129話 ヒモ生活再びと帰省
王家からの依頼を終えて約1月半。いつも通りの平和な冒険者ライフを送っているアキト。シエラたちの修行も順調だ。手加減とどの程度の力が出せるのかを理解することもでき順調に進んでいる。
だがその平和な日々にも変な邪魔をしてくる輩もいる。
そう。王家とかに。
どこぞのバカ王子がシエラにボエムを送りつけてきたのだ。シエラは1行目でギブアップした。俺とフェリスはなんとか全文読んだ。レイとミルファは読むことすらしなかった。
『心の天使』とか『月の様に美しい妖精』とか『胸が苦しい』とか『私の心を癒せる天使』とか『君という母なる大地』とかの恥ずかしい文が多々あった。『心の天使』ってなんやねん。ジ◯イアンか? 心の友よじゃねぇぞ。というか天使なのか妖精なのか大地なのかどれだよ。ツッコミどころが多すぎるんだよ。
腹が立ったのでこのポエムを持って城に突撃。門は全力で蹴破った。とんでもない轟音が鳴り響き騎士がたくさん集まってきたが、いたのが俺だったので困惑していた。そこへリーネが登場。騎士数名を読んでポエムを一緒に読ませた。読んだ騎士は頭を抱えて恥ずかしそうにしている。中には転げまわる者もいた。きっと昔同じ道を辿ったんだろう。1人の騎士が
「これは一体なんの拷問ですか?」
と言っていたのが印象的だった。
その後、
そんな変なことが起きたりもしたが平和な冒険者ライフを送っている。こういう平和? な日々を俺は送りたかったんだよ。平和に冒険者をやってたまにちょっとだけ変なことが起きる程度のちょっと刺激のある生活。良い生活じゃないか。今はこれで良いんだ。今この時を楽しもう。
そんな日々を送っているのだが………最近シエラがたまにそわそわしているんだよな。何も思い当たることはない。1人で考えてもわからないのでフェリスに聞いてみてもわからないそうだ。レイにもミルファにもこっそり聞いてみたがわからないとのこと。これはもう直接聞くしかないかと思い聞いてみた。
「え? いや……そのね…………」
「え? 何? そんなに言いにくいことなの? 俺だけがいいとか、フェリスだけがいいとかだったら改めて時間取ってからにする?」
「そ…そうじゃないの。誰かにだけってわけじゃないのよ。皆に関係あるっていうか……特にアキトに関係あるっていうかね」
今は皆で昼飯を食べ終えてテーブルでお茶を飲んでいる。シエラが皆に関係あると言うと全員の視線がシエラに向く。
「じゃあ言ってみてよ。皆関係するんなら尚更言ってもらわないと困るよ」
「その……困ると言われたら困ると思うわ。アキトが」
「俺だけ?」
「気になる」
「気になりますね~」
「シエラ様。そう焦らさなくても………」
何かわからないがパーティに関することなら言ってもらわないと困る。俺だけというのも気になる要因だな。
「えっと……その~…アキトにまたおねだりすることになるんだけど……」
「ヒモ脱出って言ってた気がするけどいいよ。言ってみてよ」
「そのね………温泉に~…行きたいなって……ダメ?」
何かと思えば温泉か。不安になっていたのがバカらしくなる。確かに前に温泉行った時にまた一緒に来ようねと言ったんだが…あの時とは状況が違うんだよなぁ。2人だけなら迷わず行こうって言うんだけどなぁ。
「温泉って…ラウンズフィールの?」
「ラウンズフィールは観光地として有名ですね。私も昔冒険者時代に一度だけ行ったことがあります。食べ物は美味しいですし、何より温泉が最高でした」
「私知らないです」
フェリスとミルファは知っててレイは知らないと。フェリスが何て言うかなぁ……もう予想はついてるんだが……
「シエラ。温泉行ってきたの?」
「ええ。前の秋頃にね」
「私も温泉行きたい。アキト。温泉に行こう」
「そう言ってくると思ったよ」
さて、どうしたものか。どうやって躱したものか。
「おーんせん! おーんせん! おーんせん!」
まさかのゴリ押しが来た。手を上げて温泉コールである。
