第39話恋多き天真爛漫



 染子へ荷物を渡した知努が制服のポケットから出したスマートフォンで時刻確認する。まだ時刻は午後6時前だった。



 珍しくユーディットに夕食へ誘われており、その準備を任されている。当然、その事を伝えた彼女にまた殴られてしまう。



 痣が出来ている部分を殴られた後、体の至る所を甘噛みされて所有物の証がつけられる。



 明日の夕食に親子丼を振舞うという約束を提示し、ようやく納得して貰った。ユーディットと染子は犬猿の仲だ。



 三中知努という人間がユーディットへ特別な感情を抱いている事は彼女も理解している。2人の間を切り離せないからこそたちが悪かった。



 ユーディットの母親も同席する予定のため今回の夕食会は緊張が伴う。娘と正反対で彼女の性格は少し強気だった。



 青年時代、染子の父親と同じく、非行などしていた知努の叔父を尻に敷いている。夫より年上の所謂姉さん女房だった。



 そんな彼女が苦手とする人間は奇矯な振る舞いをしている三中家の男だ。特に娘が心酔している知努は快く思っていない。



 美しい金髪親子と夕食会はある意味、彼女の両親へ挨拶しに行く状況に近い場だった。邪な気持ちなど到底抱けない。



 知努の場合、成人しある程度、安定した収入を得られる身分になれば鶴飛夫妻に結婚を認めて貰える。



 目下のところ、染子と交際する事が先決だった。しかし、それはいつになるかまだ分からない。



 彼女の女子らしい甘い香りと温かさを思い出している彼に後ろから自転車へ乗っている女が話しかける。



 肩まで伸びた黒髪に黄色のリボンが付いたカチューシャを付けており、目立つ容姿だった。



 必要以上に明るい声で正体を悟った彼は無視する。会話の拘束時間がとても長いからだ。



倉持夏織くらもちかおりの流行語大賞を狙っているのか分からない挨拶は久しぶりに聞いた。



 「グーテンバーゲン! 三中センパイ、どうして久しぶりに会ったキュートな後輩を無視するんです?」



 小走りで撒こうとしたが首に付けているチョーカーを掴まれてしまい、諦めて立ち止まる。



 「その、グーテンバーゲンというバカ丸出しで恥ずかしい挨拶をするからだ」

 


