第24話花金のおセンチな夜


 日本の西側に位置する地方都市の居酒屋は賑わっている。仕事終わりの会社員、大学生などが飲み会を開いている様子が入り口から見えた。


 店員に事情を説明し、知努は厚かましい酔っ払い探しに勤しむ。奥の座敷席で顔が少し赤い知り合いの顔を見つける。


 見かけた事がある教諭の姿もあり、教職員の飲み会を開催していた。引っ込み思案で男嫌いな彼の予想は的中してしまう。


 白いブラウス、黒いプリーツスカートと紺色のソックスの組み合わせがいつもの千景らしくなかった。


 年齢詐称して援助交際でもするつもりなのか、彼は疑問に感じるも対象年齢が真逆だと気づいてしまう。


 千景は小鉢に入った塩らしき物体を食べていた。メタンフェタミンが居酒屋の裏メニューで提供されていないと信じながらしゃがみ彼女へ話しかける。


 「お望み通り、憐れな男子高校生が来たから早く帰ろう」


 いきなり横から千景が若い男に話しかけられている様子を同席していた教諭たちは眺めていた。


 学年主任の男性教諭は、学生時代に忠文の後ろ髪を切り落とすイタズラをして後日、彼の父親が家へ怒鳴り込んで来た思い出話を語る。


 数日前、強盗犯と染子の父親に怪我を負わせた事を知られ、知努も祖父から軽く怒られた。


 調味料らしきものを食べ終えた上機嫌な千景は嘲笑しながら煽る。


 「オカマのチー子はいつもの女みたいな格好していないからつまらないぞ。このおたんこなす」


 公衆の面前で性的な事を言われる事が性暴力被害者の知努は苦手だった。すぐ失言に気づき、千景が平謝りする。


 「は? 下手に出りゃ調子乗りくさって、ゴミ捨て場で〇マしたろか?」


 「行儀悪いぞ送り狼。私は逃げたりしないから部屋でゆっくり何度も味わえばいいだろ」


 約1回り年齢差がある2人の痴話喧嘩は犬も食わない。その後、取っ組み合いにならず、そのまま終戦してしまう。


 恥ずかしさのあまり無言になった知努が千景の片手で腰を抱かれていた。ふざけたりしなければ彼女は魅力的な大人の女性だ。


 彼は千景の凛々しくも奥底に母性が秘められた目付き、姉御肌を関わり始めた小学生の頃から憧憬している。


 彼女の美しい横顔を眺めていると視線に気づき、こちらへ向き太ももを撫で回してきた。


 何か秘密を明かすように耳元へ近づかれ、知努の顔はすぐ赤くなり、なすがままとなっている。


 「散々、無視した上に妹の匂いを付けているとは良い根性しているな? 余程、焦らしてたくさん楽しみたいようだ」


 匂いがきっかけで反抗期を始める性別だけあり、誰の匂いかすぐ知羽に当てられてしまった。


 染子に不義を働きたくないため、知努は彼女へ話しておきたいと伝える。最悪の場合、明日が命日だ。


 2日前に千景が染子へ話し、許可を取っているため、問題ないと返事され杞憂に終わった。


 彼女が店員へ先程、食べていた沖縄産の藻塩を注文する。酒に強い女の肴は塩のようだ。


 待っているだけではつまらない知努も千景に奢らせるため、ジンジャエールを追加注文する。


 教員の飲み会が終わり、千景に右腕を抱かれながら知努は歩いていた。傍から見れば初々しい恋人同士だ。


 夜空に浮かんでいる丸い月はやや欠けていた。大人と子供の狭間で葛藤している思春期の心情を表しているようだ。


 知努の隣で年甲斐もなく甘えている女も思春期に多く悩みこうして大人の女性へ成長している。


 春の冷える夜風は体の熱を奪っていき、徐々に寂しい気持ちが高まっていく。ここ数日、妹のおかげでほとんどなかった。


 「あの月と同じで人は少し欠けている方がいい。欠けているからこそ誰かを強く求めたくなる」


 「綺麗だな、月も知努も。私の腰しかなかったか弱い小僧が今は私と対等な男になっているな」


 強く抱き締められているせいで知努の腕は服の上から谷間に挟まっており、千景の魅力を意識させられている。


 待ち遠しいのか仕切りに彼女は肩へ頬ずりして意思表示していた。もうすぐ千景の対外的な振る舞いがやめそうだ。


 千景が住んでいる1LDKのアパートの部屋に入ってから明かりも付けず奥の部屋へ行く。


 薄々これから何を行うか理解していた彼は千景に押し倒され、ベッドへうつ伏せとなる。


 乱暴な扱いは最初だけで一般的な女性と同じく傷つけないように知努と愛を確かめ合った。


 家族から愛情を注がれず体に巣食っていた凶暴性はすっかり無くなっている。安心して知努が体を委ねていた。


 リュックサックと上着を千景に剥ぎ取られ知努は捕食されるように頬、首筋、うなじへ何度も口づけされる。


 彼の成長を確かめたいのか向かい合わせで手首を掴んでからベッドへ押し付けようとした。


 相手の意図を汲んで負けじと全力で抵抗し、床へ落とさないように寝かせる。互い体から汗が流れ出ていた。


 日付が変わってすぐの頃、2人の体に熱と気だるさを残して終わり、ベッドの上で重なり合うような体勢へなっていた。


 2人の髪や服が乱れており床で蹴り落とされた枕と毛布は窓から射す月明かりに照らされている。


 「千景、旦那様に力で無理やり屈服させられちゃった。染子相手でもこんな事しているの?」


 知努に甘える時はいつも少女のような口調へなっていた。要求不満が解消され満足している証拠だ。


 「ううん、支配欲が強い娘だからむしろ逆らえないように躾けられた」


 三中家の男は運命が定められているのか妻の尻に敷かれている。知努もいずれそうなってしまうだろう。


 散々親の仇のように染子から殴られた痣の痛みを思い出す。イタズラで殴られたせいかいつもより治りは遅かった。


 どれだけ飲んでも大して酔わない所謂ザルの千景は疲労のあまり、すぐ寝てしまっている。


 知努は床に落とした毛布を片手で拾い上げてから千景の背中へかけた。少女のような可愛らしい寝顔だ。


 彼女が彼とまた一緒に寝られるまで5年も掛かっている。それ程、過去の恐怖が苦しめていた。


 瞼を閉じてから朝食はどのような献立にしようか悩んでいるうちに知努も深い眠りへ落ちていく。

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