「まあ落ち着けフェリス」
「温泉行きたい」
「なんでシエラが言いにくそうにしていたのかはわかるか?」
「わかんない」
「向こうに行くとな………金がかかるんだよ」
そう。金がかかるのだ俺は前回ラウンズフィールの領主であるアカリにこれでもかというほどに金をむしり取られたのだ。結局金貨500枚くらい使ったんじゃないかな。
「そんなにかかるの?」
「金貨500枚くらいかな。米とか醤油とか調味料を大量に買うからな。宿代だけでも高いぞ。前行った時は一番高い宿に二人で泊まってな。7泊して2人で金貨42枚だった」
「これでもかというくらい温泉堪能してる」
「仮にだ。また7泊するとして一人当たり金貨21枚だ。さらにそこにあっちで買い食いしたりするともう少しかかるな。フェリス。金持ってるか?」
「………ない」
「私も散財しちゃってないのよねぇ………だから言いにくかったのよ」
2人とも
フェリスは好きな本を買って散財。好きなのは◯ン◯ンだけではなく本を読むことも好きなのだ。色々と買った様だができれば魔法書がよかったな。この世界で本は高いのだ。一冊で安くても金貨5枚とかする。
もちろん2人とも全部使い切ったわけではないし、依頼料から生活費を出す余裕くらいはある。だが、ラウンズフィールに観光に行こうと思うと話は変わってくる。パーティで行くから宿代はパーティ用の資金から出すのが普通だと思うが、今パーティ用の資金にそんな金はないのだ。
「そりゃ俺だってな。温泉には行きたいよ? ゆっくりしたいよ。だけどな。パーティ用の資金にそんなお金はないんだよ」
「むう………………………………ハッ!」
嫌な予感がする。何か名案を閃いたかの様に声を上げるフェリス。きっと碌でもないことを言ってくるに違いない。
「私はアキトのヒモだからアキトにお金を出してもらう」
「おい。この間ヒモを完全に脱出とか言ってなかったか?」
「私はアキトのヒモ」
「おい」
「私はアキトのヒモ」
「お「私はアキトのヒモ」
ゴリ押しかよおおおおおおおおおおおお! 確かにヒモ化計画で俺が意図してヒモにしてたけどさ! ヒモは嫌だから脱出したんじゃないのかよ! 困った。いったいどうしたものか………
困った俺はシエラに視線を移した。するとシエラは困った顔をして
「わ………私もアキトのヒモだから♪」
「~~~~~~っ!」
言葉にならないとはこのことか。まさかシエラがフェリスに便乗するとは思わなかった。シエラもヒモを完全に脱出って言ってたのになぁ。そんなに温泉に行きたいか。気持ちはわからんでもない。実際俺も行きたい。温泉に浸かってのんびりしたい気持ちはある。
それ以上に買い物したい。実はもう米がないのだ。こっちの世界には通販なんていう便利なものはないし、アカリが外に売りに出したりもしていない。だから直接現地に行くしかないのだ。他にも調味料の類がもうかなり少ないのもある。醤油なんかかなり使うからほとんどない。逆に余ってる調味料もある。味噌なんかがそうだ。意外と使わなかった。味噌関係のレシピを教えて貰えば良かったと思う。このことから以前買わされたものを全部大量に買う必要はないから多少は金は浮くと思う。しかし食い扶持が増えているのが要因でもあるから以前買った以上に金を使うことになるだろう。
とにかく金の問題なんだ。レイの戦鎚用に取ってある金とレイの貯金を合わせても550枚くらいにしかならない。買い物と宿泊費でレイの戦鎚用の金が全部飛ぶだろうな。総魔鉄の戦鎚作るのに金貨700~800枚かかるらしいからなぁ。前みたいにバカが絡んできて金をくれるなんてことはないだろうしな。
「そういうわけで…金がないんだよ。どうせ行くんならまたアカリの所に泊まりたいからなぁ」
「そうよねぇ。お金かかるのよねぇ……」
「むう………」
「私の貯金使っていいですよ~」
「それでも足りん」
「ありゃ~」
