第41話アトミックエゴイスト
昼休みと呼ばれている数十分程、設けられている昼休憩はある男にとって屈辱的な時間だった。男の大事な髪が2つのヘアゴムで結ばれている。
ツインテールは男がもっとも忌み嫌う髪型だ。幼稚な印象を持たれる事は15歳の青年の体裁を傷つける。
しかし、それ以上に幼少期の嫌な思い出が蘇ってしまう。ツインテールのかつらを被る事自体はまだ許容範囲だ。
幼い頃、髪型をツインテールにしていた彼は、縁日で女児性愛者達から尻を何度も触られる。
気に入っていた白い朝顔模様の浴衣とその髪型に大人の情欲が染み付いていた。
それ以降、女児性愛者を喜ばせるような髪型にしていない。尤も彼らは幼くてかわいければどのような髪形の女児でも興奮する。
昨日の夕食が嫌いなピーマンを入れてある酢豚だった事で彼女は孤立無援の戦いへ挑んだ。ピーマン処理係がいれば苦しまなかった。
その腹いせに友達以上恋人未満兼幼馴染の三中知努はツインテールへ髪形を変えさせられた挙句、額に獣の数字を油性マジックで描かれている。
まだ昼食をとっていない彼は精神的苦痛のあまり、放心状態となっていた。その様子を眼前の彼女はスマートフォンで撮影していた。
「ねぇ、ジュピターには何時につくの? 木星には何時につくんだよ、木星には何時につくんだ」
「お前が金髪ワカメゲルまんじゅう顔の家さえ行ってなかったら私は苦い思いをしなくて済んだのよ」
スマートフォンをスカートのポケットへ入れ、彼女は知努の下げ髪を両手で掴み乱暴に揺らす。ただ虚しく、頭が左右に揺れる。
彼女は意外と知名度を有しているのか、教室の男女に注目されていた。深窓の令嬢とでも思われていそうだ。
そんな彼女と得体の知れない男の元へ1人の女子生徒が近づく。染子と同じような長い黒髪に、背丈は相当低い。
胸の大きさも彼女の体に相応な控えめな膨らみだった。少し発育が良い女子小学生にしか見えない。
目尻が吊り上がった瞳で彼の机の上へ置かれている弁当箱を見つめていた。彼は悪寒が走る。
「私は今、とても空腹だ。ちょうどいいところにまだ手が付けられていない弁当があるじゃないか。きっと持ち主は食欲ないのだろうな」
憫笑している彼女に対し、知努は後輩が流行らせようとしている間抜けな挨拶で誤魔化す。そして、脳天に手刀が直撃した。
「空腹でイライラしている。次、そのふざけた挨拶をしたらお前のアカウントに〇カトロ画像を送り付けるぞ。特定しているからな」
SNSの類いは非公開にしているため、全く恐れる必要がない脅迫だった。わざとらしく煽ってから額へ中指を弾く。
小学校高学年程度の身長しかない女は席へ戻り、SNSで一種の視覚攻撃を企てる。突然、染子のスマートフォンの通知が鳴った。
「おい、首長アホウドリ、ちょっとお前のアカウントを見せろ。見せないと献立がチンジャオロースになるぞ?」
2日連続、夕食がピーマン尽くしになる危機を回避したいのかすぐ染子がSNSのアカウントを見せる。
プロフィール画像は見覚えのある人物画を設定しており、自己紹介文が非常にふざけていた。
『16歳、ひんにゅー女子です』
染子が見た夢の話を基に描いた未来の三中知努の人物画だ。見知らぬ女子が勘違いしても仕方なかった。
必要最低限の女装しかしていないため、下着をつけていなければ胸へ詰め物も入れていない。
実際の染子の胸は異性、同性が注目する程、豊かな大きさを制服の上から主張している。しかし、その反面、短所もあった。
「あったまきた。夏の間、乳の下が汗疹になる呪いをかけたからな。せいぜい汗疹で苦しめ、前髪パッツンボインの染子ちゃん」
胸が大きいと汗疹が出来やすかったり、下着の模様も限られている悩みはよく聞く話だった。
勝手に結ばれた2つのお下げを取っ手代わりに掴んだ染子は屈んで手前へ引き寄せて口づけする。
野次馬の女子生徒はわざとらしく黄色い悲鳴を上げ、両手で顔も隠すも指の隙間から観察していた。
苦手なツインテールの髪形で粘膜の接触をされると体が自由に扱えず、彼はされるがままだ。
大した手ごたえを感じられない低身長の女は2人の元に戻ってくる。独自の世界へ入り浸っている男女の頭を手刀で叩く。
「私の大事な昼食の上でイチャイチャするな。本当に頭のネジがぶっ飛んでいるな、クスリでもやっているのか?」
一旦、口を離した2人は低身長の女子が弁当箱を強奪した後、染子は彼の膝へ座り、また口づけする。必死に彼は頭を左右へ振った。
心地良さと恥辱を受け続けていると彼はまた昨日のような行動に走ってしまいそうだ。そうなれば収拾がつかない。
5分が経過し、ようやく彼女に口の自由を返して貰う。人目がなければ嫁げない体へ変えていた。
「染子、じゃなくて知努は私の事、伴侶にしたいって思う? 意地悪で愛想悪くて気持ち悪い女だけど」
一瞬、自分の名前を呼んでしまう程に彼女は緊張している。
友人の慧沙に助けを求めるべく辺りを見渡すも見つけられない。ここで答えを出してしまえば、しばらく彼女の顔が見られなくなる。
頬が赤くなっている彼女の瞳は答えを期待していた。困らせるためでなく、本心を聞きたがっている。
その後ろで他人の弁当を食べている高慢ちき女子生徒は早くエンディングに入ってくれと囃し立てた。
離れた場所で見物している野次馬達も青春ドラマの終盤のような雰囲気に固唾を呑んでいる。
彼は微笑みながら妖艶に舌なめずりし染子の左膝裏へ手を差し込み、もう片方の手を後頭部に添え押し倒す。
スカートの中身は知努の体で見えないようになっているが彼女はだらしなく腰を反らしている体勢だった。
膝裏から押し上げている彼の手に従い左足を上げる。背徳感のあまり、熱い吐息を吐いている彼女に答えた。
「鶴飛染子を伴侶にしたい。美しさもあったかくて柔らかい肉体も孤独も食らい尽くす。せいぜい食い殺されないように気を付けて」
今度は彼の方から口づけし舌を絡めていく。これが染子に期待へ応えるため出した本心だった。
食事を終えた高慢ちき女子生徒は弁当箱を熱く口づけし合っている2人の隣へ置いてから席に戻る。
平日の昼食時に放送されるドラマのような男女の交わりは5分後、彼女の方から口を離した事で終わった。
無理やり彼が唇を塞ぐ事なく、彼女の体を起こさせて膝へ座らせる。赤面しながら彼女はもたれかかっていた。
「お前の中で本当に大事な人間だと思われている事がよく分かった。もう少しだけ、こうさせて欲しいわ」
ふと横から気配がして振り向くと友人の慧沙が苦笑しながら立っている。どうやら一連の流れを見ていたようだ。
咄嗟に知努は彼女の髪へ顔を埋める。まだ友人に見せつけられる程、根性がなかった。
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