第61話高慢ちきの向こう側



 2人の食事が終わり、知努はすぐ後片付けに取り掛かっていた。流し台が洗い物だらけだと落ち着かない性格だ。



 その間、退屈そうな表情で彼女がスマートフォンの画面を見ながら時折、彼の背中と尻を眺めていた。



 立場が逆ならば数十年前の初々しい夫婦に似ていた。どうやら家事をしている背中は男女問わず魅力を感じるようだ。



 徐々にSNSで得られる陳腐な情報が退屈を満たしてくれなくなり、忍び足で彼の背後へ近づいた。ゆっくりと尻へ手を伸ばす。



 「三中の尻を触れば身長が伸びて、胸も大きくなるという言い伝えが古くからある。これで私はモデル体型になれるな」



 「全部、お前の願望じゃねぇか。俺のケツはビリケンさんの足かよ。ケツ、触んなよ」



 やけに彼女は知努へ馴れ馴れしい態度を取っていた。もしかすれば学年女子生徒達に紛れ込んでいる変態の1人かもしれない。



 食事の後片付けの後、彼は本来やる予定だった居間の掃除機かけへ戻る。執拗な手つきで彼女が尻ばかり撫でていた。



 中指が局部に這わせられるとさすがの知努も不快感を募らせる。性犯罪者同然の彼女へ嫌がらせを企んだ。



 一通り、掃除機をかけ終えて彼は暑くなってきたと言い訳しながら長袖のTシャツ、白いシャツを脱いで椅子へ掛ける。



 色白ながらも全体的に引き締まっている体を見せて、わざと本能的な危機を感じさせようとした。



 身長差が約30センチある男の半裸姿はさぞ恐ろしく見えると彼は予想している。彼女が数百年続く古流柔術家であれば組み伏せてくるだろう。



 半裸になった同級生男子を不思議そうな表情で見つめながら彼女が近づいて来る。思わず彼は後ろへ下がった。



 「同じ屋根の下で男女が2人きり、やっぱり三中も男だから欲情してしまったか。私の予想通りだ」



 「お前みたいな女子小学生体型の性悪変態女に欲情するかよ。お前、さっさと帰ってくれ。迷惑って分からないのかよ」



 胸に伸ばしてくる手を叩き落とすと彼女は鋭い眼光を向ける。明確な殺意が宿っていた。



 台所の方へ駆け寄り、洗った皿や調理器具を乾かしている水切りカゴから包丁を抜き取る。



 「私は朴念仁の欲情や友人の対象にすらなれない憐れな女なんだな。三中なら信じて良いと思った私が馬鹿だった!」



 刃先を喉元へ向けて握っている右手が震えながらも徐々に近づいていく。彼は握った拳で机を力強く叩いた。



 「ざけんじゃねぇぞ! この野郎! そんなに死にたきゃお前の家で死ねよ!」



 「黙れ! 黙れ! 私には倉持常盤くらもちときわという名前がある!」



 倉持という苗字を聞いた途端、この女は色仕掛けで彼の弱みを握ろうとしている意図が見えてしまう。



 朝食を一緒に食べた事は計画の一部だった。やはり、友人でない他人が信用出来ないと理解する。



 彼の中から怒りが消える代わりに軽蔑している目線を向けた。倉持常盤は刃先の向きを変える。



 「は? 倉持の野郎が家の敷居を平気な顔で跨いでんじゃねぇぞ。今すぐ失せろ」



 椅子に掛けていたシャツと長袖のTシャツを着てからゆっくり近づく。恐怖のあまり、彼女が包丁を振り回す。



 「包丁を片付けて、帰るならそれでいい。せっかく倉持は綺麗な服装しているから俺だって怖い思い、させたくないんだ」



 命の危険を感じている現状で一瞬だけ彼は説得する。心から信用している人間以外、踏み入られたくない領域に彼女は近づいていた。



 もし、踏み入れてしまえば鶴飛千景のように彼の怒りが襲い掛かる。基本、このような状況は想定されていない。



 彼の人間らしい優しさを無視して倉持常盤は引かなかった。いよいよ抑えていた知努の怒りが解放される。



 「今更、良い人間ぶるな! 塗り固めた嘘を吐いて私が聞くとでも思ったか!? 朴念仁の自己陶酔なんて気持ち悪いぞ」



 彼女が包丁を下げた瞬間、腹へ前蹴りし首の後ろが流し台の縁に直撃した。包丁を溝に落とし呼吸が出来なくなる。



 片手で首を掴み流し台へ押し付けてから蛇口の栓を捻った。悶えながらも水が鼻や口の中に注ぎ込まれる。



 何度も咳き込みながら必死に手足をばたつかせて抵抗するが無駄だった。彼は不気味に笑っている。



 意識が消えてしまいそうな寸前で彼に蛇口を閉められた。手が離れると脱力している彼女の体は床へ崩れる。



 口から注がれた水を吐き出す彼女が蹲り、すすり泣いていた。無表情へ戻った知努は黙々と包丁を片付けている。



 「もう2度と近づいたりしません。だから、許して下さい。私を壊さないで」



 高圧的な態度を取っていた彼女の精神が殺されかけた事により、壊れてしまう。逆らえば今度こそ息の根を止められる。



 10分が経過し起き上がった彼女は持って来たカバンから瓶を出した。1本1万円以上する媚薬だ。



 最後の抵抗として彼女は蓋を開け、飲み干す。体中が火照り始めて徐々に蕩けていく。しかし、人肌に飢えていた。



 「知努が喜ぶような服装を選んだ。知努に興奮して貰える薔薇の匂いも付けているぞ。私を抱け」



 常盤の痴態を無視して彼がカーペットの上に仰向けで横たわる。遠慮なく彼女はのしかかって来た。



 彼女の全身は媚薬の影響を受けて汗ばんでいる。そのせいで薔薇の匂いと汗の匂いが混じり合っていた。



 彼の妹である知羽より未発達な体つきだが、十分、男を悦ばせる武器だ。常盤の頬に指先を這わせる。



 怒りが十分発散されている彼は、昨日のような魂が抜けている状態へ陥っていなかった。



 「訳が分からない女だな。俺の弱みを掴んで強請でもするつもりか? それとも家族の復讐か?」



 「私の王子にするだけだ。食事の誘い方が甘すぎて、思い出すだけで娶って欲しくなる」



 常盤らしからぬ乙女のような発言を聞いた彼は思わず微笑んでしまう。王子という存在に憧れない印象が強い。



 「俺は王子じゃないよ。色んな人間に酷い事をしてしまう最低な悪魔、常盤も殺しかけた、ね」



 彼に腰を抱かれながら囁かれ、彼女の腰は左右へ振っている。そのままうつ伏せで横たわった。



 「苦痛と優しさで私を手懐ける知努は確かに最低な悪魔だな。もっと悦ばせてくれ」



 体勢の上下を変えてから彼は耳に口付けしていくと彼女の足が腰へ巻き付けられる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る