まあでも………方法がないわけでもないんだよなぁ。俺が狩り行って稼いでくればいいだけの話だ。ただ少なくとも金貨300枚分は欲しい。となると結構な大物か数を狩ってこないといけないわけで時間がかかる。金になるやつはどこにでもいるわけじゃないしすぐ見つかるわけでもないからな。俺が何日も家を空けることになる。出来ることならシエラたちから離れたくはない。だけど過保護すぎる気がしないでもないんだよな。誰かに襲われても今のシエラならそんじょそこらのやつには負けないだろうしなぁ。
そのことをシエラたちに伝えると…
「大丈夫だと思うわよ」
「やっぱり俺が過保護なだけかぁ」
「それもあるけど、もしアキトがいない間に私たちに何かあったとするじゃない?」
「うんうん」
「戻って来たアキトが動くってのもあるでしょうし、何よりね。アキトの後ろには王家が味方についてるじゃない?」
「まあそんなようなもんかな?」
「私たちになにかあれば王家が動く様なものだから大丈夫よ」
「王家を利用するってことかぁ」
「別に言いに行く必要はないわよ。王家に借りを作ることになっちゃうから」
言うことはもっともだ。というかやはり俺が過保護すぎる様だ。気にせず行ってきてしまうか。だが何日か空けることになるが、その間シエラたちは何をするかだよな。
「過保護を卒業するのに行ってこようとは思うけど、その間シエラたちはどうする?」
「う~ん…修行?」
「お家でアキトが帰ってくるまでお家でゴロゴロする」
「私たち3人だけで依頼受けます?」
「私はあまり変わりませんね」
修行させるのが理想なんだがフェリスが走るの嫌がるからな。地獄のランニングの時に使ってる黒い棒をレイに渡しておいて尻叩くの任せるか。いや、それだとフェリスに取り上げられそうだな。アイテムボックスに入れられたら取り返せない。その時は尻を蹴らせるか……そもそも結界で防御してきそうだな。レイじゃ結界は破れないしなぁ。困ったな。
「フェリスが問題だな」
「走るの嫌がるものね」
「馬車馬以上に走らされてお尻叩かれるのを喜ぶ趣味はない」
「そう言われるとそうよねぇ。お尻叩かれるの無しにして欲しいわね」
こうなったら強硬手段を取るか……と思ったら家の扉がノックされた。知り合いにはリズムをとった叩き方をお願いしているが、今回は規則正しい叩き方でこの家に来るのは初めての奴だろうな。だから俺が出る。扉を開けるとエルフの執事がいた。なんか見たことがあるような気がしないでもない。
「お久しぶりです。アキト様」
「誰だよ」
「あ…失礼。私、シンドール家で執事をしておりますブルーノと申します」
俺のことを知っているようだけど誰だこいつ? 会ったことあるかな? シンドールって名前は聞いたことがあるような………
首を傾げていると後ろからシエラの声がした。
「アキト……前に依頼で庭を掃除した貴族の家の執事さんよ」
シエラが言うには庭掃除した貴族の執事らしい。庭掃除……庭掃除………何かそんなのしたなぁ。アクアショットで高圧洗浄機再現したんだっけか。フェリスが魔力制御苦戦してたっけか。
「なんとなく思い出した。あの汚ったない庭の貴族か」
「そうです。今日はまた掃除の依頼があって訪ねた次第でございます」
「依頼かぁ。まあ立ち話も何だし入れよ」
「ありがとうございます。では失礼します」
とりあえず執事を家に入れて話を聞こう。多分指名依頼出来ないランクだから直接来たんだろうな。
話を聞くとまた掃除して欲しいとのこと。そんなすぐは汚れないだろうと思ったんだが定期的にやって欲しいそうな。手入れは大事だからなぁ。今回は最初から三人で掃除していけるから前回ほどはかからないか。それにどのくらいでやればいいかは前回で把握してるから前よりも早い。それでもあそこの庭は広いからしっかりやると五日はかかるか……………俺が狩り行ってる間に二人にお願いすればいいか。一応魔力制御の修行にはなるし、依頼だからお金も貰える。前回ほどは出せないそうだがそれでも金貨20枚出してくれるらしいしな。
