にピーマンを詰め込まれる覚悟は出来てんだろうな? ピーマン洗って待ってやがれ」



 親子関係に亀裂が入った知努は、親指と人差し指の第2関節でほくそ笑んでいる染子の頬を引っ張った。




 

 

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