第38話真剣な想い



 放課後、白木夏鈴が勤めている洋菓子専門店はまだ昼時という事もあり、中年の女性らしく客の姿が訪れている。



 この店の主人である濃い顔立ちの男性と夏鈴がカウンターから隣の喫茶スペースの方を向き苦笑していた。



 茶髪の男と染子が向かい合わせで座っており、勝手に彼女から椅子扱いされている知努の膝はクッションにされている。



 首元へ染子が用意したと思われる革製のチョーカーを付けられていた。結婚指輪のように彼女の所有物へなっている証のようだ。



 不意に染子は初体験の相手は誰かと彼へ訊く。明白な答えを敢えて言わせる事で精神的に痛め付けている。



 答える事を躊躇っていると制服の上から痣が出来ている腹部を肘で突いてきた。鶴飛の家に行き躾の一環として何度も殴られる。



 痛めつけて苦しみながら口から涎を垂らす彼の顔が煽情的で好きなようだ。上下関係はしっかりと確立されている。



 「ま、マスカードSというトンチキ女。春先になったら変な奴も出てくるから大変だな」



 今度は彼が付けているチョーカーを掴んでから軽く引っ張り、喉へ持っているプラスチック製のフォークを近づけた。



 「ち、違います。鶴飛染子さん、です」



 「はい、よく言えました」



 フォークと掴んでいた手を離して彼の財布で買ったチョコレートケーキを食べる。是が非でも茶髪の男に買わせなかった。



 他にも他人の金でショートケーキやモンブランを買っている。食べ終わった後、知努に向きモンブランを食べさせていた。



 嬉しそうな彼の顔を見て乱暴して楽しんでいる事に対して、彼女は罪悪感を抱く。その時、改めて愛している実感が得られる。



 甲斐性を見せる機会を奪われ、邪魔者までデートに参加させられている茶髪の男は蚊帳の外に追いやられていた。



 「俺だって真剣な気持ちでお前が好きなんだから少しくらい応えてくれてもいいだろ?」



 懐事情が苦しい男はショートケーキしか買えず、名残惜しそうに食べながら文句を零している。



 端から純粋にデートを楽しむ気など彼女は持っておらず、ただ嫌がらせする事しか考えていない。



 「意味分からない。もし頬の肉が膨れ上がっている糸目のデブ女に付き纏われたらどう思う? それと同じよ」



 「ふざけるなよ! 俺がお前にとってその程度のクソとでも言いたいのかよ。なら椅子にしているオカマは何だよ」



 茶髪の男が染子へ掴みかかろうとするも彼女は仏頂面のまま強く抱き締められながら庇われる。



 2人の固い信用関係を知っているのか夏鈴と店主の男性は止めに入らなかった。すぐ彼女が何事もなかったかのようにショートケーキを食べる。



 彼の両手が腹部に回されながら背中と胸が密着しており、心地よさのあまり脊椎が融け落ちそうな感覚へ陥っていた。



 徐々にドーパミンの分泌のせいか頬が紅潮していく。鉄面皮の彼女も幸福を享受している。



 「いじめて苦しめたいけど、守ってあげたいとも思える人間。2度とあんなクソ親父のために苦しんで欲しくない」



 ケーキを食べ終えた彼女は力強く震えながら彼の左手を握った。その様子にしばらく彼が硬直してしまう。



 染子の本音を聞かされた茶髪の男は勢い良く席を立ってから逃げるように店から出る。最早、返せる言葉などなかった。



 唐突に知努が舌なめずりという彼らしくない妖艶な仕草を取ってから彼女の耳に髪をかけさせ甘噛みする。



 彼女の黄色い悲鳴が響き渡り、黙らせるように彼の指は口の中へ侵入していき舌を撫でていく。



 耳穴と舌を弄ばれた彼女は火照りのあまり、首筋に汗が滴り落ちながら彼へ体を委ねている。



 普段、積極性が乏しい彼は悲しそうにしていたり、苦しそうにしている時だけ庇護欲を掻き立てられるのか大胆となっていた。



 彼に口から指を抜かれそうになると咥え込み舌で舐め回す。理性が崩れている2人は似た者同士だった。



 発情しているのかすっかり彼は媚びた目付きになっている。耳穴を舐めていた口を少し離してそのまま吐息がかかった声で囁く。



 「幼馴染のリボン付けて格好付けててかわいい。染子がどんな人間だったとしてもずっとそばにいる」



 彼の指を離してから振り向き口づけをせがみ何度も互いの感覚が1つにさせるような勢いで口づけする。



 ケーキの味が残っている口内を舐め合い人目がある事すらすっかりと忘れていた。彼は裾から片手を忍び込ませる。



 服の中は熱気に包まれており、まるで暖房機のようだった。盛り上がった肩甲骨へ指を這わせ強く抱き寄せる。



 彼女が溜めている唾液を吸い上げ、味わいながら嚥下して唇を離す。染子の目が蕩けて1人の乙女となっていた。



 「キショイキショイ、お前は私の気を狂わせる麻薬のような悪い奴ね。父親が私から遠ざけたくなるのも無理ないわ」



 座っていた彼の膝から立ち上がり、スクールバックを置いたまま店を出る。強制的に知努は荷物係へ任命された。



 両肩にスクールバックの紐をかけてから扉の方へ向かおうとして苦笑している夏鈴が呼び止める。



 「チー坊の奥手なところとかむっつりスケベなところとか彼そっくりだよ。その癖、急に大胆なんだから」



 ポーこと夏鈴の旦那の誕生日、閉店準備をしている最中にいきなり現れ、入籍して欲しいと言われた事を語った。



 婚約指輪も渡されて左手の薬指へ嵌め込んだ彼女へ2人のダイヤモンドはどんなカラットの輝きでも表せないと彼に言われたそうだ。



 「今は犬みたいなチョーカー付けているチー坊は一体、ボクたちと同じ年頃の時にどんな大人へ成長しているか楽しみだな」



 「それはまだ分からないけど、少なくとも染子の事だから定期的に女装させられる事だけ確定している」



 まだ交際すらしていない2人だが、婚約の事を考えなければいけない時期は順当にいけばすぐやって来る。



 今、彼が付けているチョーカーが婚約指輪に変わる事は彼女も望むだろう。しかし彼女自身、付けてくれるかどうかは怪しいところだ。



 知努1人だけが浮かれて左手の薬指に婚約指輪を嵌めて生活する未来が安易に想像出来る。



 明日もまた染子と他愛ない日常を一緒に送れる事を願いながら彼は軽く挨拶し染子の後を追う。



 走って帰宅したのかどれだけ追い付こうとしても結局、彼女の家まで背中を見る事はなかった。


 

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