「わかった。明日からでいいか?」
「はい。明日からで構いません。期限は十日ほどを見ております」
「十日なら一人抜けても十分なくらいだ。明日朝飯食ったら行くよ」
「ありがとうございます。ではこちらの依頼書に署名をお願い致します」
「一応読むか」
読んだが特に問題ないので署名する。さすがにしっかりしてるのか写しも持っていた。これで変なことにはならないだろう。ブルーノは依頼書の写しを持って帰って行った。
一応皆にも説明しておかないとな。俺が二人に任せて狩り行ってくるってもうわかってるとは思うけど。
「私たちで依頼を進めておけばいいのね」
「そういうこと~」
「これで馬車馬のように走らされなくて済む」
「そうなんだが温泉行く時は走らせるからな」
「え~」
ブーたれてるが走らせるのだ。フェリスが一番体力ないからな。初日の挨拶くらいは俺も先方に顔を出そう。掃除は俺なしでも大丈夫だからな。顔出してから俺は狩りに行こう。
せっかくだから遠くに行くか。ついでに実家にも顔出そう。となると行く方面は師匠と暮らしてた山の方になるか。あそこは魔物多いし昔俺を追いかけましたトカゲと馬と鹿を狩りに行こう。虎だけ狩ってきたがあいつらにも追いかけ回された復讐をしてやらねばな! さらにちょっと足伸ばせばワイバーンを見かけた所もあるから金になる魔物はいっぱいいるだろう。それとレイの戦鎚用の金も稼げるといいな。
「アキトは何日くらいで帰ってくるつもりなの?」
「う~ん……そうだなぁ。とりあえず七日目安で行こうかな。遅くても十日後には帰ってくるよ。その分の生活費はミルファに渡しておくよ」
「長い期間離れちゃうわね。アキトに出会ってからそんなに長い期間離れるのは初めてね」
「ずーっと一緒だもんね」
「無事に帰ってきてくださいね」
「ご主人様なら心配要りません!」
「無理はせんよ。逃げ足の速さには自信がある」
逃げ足の速さだけは負ける気がしないぞ。どれだけ高ランクの魔物に追いかけ回されたことか。俺以上に逃げ足の早い奴もいないだろう。ただ俺の場合は逃げ足は早くても逃げ時をちゃんと判断できるかだけどな。
翌日、シンドール家に来た。昨日来た執事に挨拶だけして俺は依頼中は基本的にいないことを伝える。何か言われるかと思ったが普通に了承されてしまった。前回のを見てるから二人でも大丈夫ってわかってるんだろうな。ついでだからシエラたちに何かしたときのことを脅しておく。この執事なら心配はないだろうが雇い主の貴族のほうはわからない。前に一度会った時は問題なかったがその時は良い貴族を演じてたのかもしれないからな。
「じゃあ俺は狩りに行ってくるよ。いない間はシエラがリーダー代理ってことでお願い」
「ええ。気を付けてね。ちゃんと帰ってくるのよ」
「大丈夫だって。シエラも何かあったら暴れていいからね。フェリスもレイもな~」
「いざとなったら屋敷を破壊する」
「壊しちゃダメですよ~」
問題ないようだ。シエラがちょっと心配しすぎな感はあるけど大丈夫だろう。
王都の南区の南門から出て実家を目指す。村の名前を知らないということには王都に来てから気づいた。帰ったら父か母に教えてもらおう。来る時は一日半くらいだったな。あの時は姫さんを助けてたから少し時間かかったんだったな。あのときの速さだと一日以上かかるってことか。まあ体力温存してそんなに速さを出さなかったからな。出来れば一日で村の実家まで着きたい。
「よっし! かなり早く走るか。長く走り続けることもあんまりないからな。いい修行になるだろう。体力には自信あるしな」
走り続けることを決めて俺は村を目指して走り始めた。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ! さすがに……疲れるな………でも着いた!」
朝に王都を出てもう夕方だ。昼飯休憩は取ったけどその間ずっと走りっぱなしだったから汗だくだ。上級魔力ポーションも2本使ってしまった。師匠にもらったものだけど残り少ないから買わないといけないな。でも高いんだよなぁ。まあ仕方ないか。
