第25話乾いた休日前編



 今にも雨が降りそうな曇り空の下、気付けば知努は千景と一緒に公園でブランコを漕いでいた。


 ブランコから降りようとしていた、退屈そうな表情の彼へ笑みを浮かべながら彼女が話しかける。


 「サツからチャカ盗んできたから車も調達してドライブしないか?」


 千景は着ていた上着のポケットから警察官が携帯している回転式の拳銃を出した。無言でブランコを降りた知努は、公園の外へ向かうも後ろから撃たれる。


 銃弾が左の肩甲骨を貫通し、心臓へ到達したらしくうつ伏せで倒れ、そのまま動かなくなった。


 死から逃れようともがく動きもなく、ただとめどなく銃創の出血が彼の背中を汚していく。


 千景はブランコを降り、先程まで生きていた屍の元に近付く。そして、後頭部、背中、両足を撃ち、返り血が千景の服に飛び散る。やはり受動的な動きしか見せず、ようやく死亡理解した。


 用済みとなった拳銃を死体の背中へ投げ付け、千景はどこかへ向かう。徐々にぼんやりと世界が霞んでいく。



 短く感じる夢から目を覚ました知努は、朝食作りの為、起き上がる。まだ辺りが薄暗かった。


 昨夜と同じ格好で千景はまだ寝ている。起こさないように足音を消しつつ、彼は台所へ向かう。


 しばらくし、目玉焼きやいつも作らないフレンチトーストなどを作り、居間の机へ運ぶ。コーヒーも用意したところにようやく彼女が起きてくる。


 「おはよう知努、とても美味しそうな朝食だな。まずはデザートから頂くとするか」


 知努は背を向け、逃げ出そうとするもすぐ千景に抱き付かれてしまう。渋々、足を止めて振り向き、甘噛みされた。


 5分後、歯型を頬についている彼は、机の下で行儀が悪い千景の足に絡められながら食事している。


 自宅でも妹の知羽から足を絡められているせいか慣れてしまっていた。しかし、知努はこうして戯れる事を好んでいる。


 朝食を食べ終えてから彼が言いそびれていた数日間、無視してしまった事に対しての謝罪をした。


 「知努が昔から時々意固地になる事は知っている。でも良いんだ、こうして今そばにいる」


 彼女の言葉に安堵して知努は2人分の食器を流しへ持って行き、洗うも後ろから尻を撫でられる。


 仕返しとばかりに食器を片付けてから彼も千景の髪を撫でていると、下腹部へ膝蹴りされた。


 前屈みとなった知努の頸部と片腕を千景が両腕で挟んでから指同士を固定させ、締め上げる。喉が圧迫され呼吸し辛くなっていた。


 頭を前へ押し、挟んでいる片腕の力を緩めてから素早く片手だけ解き、抜く。そして、彼の目が据わり力強く前蹴りする。


 呼吸困難に陥りながら背中を机に強打した千景は蹲り、咳き込んだ。右足で無理やり仰向けにさせてから下腹部を踏み付ける。


 「殺し合いしたいなら上等だこの野郎。子宮抉り取って、お前の実家に送り付けてやる」


 彼女は涙を浮かべながら独り言のように漏らした。精神的な2人の距離が遠く離れている。


 「もう2度としないから酷い事しないで欲しい」


 知努は興醒めし、足を戻すと彼女が速足で寝室へ逃げ込んだ。互いの価値観の相違は5年前から変わっていない。


 しかし、年々、普通へ近付いている千景と対照的に、知努の凶暴性が増していた。彼自身、原因は分かっていない。


 かなり精神的に衰弱している様子が見られるため、彼は急いで彼女の後を追う。なるべく怖がらせないように柔らかく話しかけながらベッドへ腰かけた。


 「暴力を振るってごめんなさい。どこか怪我は無い?」


 布団へ隠れるように潜り込んでいた千景は顔だけ出して怯えながら頷く。優しく知努が微笑み、また髪を撫でる。


 唐突に、千景が他の娘とどのような方法で戯れ合っているかを訊いた。彼は特別な事などしていない。


 加虐性愛者の染子から、容赦無く虐げられる事を甘んじて受け入れていた。しかし、それと同じ程度、落ち着くような行為も楽しんでいる。


 「指や足を絡めたりとか遊びの範囲で殴られたり蹴られたりとか。千景の戯れ合いは度が過ぎている」


 「俺は今まで半分千景が嫌いだった。だけど、2度と俺の虚像を支配しようとしないなら全部水に流すよ」


 今度は頷かず、彼女の口から約束すると言われた。歯が浮くような台詞を言った知努の顔は、赤く染まる。


 互いの痛みを慰めるように布団の中で何度も口付けしていく。第3者の手を借りずとも、2人の関係は修復出来た。


 

 1時間が経ち、帰り支度を済ませた知努は千景に挨拶し玄関から出た。どんよりとした曇り空が広がっている。


 特に用事が入っていない知努は寄り道せず家路へ向かっていた。もし千景に乱暴を働いたと染子が知ってしまえば、ひどく悲しむ事は理解している。


 なるべく彼女へ隠し事をしたくない知努は歩きながら悩んでいた。いつか笑い話になるような内容とも見方によればそう見える。


 互いの価値観の違いで失敗する事は、どれほど親密でも起こるものだ。愛し方となればやはり避けられない。


 双方非を認め解決した出来事と捉え、知努は彼女へ打ち明ける事を決めた。自宅付近であまり遭遇したくない男が立っている。


 1週間程前に居酒屋で同席した茶髪の男だった。善良な通行人のふりをして横切ると話しかけられる。


 「お前ちょっと待てよ。散々待たせた挙句、シカトこいてんじゃねぇよ」


 「勝手にお前が待っていただけだろ。で、何の用だ?」


 立ち止まってから仕方なく知努は用件を訊いた。近くの洋菓子専門店で何か話したいとふてぶてしく男が答える。


 ここで断って諦めるような人間と思えないため、彼は渋々了承し、目的地の洋菓子専門店へ行く。


 洋菓子専門店『クレール・ド・リュンヌ』は木造のような外装に包まれ、喫茶スペースがある近所で長く親しまれている店だ。


 染子の誕生日パーティーで食べたデコレーションケーキもこの店で購入した。中へ入ると知努の見知った顔が見える。


 この店の看板娘だが、知努と同じく中性的な容姿のせいか、どこか青年のような印象を持たれやすい。


 「いらっしゃいませ、おや? あのチー坊が友達を連れて来るなんて珍しいね」


 「男の友達は慧沙と幸利だけ」


 2人が会話している間に茶髪の男はチョコレートケーキを注文する。長居するつもりなどない知努が何も買わず、隣の喫茶スペースへ行く。


  付近の壁に赤い航空帽を被り、操縦桿に前足を添えている子犬のゴールデンレトリバーの絵が飾られていた。


 どのような格好をしていてもつぶらな瞳の子犬は、可愛いと評される。


 そして、店主の趣味なのか、木製机の上に様々なバイクのプラモデルを展示している。


 チョコレートケーキとプラスチック製のフォークが載っている皿を置いてから茶髪の男がいきなり本題へ入る。


 「俺、鶴飛に告白したから」


 おおよそ検討がついていた知努は、全く動じず反射的に祝ってしまう。染子へ告白する輩がいる事自体、さほど珍しくなかった。


 しかし交際している事を伝えない辺り、まだ返事は貰えていないようだ。

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