第37話三中の椅子



 染子が所属している教室へ懲りず、彼女に好意を抱いている男子生徒はやって来る。恒例となっているのか教室の生徒たちが注目していた。



 「鶴飛、いや、染子。俺はお前の事を考えていると夜も眠れないんだ。それにしても今日の髪形とリボン、かわいいな」



 茶髪の男から告白を受けている鶴飛染子は幼馴染から無断で借りている黒いシフォン素材のリボン付きヘアゴムを自分の所有物のように扱っている。



 昼食に食べている弁当は幼馴染が作ったものであり、それどころか幼馴染の膝の上へ座っていた。



 「ありがとう、私もそう思っているわ。好評みたいだからもう少し借りていいかしら? 知努」



 彼女は振り向くと目を逸らしながら赤面している知努が頷く。彼女の色づいた髪形を見せられている状態で断れなかった。



 その様子を見世物のように眺めながらユーディット、文月、慧沙が食事している。染子とユーディットの弁当は知努に作らせたものだ。



 シュウマイの上に載っているグリーンピースを箸で摘まみ彼の口へ運ぶ。苦手な具材を食べてくれる便利な椅子だ。



 彼女の昼食が終わってもなお、茶髪の男は根気強く、ゴールデンウィークにデートしたいと誘ってくる。



 男のくどさに飽きてきた染子は鶴飛染子の好きな箇所を答えて納得させられたら行くと伝えた。



 「それは、巨乳美人で、みんなから好かれているところだな。あと結構マゾとか笑顔が素敵なところとか」



 終始、全く心へ響いていないと分かる仏頂面で彼女が聞いている。茶髪の男の気力を一気に削いでいた。



 性格が悪い染子はもう少し内面的な部分を責めなければ及第点が到底渡せないと煽る。



 「まあ、お前が椅子にしているクソオカマ野郎の家族と思っていますよりマシだと思うぞ? マジキモイよな」



 彼女の堪忍袋が切れたのか机の脚を強く蹴った後、教室中に拳で机へ叩きつける音を響かせた。



 小指球が赤くなっている彼女の右手を知努は優しく包み込むように握りながら慰める。



 彼は椅子の役割をしているせいでまだ食事しておらず、間抜けな腹の音が周りに響き渡った。



 「しゃらくさい。そんなにデートがしたいなら今日の放課後、ケーキ屋でするわ。ただし椅子も付いて来るけど」



 当初の予定と違うが染子からデートの誘いを受けた茶髪の男は喜びながら帰って行く。



 ようやく昼食を取っていいと許可を貰った知努が机の上に置いてある弁当箱の蓋を開いた。



 1段構造の中へカレーライスが入っている。染子曰く昨夜、手作りした残り物のようだ。



 彼女の手料理を食べさせて貰えると訊いており、先程から知努は大人しかった。ユーディットに頼みスプーンを貸して貰う。



 太る事を過剰に嫌っているユーディットの昼食は基本シリアルが多いため食器もスプーン寄りとなっている。



 彼女の昼食は染子のものと同じ冷凍食品と牛乳をかけるシリアルだった。当然のように渡されたスプーンが使用済みのものだ。



 邪まな考えをしているのかユーディットは赤面しつつ落ち着きなく両足を震わせている。



 幼馴染に手料理を振舞う事しか考えていなかった染子がスプーンの存在をすっかり忘れていた。



 さすがの染子も多少罪悪感があるのか彼に手で食べさせる事を指示しない。小さく謝罪する。



 浮かれているせいか食器を忘れられた事に関して彼は怒りもからかいもしなかった。嬉しそうな顔で食べている。



 食事と歯磨きを済ませて椅子に戻っている知努の膝は文月が占領していた。染子へ対しての嫌がらせだ。



 おまけにブランケットの代用品として彼が着ていた制服を前から肩へかけている。その後ろの席で染子は睨み付けていた。



 普段、なかなか見られないような光景を目の当たりにしている慧沙は思わず苦笑する。



 「結構、白木さんと知努ちゃんって仲、良いんだね。てっきり犬猿の仲と思っていたよ」



 「ドが付くブラコンとシスコンの子供だから仕方ないわ。早く私の椅子、返して欲しい」



 知努の体に背を預けながら何の恥じらいもなく、文月は仮眠を取り始めていた。昼休みの間、染子の元へ返して貰えない。



 日頃の仕返しをするために染子が2人の前へ行き、スマートフォンでスカートの中身を盗撮しようとする。



 文月の下着を写真へ収めて脅迫すれば今までのようにからかわれる事が無くなると考えていた。



 スマートフォンをスカートの中へ忍ばせようとして彼に手首を掴まれる。そして、そのまま引っ張られた。



 「パンツを盗撮したら染子ちゃんが持っているおパンツの種類か入浴中のはしたない癖のどっちか、周りにバラす」



 知努が耳元で囁くとせめてもの意匠返しに染子から頬を甘噛みされる。しっかりと歯型が付いていた。



 「小さい頃から私の心を何度も何度もグチャグチャに弄んでホント、生意気。お前が丈夫な男へ育って良かった。たくさん辱めて、私なしで生きられなくさせる」



 彼女は片手で彼の喉を軽く掴み無理やり唇を奪う。喉の脈打ちが速くなっていき彼の両手は脱力する。



 対抗心を抱いているユーディットも彼の方へ向き直り、耳に口づけした。傍から見れば肉食獣が捕食している場面のようだ。


 

 運悪く、教室へやって来た里美がその異様な光景を見て気でも狂ったと思い、急いで駆け寄ってくる。



 彼女に引っぺがされた染子は昔やっていたお嫁さんごっこをしていただけだと言い訳した。



 「毎回、全裸にしてから知努が泣くまでディープキスしていたアレだ。結局、染子のお母さんにバレて怒られたね」



 「羨まし、な、何てハレンチな事をしていたのよ、ク染子は。本当に野蛮でスケベな女ね」



 気晴らしに染子は前髪で隠している彼の絆創膏を勢いよく剥がし苦悶させる。当然、2人から頭を叩かれた。



 生まれた時から三中知努は専用の玩具と言いながら乱暴な手つきで彼の髪を撫でてまたユーディットに叩かれる。



 「金色ワカメゲルまんじゅう顔と違って私の頭は機械のように繊細だから気安く叩かないで」



 染子がユーディットの脛を蹴ると痛がりながらもしたたかに知努の背中へ顔をうずめられた。



 「後で怪我しない程度に俺を痛めつけていいからディーちゃん、許してあげてくれると嬉しい」



 舌打ちして彼女は両手で知努の頬を引っ張る。そしてその様子を慧沙と里美がスマートフォンで撮影した。



 自他が認める程に甘い知努の考えを前にすればさすがの染子も今すぐ手が出さない。

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