さて、久しぶりの村だな。前来た時は師匠と過ごした山から帰ってきて、次の日の朝には出ちゃったからな。といっても今回もゆっくりはしないわけだが…。村の入り口に誰か立っているな。門番的なのいたっけ? 多分俺が出て行ってから門番つけるようにしたのかなぁ。一言挨拶して入ってしまおう。
「ういーっす」
「こんな時間にこの村にって! その黒髪! お前アキトか!?」
「なんで俺を知ってるんだよ」
「俺だよ! 久しぶりだな! 昔村長の家の庭でよく遊んだだろ? ブレットだ!」
どうやらこの門番の狼人族の男は昔俺と一緒に遊んだようだ。まったく覚えてない。身長も180センチくらいあって俺と友達かと言われると実感がわかない。エルフは成長遅いから仕方ないけども。でもうっすらと記憶の片隅にあるような。師匠の所の記憶が濃すぎるせいだな。俺は腕を組んで上を向いて必死に考える。考えるうちに体がどんどん横に曲がっていく。
「いたようないなかったような……もう一人獣人いなかったか?」
「いるけどさ! 俺と似ても似つかないぞ!」
「もう一人もあんまり覚えてないんだよなぁ」
「もう一人の獣人はダニーだ! それと人族と狼人族のハーフのテッド。エルフのヘクターとシェリルっていただろう?」
「名前を聞くとなんか居たような気がする」
「お前こういうやつだったか!? 俺の記憶にあるアキトと似ても似つかないぞ!」
そりゃーそうだろうなぁ。師匠と過ごした5年で大分性格変わったからなぁ。真面目ちゃんがヤンキーになったようなもんだからな。あの
「修行で頭がおかしくなっちまってな。とりあえず俺は家行きたいから村入るぞ」
「変わりすぎだろ! ゴブリンがオーガになったようだぞ!」
ツッコミが激しいやつだな。しかもわかりにくい。正直知り合いはどうでもいいんだ。
「じゃあ行くわ」
「あ…ああ。アキトの家もこの村だもんな。明日ゆっくり話せるか?」
「無理だ。予定がある。じゃあな」
「あ…おっ…おい!」
足速に俺は村に入って家を目指して走りだす。職務を放棄してまでは話そうとはせんだろう。さっさと家に行って水浴びしたいな。汗だくだからなぁ。家の前でパンツ一枚になってアクアショットで水浴びしよう。汗流すだけだからすぐだしな。
久しぶりに実家に来た。もう夕方だし父も母もいると思う。家の扉をノックすると、父の声が聞こえてきた。相変わらず元気そうだ。扉が開けられて父が顔を出した。
「はいはい。どちら様~って誰もいない」
「いくら小さいからってそれはないと思う」
「ん? …………アキトか!」
「ただいま。一晩泊めて」
「いいに決まってるだろ! 入れ入れ!」
「その前に水浴びする」
「水浴びってお前…ここでか?」
「そうだよ」
そう言って俺は玄関から少し移動して服を脱いでパンツ一枚になりアクアショットを頭から浴びる。かなりの水量だが問題ないだろう。
「あ~~……冷たい!」
「お前……そんな雑に水浴びするやつがあるか……」
「これが手っ取り早いんだよ。中入ろう。寒い」
アイテムボックスから大きいバスタオルを出して拭きながら家に入る。ラウンズフィールで買ったバスタオルで1年くらい使ってるけど丈夫な作りなんだよな。向こう行ったらもう3、4枚買おうかな。レイやミルファが使う分がないから買う方がいいよな。
「まったく………こんな急に帰ってくるとは思わなかったぞ。手紙も寄越さないし…」
「手紙は送ろうとしたんだけどさ、俺この村の名前知らないって気付いてさ。それで送るのやめた。誰かに聞いてもよかったんだけど、間違っても嫌だしさ」
「お前というやつは………ここはカルク村だ。カルク村のアルフ宛に出すんだぞ」
「へ~そんな名前だったのか。何かに書いておかないと忘れそうだ」
体を拭いて服を着て髪を魔法で乾かしながら父と雑談する。そういえば母がいない。出掛けてるのかな?