 知努が中学2年生の頃、レンタルビデオ店で社交的な彼女に絡まれた事から交流していた。同性、異性拘らず注目を集めている女子だ。



 彼女と同じ中学校に通っていないため、遊びの誘いはメールか電話でされる。チョーカーから手を離され、夏織が最近観た映画について話す。



 「頭が固いですね、それより、センパイはHANA-BIはなびって映画、観ました? 金獅子賞を貰ったらしいですけど」



 「ああ、観たぞ。退職した刑事が余命幾ばくもない嫁と一緒に最期の旅へ出る話だろ? 面白かった、感動したなんて言葉が陳腐に思える程、思い出深い映画だった」



 軽く映画の内容を話し合った後に彼女から最近、別れたばかりの彼氏に関する愚痴をひたすら聞かされる。



 プリントクラブでキスしようとしたり、アルコール度数が低いチューハイを飲んだ事を自慢したりと小学生と変わらない幼稚な行動ばかりだったようだ。



 2年間に少なくとも夏織は4人と交際して、すぐ別れている。やはり質の悪い男ばかり寄ってくるようだ。



 知努の体に染みついている匂いから女の影を感じられた夏織は、すぐどんな女と付き合っているか問い詰める。



 別段、隠すつもりなどない彼はスマートフォンで鶴飛染子の写真を見せた。目尻が吊り上がった大きな瞳、黒く長い髪は様々な人間を惹き付ける。



 「なーんか、こう、根暗そうな雰囲気が私のクラスメイトのおおっちと先輩そっくりですね」



 「三中センパイはおおっち、知らない。確かに染子は正真正銘根暗だけど」



 相思相愛だが、友達以上恋人未満というまだ不完全な関係性だ。当面、この関係性は続く。



 他人の恋愛事情を主食にしていそうな後輩から紹介して欲しいと言われる。



大体、夏織が染子にからかわれる事は確定事項だった。そして知努は痛めつけられ、所有物としての自覚を植え付けられる。



 明日の鶴飛の家で夕食を食べる時に誘うと返事した。恐らく食後は1時間程、戯れ合う。



 流石に後輩といえど、大人の契りを交わした事や彼女から殺されかけた話はまだ隠している。



 「その、染子さん? は随分綺麗な人ですけど、キュートな後輩とどっちが好きです?」



 恋愛経験豊富な彼女は当然、男の意識をこちら側へ向かせる方法が分かっていた。後輩も他人を支配したがる人間だ。



 色んな男の感情を弄んだこの手口は、幾度も受けている知努に通用しない。



 「酷いわ夏織さん! ハニートラップを仕掛けようとするだなんて!」


 

 「ちょ、ちょっとからかっただけなのでおおっちみたいな事を言うのやめて下さい」



 夫の浮気を問い詰める妻のような鬼気迫る台詞を言われた夏織が珍しく動揺していた。



 すぐ彼は用事がある事を伝えると自転車で彼女は帰って行く。いつか染子と旅へ出掛けたい気持ちを唐突に抱きながら歩いた。



 周りがすっかり深い夜へ染まった頃、叔父の家に到着した。鶴飛の家とさほど変わらない小さな庭付きの住宅だ。



 インターフォンを鳴らしてすぐ、ベージュのニットを着ているユーディットが出迎えて抱き付かれる。



  「まぁ、染子にたくさん甘噛みされているじゃない! 首輪も付けられててかわいそうね」



 背伸びしたユーディットの唇が近づいていき、知努は大人しく目を閉じて軽く重ねた。あたたかく柔らかさに包まれている。



 唇を離してから家の中へ入ると彼女の部屋らしき場所以外、照明が点いておらずまだ母親は帰宅していないようだ。



 熱を帯びた年頃の男女2人が人目のない空間にいる時は大抵、良からぬ行動へ走ってしまう。



 部屋へ案内された知努は後ろから敷いてある布団に押し倒される。昨日の染子と同じくスタンガンで気絶させられたくないため大人しくなった。



 「偉いわ、ちゃんと立場を理解して大人しくなるなんて。しっかり染子に躾されているみたいね」



 「ディーちゃんに大事な体を預けているからその、あまり酷い事はダメだよ? 多少、乱暴してもいいけど」



 愛らしい小物が飾られているユーディットの部屋で知努は玩具のように好き放題、扱われる。



 2人は半裸になりながら布団の中へ潜り込んでユーディットが甘噛みや軽い暴力を知努の体にしていく。



 甘噛みの痕や平手打ちされた痕が彼の体に付けられた。ユーディットは知努に口付けと甘噛みを命令し自らの体へ痕を付けさせる。



 昼間の余韻が残っていたのかすっかり知努は積極的になっており、彼女の体の上へ覆い被さっていた。



 「男は狼だというのに部屋へ連れ込んで、食べられたいのかな? こう見えて結構肉食系だから」



 彼女の両足が応える様に左足へ絡み付きながら知努は鎖骨の溝を舐めていく。熱い吐息が髪にかかる。



 指先を腰から肩にかけて滑らしていきそのまま耳穴へ指を入れた。くすぐったさのあまり彼女の胸の上で悶える。



 唇を押し付け合いながら熱い舌同士も絡め合わせ体中に汗が流れていた。甘い唾液は麻薬のように脳を蝕んでいく。



 甘酸っぱい汗の匂いすら媚薬のような作用が働き両手の指を固く絡めながら貪る。ユーディットは唇を離し懇願した。



 「もう、降参するわ。本当にチー坊は獰猛な狼だから食べられてしまったわ。体力も若さも凄いわ」



 彼女に覆い被せさせる様な体勢へ変えてから彼は優しく波打っている金髪を撫でながら微笑む。



 硬い感触と柔らかい感触を同時に下腹部へ感じている彼女は熱い吐息を顔にかけてから耳元で囁く。



 「ホント、私に合わせてくれる甘いチー坊なんだから。好きよ、愛している」



 2人はまた口づけしながら互いの両手を押し付け合って戯れる。赤面している彼が徐々に不利へ陥り、とうとうユーディットにねじ伏せられた。


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