第42話家族団らんとハツラツ後輩



 夕食にピーマンを食べさせられた腹いせに彼女が変えた彼の髪形はまだ戻せていない。それどころか首へチョーカーまで付けさせられている。



 髪形を考慮し、今は黒い変形されたセーラー服と脛まで丈があるスカートを組み合わせた服装だ。とても通学に使えない。



 服の背中には三日月と漢字の中が3を串刺している奇妙な刺繍が施されていた。一部の人間しか意味を理解されない。



 鶴飛家で取り決められている犬の散歩当番に当人の承諾なく、三中知努も加えられていた。無論、染子へ抗議したが良心に付け込まれてしまう。



 月経を理由へ出されてしまえばそれ以上、彼は何も言えなくなる。ユーディットの次によく甘やかしてしまう事は彼自身、自覚していた。



 シャーマンの首輪と繋いでいるリードを持ち、散歩していた彼は隣で自転車を押している自称後輩に揶揄されている。


 「不良みたいな服装しても優しそうな印象が滲み出てますね。てか、似合いすぎてません? 女性ホルモンのドーピングでもしているのです?」



 「ドーピングしてこの胸のまな板具合は悲しすぎるだろ。生まれつきこういう体型と顔だ」



 女性らしい豊かなに膨らんだ胸が欲しいと思った事は1度たりともなかった。あくまで胸は関節と同じ部品の1つに過ぎない。



 染子が持っているSNSのアカウントの紹介文でないが、少し貧乳という意識を持っているせいか貧乳蔑視はしていなかった。



 いつもより長い散歩を終えた2人は鶴飛の敷地内へ戻り、シャーマンを小屋へ戻す。歩き疲れたのかすぐ伏せてしまう。



 倉庫の近くに設けられている屋根が付いた駐輪場へ自転車を停めた夏織は軽く挨拶し玄関に入った。



 道具の片づけを済ませた彼も家の中へ入ると居間の方から自称後輩の驚いている声が響く。



 染子へ渡した和三盆の千菓子を彼女がわざと砕いて、夏織に覚醒剤と見間違われているのかもしれない。



 居間へ向かうと皿に載せられている千菓子は砕かれておらず、驚愕する理由など見当たらなかった。



 「こ、こ、これ、麻薬じゃないです? 合成麻薬の何でしたっけ」



 「MDMA、メチレンジオキシメタンフェタミンじゃないぞバカタレ。俺が幼馴染をクスリ漬けにするようなクソ野郎と思うか?」



 外弁慶の鶴飛染子が夏織へ向かず、精巧に作られた人形のような無表情で千菓子を食べている。



 一昨日から付けている黒いリボンは今日も付けており、未だ返却させるめどはついていない。




 『貧乳だけど、お尻は鉄球並に大きい。だからいつも〇んこする度に便座を鉄球作戦してしまう』



 『あっお前さ、THN知羽さ、さっきトイレ行った時にさ、なかなか出て来なかったよな?』



 彼が信号待ちの際、SNSで見てしまった投稿をしている人間と同一にとても見えなかった。



 プロフィール画像に使っている人物画を製作者へ見つかって尚、まだ16歳の貧乳女子を偽っている。



 すぐ、幼い頃の知羽を描いている人物画を勝手に無断使用している妹らしきアカウントが話しかけていた。



 『クSMK染子 ってはっきり分かんだね。ネットリテラシー守らない悪い子はおしおきだど~』



 とても妹と思いたくない程のインターネットミームに染まっている内容だ。知努は会話の内容を記憶から消したかった。




 台所へ向かおうとして染子の後ろを横切ると片手でスカートの裾を掴まれる。日に日に幼児退行している節が顕著となっていた。



 夏織は彼女の顔付近で手を振るも全く反応が返ってこない。知努と同じく、人見知りするせいか極力関わらないような態度を取っている。



 「鶴飛先輩に無視されちゃいました。もしかして大人びた見た目してますけど、中身は幼かったり?」



 「グリーンピースを親子丼に載せるって言ったら幼児退行した。今の精神年齢、3歳だろうな」



 しゃがんで軽く彼女の頭を撫でていると弟の庄次郎らしき足音が外から聞こえた。さすがの彼女もすぐ裾から手を離す。


 急いで知努は台所へ向かい、夕食作りに取り掛かる。居間の前を通りかかった庄次郎へ洗濯物を取り込んで欲しいと頼む。



 しばらくし、少し開かれた扉から投げ込まれた白い下着一式は染子の頭上に載る。その後、彼は姉に太ももへ膝蹴りされ、廊下で悶えた。



 今日の夕食である親子丼と肉じゃがを皿へ盛りつけ、机へ運んだ頃には2人の両親が仕事から帰って来ている。



 「君は夏織ちゃんって言うんだな。俺は鶴飛火弦つるとばしひづる、そこの日本人形と意気地なし小僧の父親だ」



 机の端で1人分座れる空間を空けて座っている子供達を指さして鶴飛火弦が紹介した。若い女の子と話しているせいかだらしなく笑っている。



 箸の設置を終えて染子の隣に座った夏織の元へ近づこうとする彼は妻から腕を引っ張られた。



 声で笑顔だと分かるがとても恐ろしくて振り向けそうにない。内心、怒っている事はよく分かっていた。



 「パパ? まさか妻が四十超えたからって若い女の子に目移りしたって訳じゃないよね? したら、そこの若い兄ちゃんと寝る」



 「ちょっと熟れすぎているのは食当たりしそうなので遠慮しておきます。若いチャンネーが1番」



 知努がうっかり漏らしてしまった本音を聞きつけた彼女が後ろから忍び寄り、尻を揉んだ。



 「寝室でたくさん可愛がられてからドブ川へ浮かぶか、謝るか選ばせてあげる」



 幼少期に受けた恐怖を思い出し、上手く体が動かせない彼は穏便な選択をとった。まだ哀れなオスカマキリへなりたくない。



 若い女子の隣へ行こうとしている中年と幼馴染の母親をからかった青年は、肩身の狭い思いをしながら座る。



 三中知努の親子丼から鶏肉が消失していた。その代わり、隣の親子丼は異様に鶏肉が盛り上げられていた。



 他人様の物を強奪して豊満な女性へ成長した事がよく分かる。彼は合掌し黙って食事した。



 昨日のユーディットの母親同様、鶴飛火鶴は実の息子でなく、客人の知努に瓶ビールの酌を頼んだ。



 「それにしてもお前、結構、服を持ってんのな。女子高校生と偽ってエンコーでもしてんのか?」



 「親父の服を勝手に着ている時もあるけど、スポンサーも付いているから。これはスポンサーに贈られた」



 三中知努に不定期で贈られてくる衣類は製造のスポンサーと資金面のスポンサーが関わっている。



 花見に着た衣装はどういう意図があるのか量産化されていた。コアントローとレモンジュースなる2人組の手に渡っている。



 2人のスポンサーの正体を知っている人間は知努の家族、ポー、夏鈴だけだった



 隠されている意図を1度、本人達へ聞かないといけないがなかなか切り出せない。



 食事を済ませた知努は食器を台所の流し台へ持って行き、後片付けに勤しむ。その姿を懐かしそうに鶴飛夫妻が見守る。



 「アレからもう24年か。大人になりたくねぇなとか言っていた俺達がすっかり老けてしまったな」



 「楽しい事も辛い事もたくさんあったけど、私は貴方に出会えて良かったと思っているわ」



 食事会はお開きとなり、知努が自称後輩を門まで送った。夜空に小さく輝く無数の星々が浮かんでいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る