第27話乾いた休日後編


 ケーキを堪能した4人は三中兄妹の家に向かっていた。崩れそうな天候と同じく周りの雰囲気があまり居心地良くない。


 手足に痣が出来ている千景と知努は、手を繋いで歩いていた。後ろの2人に快く思われていない事を彼は察しながらも我慢している。


 時折、妹が持っている擂り粉木を使い、彼の腰へ突く嫌がらせしていた。将来、結婚して配偶者を支配下に置きそうな予感がしてならない。


 ただでさえ早く家に到着したいと願っている知努の気持ちなど考えず、無神経な大人の女性は軽口を叩く。


 「そういや若い頃の忠文も妹と彼女にいじめられていたな。何というか結局、親子だな」


 「うるさいぼっ千景、お兄ちゃんがそうならないようにしっかりと躾するから余計な事言わないで」


 知羽の発言にその隣を歩いていた染子が口出しした事で、2人はお互いの頬を引っ張り始める。


 女子同士の不毛な争いを振り向き眺めている千景が見せつけるかのように彼と腕を組んでいた。


 小学生の頃から様々な女子に告白されている慧沙の姿を知努はよく見かけている。


 今の知努もあまり彼と変わらない状況へ置かれていた。


 少し強気な妹はともかく、色んな女子から好意を寄せられている状況が知努は嬉しく感じている。


 半日ぶりに自室へ戻った彼は荷物を片付けていた。暴力女子中学生の嫌な匂いがすると文句を言いながらも千景がベッドに横たわっている。


 染子が軽く座っている椅子を回転させながらマッサージを指示し、大人しく彼は後ろへ回り、凝っている肩から揉んでいく。


 このような姿を知羽に見せれば同じく命令してきそうだが、幸い1階の居間で情報番組を見ている。


 最近、2日の1回の間隔で入浴上がりに彼女が知努の部屋へ押しかけマッサージを要求していた。


 毎回、胸にリンパが溜まっているというふざけた言葉を言って、知羽から殴られている。


 「そういえばアホ知努、妹が兄に性的なサービスを伴うマッサージさせていると訊いたけど本当?」


 「そんな事してないからな。明後日が可燃ゴミの日だから嘘つきもゴミ収集車に回収してもらう」


 妹から衝撃的な告白を聞いた日から知努は、入浴時に浴室の扉を施錠しなければならなくなった。油断すれば獣が侵入してくる。


 段々と知羽の行動が過激化していったため、両親はすぐ自重するように注意した。しかし、反抗期なのか全く聞き入れていない。


 大事な1人になれる時間が妹のせいで減っている知努は、少し腹立たしく思っている。


 静かな環境でなければ読書や絵を描いたりする事が出来ない。知羽の制御に彼は難儀していた。


 左右の上腕、肘窩ちゅうか、前腕の順に揉んでいく。疲れが溜まっているのか、どの部分を押すも軽く染子は痛がっている。


 「そろそろ桜の見頃が過ぎるから明日、一緒にリード無しで散歩しない? もちろん24歳のショタコンババアと三中のキモウト抜きで」


 犬扱いと少年扱いされた事が癪に障った知努は無視して、両手の母指球と小指球をゆっくり指圧した。


 マッサージを終えた彼が千景の隣へ横たわり、不貞腐れている。染子から何を言われても適当な犬の鳴き声で答えた。


 彼女が生意気な女に飽きてしまったかを訊き知努は慌てて否定し花見へ行くと伝える。


 「飼い主の手を噛むなんて10年早いのよ。忠犬ハチ公もどきの万年バカ犬」


 「毛並みが悪いヨボヨボの老犬になってまでそんな反骨精神はないぞ」


 数時間前、知努の殺害を試みた千景が彼の頬へ噛み付いた。この癖は何年経っても治らないようだ。


 対抗心を燃やしている染子も反対側の頬を甘噛みし、異常な愛情表現に勤しんでいる。



 明日の花見に五体満足で行ける事を願いながら知努は大人しく玩具となっていた。


 愛される痛みがしっかりと体へ刻まれている。なかなか他人に見せられない光景だ。


 数時間後、夕食を済ませた知努は浴室の扉を内側から施錠し、ようやく1人になっていた。体の至るところへ口づけの痕や噛み痕が付けられている。


 そのせいか知羽を怒らせてしまい、しばらくの間、彼は無視されていた。明日になれば恐らく彼女の機嫌が直るだろう。


 頭を洗い終え、リンスで髪の手入れしていると扉の錠が何者かによって解錠される。当然、浴室の鍵などなかった。


 しかし、扉へ取り付けられている非常解錠装置に10円玉を入れて回せば解錠出来る。知羽はその仕組みが分からないため、今まで侵入していない。


 シャワーでリンスを洗い流し、振り向くと指名していない2人の嬢が入室していた。


 幼い頃から飽きる程、女性の体を見ているせいか、知努は全く動揺せず、深い溜め息が零れる。


 2人が恥じらう事なくゆっくりと彼に近づき、手入れしたばかりの髪を乱暴な手つきで撫でた。


 貴重な1人になれる時間を侵害された挙句、知努は少し疲労している体をまた弄ばれる。


 狭い浴槽に3人は浸かり、彼の胸へ染子がもたれかかっていた。好きな人と密着している知努の頬は少し赤らんでいる。


 「そういえばいつか知らないけど染子、告白されたんだろ? それで返事返さなくて相手が勝手な妄想を膨らませていたけど」


 今朝の洋菓子専門店で茶髪の男から聞いた話の真偽を訊き、染子は暇だから2股していると嘘を吐く。


 「それは楽しそうだな。どちらか選ぶまで鶴飛家の夕食はピーマン料理にして貰うか」


 「い、や、よ。しょうもない男と付き合うつもりなんてないからピーマン食べさせる虐待しないで」


 先程食べた夕食はチンジャオロースだった。筋金入りのピーマン嫌いの染子がほとんどのピーマンを隣へ座っていた幼馴染に食べさせる。


 その様子を見ていた彼の父親は、年甲斐も無くピーマン食べられない小娘に大事な息子を渡さないと嘲笑しながら煽っていた。



 脱衣所の扉が開き、3人で混浴していると知った知羽は、怒って浴室の照明を消した。暗闇の中、どさくさに紛れて千景が知努へ何度も口づけする。


 「おい知羽、電気付けてくれないと千景がしつこくキスするから困る」


 知羽は照明を点ける代わりに1週間、妹と混浴する取引を持ち掛けてきた。両親から甘やかしすぎると怒られるため、彼がすぐ断る。


 「あまりちーちゃんを困らせたらダメだよ。はい、はー知羽ちゃんはお部屋に戻る」


 知努の母親の声が聞こえると浴室の照明は点けられた。そして知羽が母親によって強制退去させられる。


 気づけば知努の両脚へ千景が座っており、自発的に浴槽を出られなくなっていた。2人の相手は彼の予想以上に疲れる。


 千景から結婚するならどちらを選ぶと訊かれ、知努は即座に染子だと答えた。

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