第23話花金の酔っぱらい



 鶴飛染子の誕生日が終わってから数日間、三中知努を取り巻く環境は少しずつ変わっていた。良い事と悪い事の板挟みに悩んでいる。


 白木文月が撮った写真は彼女の姉の順番へ流れていきある女子の目に留まった。


 幻想的で美しい漆黒のドレスを纏った容姿、文月の姉から説明された男嫌い、引っ込み思案、お人好しの性格が気に入り、紹介して欲しいと頼んだようだ。


 彼女は重度の人見知りらしく学校へ馴染めず休み時間にひたすら趣味の絵を描いていると語っていた。


 兄の安眠妨害している悪い妹の絵や仏頂面の幼馴染の絵を見せると彼女は親近感が湧き、饒舌になる。


 絵の話以外にも好きなジュースの話題で盛り上がった。彼女はペプシコーラが1番好きな飲み物のようだ。


 彼は目移りを疑われないように新しい友人の話をしていた。あまり彼女から嫉妬している様子が今の所、見られない。


 しっかり交わした約束を果たせば彼女は干渉しないのかもしれない。それどころか美人なら染子ハーレムに入れたいと軽口を叩いているくらいだ。


 新しい出会いがあった一方、軽口を叩いていた染子は少し思い悩んでいる。大人へなっていく事に対し忌避したい気持ちが強くなっていた。


 特にテレビ番組で見る子供を持つ母親の姿がどうしても幸福と捉えられず、子供のまま死にたいようだ。


 今日は同じ教室に所属する女子生徒と妊娠について話したせいで染子は機嫌を損ねていた。


 『昼休みにクラスの友達とニシンの話をしたけど、女ばかり辛い役割押し付けて、男はズルいわ』


 その愚痴をぶつける相手が里美と知努しかおらず、半ば強制的に彼は選ばれてしまう。


 先程まで椅子に座って、自動車の模型作りをしていた知努は、彼女から送られたメッセージの返信をしている。


 『他の動物と違って俺達、人間の生殖は生きるために必要な所得を使うだ』


 『今の少子高齢化社会は贅沢する余裕を作らせなかった政府が悪いだけだ』


 知努は模型制作の事しか考えていない事を隠しつつ染子のメッセージに返信した。


 子孫を残したいと思う気持ちすらない彼は、父親になりたい願望が全く湧かなかった。


 染子と知努は1人の時間が必要な人種なため、子育てに向いていない。そもそもまだ双方の親から認知されているだけの幼馴染同士だった。


 お互い抱え込んでいる秘密があり、まだ新たな関係性に踏み込めていない。


 しかし、人使いが荒い庄次郎にシャーマンの散歩を押し付けられた時は必ず鶴飛の家で染子と口付けと抱擁していた。


 返信してすぐ、スマートフォンの画面が白木夏鈴しらきかりん からの着信を伝えていた。


 いつも気だるそうな口調で話す白木文月の姉に当たる人物だ。普段電話をかけてくる事があまりない。


 『やぁ、ボクだけどチー坊は今、時間あるかな?』


 電話に出ると聞き慣れた少年のような声が聞こえた。話し方だけに限らず長身で男装の麗人だ。


 いつの間にか定着している愛称を初めて呼んだ人物は彼女といわれている。


 「ないよ。今、自動車組立工の気持ちで〇リノのプラモ作っているから」


 『意地悪だね。さっきカゲねぇが1人で帰りたくないからチー坊を寄こせって電話されたよ』


 数日間、無視している千景が居酒屋で酔っているらしく、迎えを待っていた。夏鈴から教えられた居酒屋の場所は彼の家からあまり遠くない。


 「あまり気が進まないけど分かった。今から行く」


 通話を終えた知努は、クローゼットから出したリュックサックの中へ外泊に必要なものを入れる。


 酔っている独身女を家に放置すれば最悪の場合、無謀な入浴を試み、水死体へ変わるだろう。


 黒いモッズコートを羽織った彼は彼女の姪にこれからの予定をメッセージで教える。


 リュックサックを背負い自室から出るとちょうど入浴から戻って来た寝間着姿の妹に遭遇した。


 毎日のように寝床へ潜り込んで来る厄介な妹に事情を話せば付いて来ると言い兼ねない。



 敢えて彼は何も伝えず横切ろうとしてするが、無言の知羽に立ち塞がれた。今夜は添い寝出来ない事を知っているような素振りで不気味だ。


 「今日は慧沙の家に泊まるから1人で頑張って寝ろよ。それか母さんと添い寝したら良い」


 不機嫌そうに眉をひそめた彼女が腰へ抱き付きながら見上げてくる。仕方なく知努は耳元で事情を教えた。


 まだ身近にいる魅力的な異性と認識していないが最愛の妹なので少し甘くなっている。妹は間違いなく兄の性格を把握していた。


 「部屋の前で聞いていたから知っていたけどね。別にいいけど忘れたらダメだよ。お兄ちゃんの手綱を握っているのは私だから」


 他の女に匂いで所有物だと知らしめるためか、彼女はしばらく密着している。毎日、添い寝させられているせいか染子に知羽の行動を知られた。


 近々、染子は知羽に上下関係をしっかりと教えるそうだ。幼い頃から玩具扱いしていた彼女は知羽の天敵である。


 「お兄ちゃん、髪の長い美人が好きな面食いだから知羽もそうなるなら考えるけど?」


 短い髪を指で梳きながらからかうと悔しがっている知羽に舌打ちされた。



 彼女が執拗に虐めてくる染子と同じ髪形でいたくないため、短い髪形へ変えた事も知っている。


 うなじがよく見える短い髪形も彼が好んでいる事を父親譲りの浮つきやすい知羽へ伝えれば図に乗り出す。


 三中知努が持て余すような大人の女性へなると捨て台詞を残し、知羽は部屋に向かう。


 「慧沙みたいな人間になりたくないぞ、お前は早くお兄ちゃん離れしてくれ」


 妹から方々の女性に手を出している遊び人のような人間と思われている事が不満だった。


 どちらかといえば毎年バレンタインデーに数多のチョコを貰っている友人の慧沙が当てはまる。


 家の玄関から出て夏鈴に教えられた居酒屋の場所へ行く。まだ冬のような凍える寒さが夜を覆っていた。


 いくら傷心している千景が1人寂しく居酒屋で飲む人間と思えない。何かしらの集まりに参加して飲んでいるはずだ。


 もし、それが教員同士の飲み会なら知努の肩身は狭い。ただでさえ包丁を持った強盗や染子の父親を病院へ送った身分だ。


 恐らく、知り合い以外の生徒や教員が近づけない恐ろしい男子生徒になっている。


 30分程歩き、目的地の居酒屋へ到着した。駐車場に客のものと思われる車が多く駐車されていた。


 数日ぶりに知努から話しかけられた千景は、どういった反応を示すかまだ分からなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る