第60話高慢ちきの逆襲
1時間が経ち、就寝の準備を済ませた3人は染子の部屋に敷いている布団へ横たわっていた。1つの布団に3人が入っており、手狭だ。
まだ常夜灯の暖かな光が点いているため彼は就寝出来なかった。昔から消灯しなければ基本眠れない体質だ。
「三中くん、せいぜい月の光を浴びると良いよ」
彼の左腕を枕にしている染子が常夜灯を月に見立てている。微笑みながら彼の方を向く彼女の顔は美しい。
思春期になり、彼女が周りの人間へ見せていた寡黙で気品ある振る舞いは孤独を隠すための態度だった。
いつから好意を寄せているか分からない彼に愛されている事である程度、孤独が取り除かれ、彼女の心は少しずつ開いている。
「まあ、とっても綺麗な赤い月光ね。まるで不思議な魔力があるみたい」
「おとぎ話じゃあるまいし、月はただ、太陽の光を反射しているだけさ」
良かれと思い、14歳の三つ編み女学生の真似をした知努が彼女から恥をかかされた。そのような知識は当然、知っている。
染子の部屋は数年ぶりの皆既月食に見舞われており、赤銅色の光が降り注いでいた。地球の終焉を表しているようだ。
右胸を枕にして絹穂が寝ている。修学旅行の宿泊施設ですぐ寝入る人種だった。胸から落ちないように彼の腕は彼女の首へ巻き付けている。
今日の水炊きは半分以上、彼女が食べてしまった。日頃から大食いのようだ。食べた栄養が成長に使われているため太っていない。
「言いそびれていたけど、首を絞めてごめんなさい。またあの時みたいに傷付けてしまった」
「いいの。私はお前に無理やり屈服させられているスケベな雌だからいつか善がりながら身籠ってあげるわ。でも、私が男の時はたっくさん
彼女の細い指で下腹部を弄られながら耳元へ囁かれた。何故か同じ行為にも拘わらず、知努の印象が貶められている。
更に彼の母親まで染子の妄想へ巻き込まれており、彼は幼馴染に立腹していた。少し厳しくしなければならない。
首を絞めた事で脳に酸素が回らず、おかしくなったのかもしれないと一瞬、彼は考えた。しかし、その前から全く変わっていない。
「俺の母さんを馬鹿にしやがって許さない。絶対、お前が俺の事をご主人様と呼ぶまで拉致してピーマンしか食べさせない」
彼女が嫌いなピーマンを脅迫材料に出せば数秒で彼の愛玩動物へ成り果ててしまった。
次の日の朝、鶴飛の家から帰っていた彼は両親と妹がいない自宅で留守番している。ゴールデンウィーク前半に予定が入っていない。
昨日、計画を立てた旅行は平日を挟んでから迎える後半に行く。旅行の準備が十分出来る日程だ。
彼は居間で掃除機をかけているとインターフォンが鳴る。怪訝そうな顔になりながらも玄関へ行く。
「半年分の受信料の集金に参りました」
扉の錠だけ外して開けると身長150センチも満たない女子が放送局から委託されている集金業者を装っていた。
前立てに波打つ生地が左右へ2重ずつ縫い込まれている白いチュニックと春らしい柔らかさを表している赤いフレアスカートは特徴的だ。
大きな白いリボンが目立つカチューシャも着けている女子は彼と同じ教室に所属している。
「ごきげんよう、うちは口座引き落としなので訪問する住所を間違えていましてよ。それではごきげんよう」
家へ入れた後が怖いため知努は急いで扉を閉めようとする。しかし、彼女がすかさず右足を隙間へ入れた。
扉を閉めさせない技術だけ集金業者らしい。それどころか女子が更に姑息な手段へ出る。
「お兄ちゃん! 知羽の処女膜、返してよ! 股から血がいっぱい出て痛いよ!」
「うちのキモウトとそんな事してねぇよ、タコ」
近所中に聞こえる大声で妹の演技を始めた。この女子が放置子の可能性もあり、彼は家へ入れたくない。
スカートから出ている足は黒のニーソックスとレースアップショートブーツを履いている。彼が扉のチェーンを外す。
親から児童相談所に育児放棄と見做されない程度の金を渡されている放置子かもしれない。
革製のカバン、大人の女性らしさが醸し出されている衣類、靴を買える放置子は不景気の中、珍しい。
空腹なのか彼女の腹は鳴っていた。恐らく誰かと一緒に朝ご飯を食べたいからここへ来ている。
「今は家に1人だから俺がご飯、作ってあげる。おいで」
手を差し伸べるとやや呆れた表情で彼女が握り返す。何かいかがわしい事を考えていると勘違いされていた。
「私はシスの暗黒卿ダース・モールだからお前のようなパダワンなんて瞬殺だ」
「ダース・モール? ザ・スモールの間違いじゃない? ブラ=サガリで倒してやる」
ブーツの先で彼の脛を蹴り、居間へ運んで欲しいと彼女は頼んだ。渋々、知努が靴を脱がしてから抱き上げ、居間に運ぶ。
所謂お姫様抱っこと呼ばれている方法で運んだ事で彼女は少し驚きながらも優しく微笑んだ。
朝食の献立内容を椅子へ座らせた彼女に聞くと要望がなかった。おおよそこの答えは想定している。
料理を振舞う以上、相手に喜ばれなければいけないと考えている知努は献立を決めていた。
しばらくして、机に炒めたベーコンとジャガイモの料理、スライスしたバナナが載ったフレンチトーストを2人分、運んだ。
「冷食が出てくると思ったら、手の込んだ料理だな。あ、ありがとう」
長い間、温かい食事にありつけていなかったのか彼女は感謝の言葉を伝える。2人は合掌し、食べ始めた。
彼のフレンチトーストに載っているバナナを対面の彼女が見つめている。苦笑しながら彼女の分に移した。
「二田部みたいにヘラヘラするな。全く、どうしてこんな間抜け共が女子からチヤホヤされているんだ」
「慧沙はチヤホヤされているけど、俺も巻き込まないでくれ。クラスで孤立しているから」
教室で特定の人物としか関わっていない知努の情報は漏洩していると彼女が教える。人の口に戸は立てられぬ。
裏切者である染子が結成したフットペダルの3人は彼を勝手に神格化している女子生徒達だ。彼の背筋へ寒気が走る。
「そういえば三中が使った後のシャツのオークションもひっそり行われていたな。くさそう」
洗濯機から彼の衣類を盗み出せる人間は1人しかいない。昨夜、絞め殺すべきだったと彼が後悔する。
2日後、廊下と校舎で見かける女子生徒達の中に変態が紛れ込んでいると思いながら登校しなければならない。
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