「ところで母さんは? 出掛けてるの?」
「ああ。最近村の女性陣でよくお茶会しててな。話が弾んでるのかお茶会の日は帰りが遅い」
「女には女にしかわからない話もあるからなぁ。てなると飯が遅くなるかぁ」
「そうなるな。まあ母さんも楽しんでるからな。少しくらい我慢するさ」
「じゃあ今日は俺が作るかぁ。魔石コンロも持ってきてるし、肉もパンも野菜もあるし」
なので俺は料理の準備を進める。美味いものを食わせてやろう。と言っても何を作ろうかな………トンカツでいいか。あとサラダと簡易コンソメスープでいいかな。
作りながら久しぶりに父と色々と話そうと思ったが、母が帰ってくるとまた同じことを話さないといけないと思うと話しづらい。父にそれを話すと母が帰ってきてからにしようと快諾してくれた。自分だけ息子の話を楽しむわけにはいかないそうだ。二人で一緒に楽しみたいと。相変わらず夫婦仲はいいようだ。
爆ぜろ。
なぜ自分以外の惚気話は腹が立つんだろうか。シエラとイチャイチャして両親の気持ちがわかったはずなのになぁ。不思議なもんだ。料理を作っているともう外が暗くなり始めていた。いくらお茶会が盛り上がるからってそろそろ帰ってきてもらいたいものだ。と思っていたら母が帰ってきた。機嫌が良いのか勢いよく扉を開けて入ってきた。
「ただいまー!」
「「おかえり」」
「あら? 二人分声が………アキトなの!?」
流石仲睦まじい夫婦だ。反応が全く同じである。ただ違ったのは俺に抱きつこうとしてきたことだ。今は料理中で自前の包丁を持っているのだ。危ないから少し大きな声で止める。
「今刃物持ってるからダメ!」
「えっ!? ……ご…ごめんなさい。アキトが帰ってきたのが嬉しくって…」
「母さんの気持ちもわからなくはないけど、いろいろ聞きたいこともあるだろうけど飯食いながら落ち着いて話そう。もうすぐできるからさ」
父が予想していたのか母の肩を抱き椅子に座るように促している。こういう時に父は気が効くんだよなぁ。そういうところは男として見習わないとな。
食べ始めてすぐに質問の嵐だ。予想はしていたんだがまさかここまでとは………もうマシンガンのごとく質問が飛んでくる。お茶会でいっぱい話してきたんとちゃうんか? なんでそんな元気なん? 今の生活はどうしてるのかとか、住んでる場所はとかはまあわかる。彼女がどうとかまでなんでこっちの世界でまで言われなきゃならんのだ! 前世で実家に帰るたびに親に結婚はいつだと言われてたことがなぜ転生してまであるのだろうか。前世で躱し方を身につけていたから簡単に躱したが勘弁してもらいたい。
他には騎士が訪ねて来たとか言われた。飯を食いながら色々話すと母は頭を抱えてしまった。まあさすがに王女を蔑ろにしてるとか国王をオヤジって呼んでるとかは普通頭抱えるわな。これには父も頭を抱えてどうしようどうしようって呪文を唱えていた。
さすがに父と母が可哀想になってきたな。でも何の問題もないんだよな。だから安心して欲しい。
何とか説得した後は今どういう生活をしているかを詳しく聞かれた。これがキツかった。なんせ女四人と同棲してるんだからな。しかも二人は奴隷だからな。まあごまかす気もなかったのでそのまま伝えると母は今度全員連れてきなさいとか、奴隷の娘にひどいことしてないかとかいろいろ聞かれた。さらに一人一人特徴を聞かれた。性格だけでいいと思うのだが身長とか体型とか顔がどうだとかめちゃくちゃ細かい。あまりにもしつこいから答えたらうんうんと頷き満足そうだ。一夫多妻も問題ないそうだ。なんだろう? うちの息子にふさわしいかどうかでもチェックしてるんだろうか?
そして父は俺の話を聞いて羨ましい! と叫んで母に殴られていた。
「このくらいで勘弁してくれない? さすがに疲れてきたよ」
「ああ…ごめんなさい。子供が増えるのかと思ったらねついね」
「結婚とかまだ全く考えてないからね」
「急がなくてもいいわ。100年以内には孫を見せてちょうだいね♪」
100年単位ときたか。さすがエルフだ。時間の感覚が全く違う。俺の前世の感覚からいったらやしゃ孫までいくんじゃないだろうか。
「随分長い期間だなぁ。エルフだからしょうがないんだろうけどさぁ」
「エルフだもの。あ…女の子たちは皆長命種よね? 人族はいないわよね?」
「一人人族とエルフのハーフがいるよ。あとはエルフ二人と兎人族が一人だから、人族みたいに寿命が短いのはいないよ」
「ならいいわ。できれば人族はダメよ」
「なんで?」
「寿命が短いから一緒に居られる時間も少ないわ。それに親族が心配なのよ。強欲な人族だったら私たちが危ないもの」
「人族はどうしても強欲な者が多い。奴隷がいるからわかるだろうが、純血のエルフはかなり高額で売れる。だから狙う盗賊もたくさんいるんだ」
「あ~盗賊も捕まえたりして相手してるから何となくわかる」
前に受けた村の調査の依頼で女性が攫われてたが殺されたりはしてなかったもんな。やることやった後は良い待遇を受けていた気がする。助けに行った時それほどひどい環境に閉じ込められてるわけじゃなかったしな。服とかちゃんと着てたもんな。今思えば強い女性たちだったなぁ。助けた後もケロッとしてたし普通に飯作っていつもの生活に戻ってる感じだったもんな。
「だから人族との結婚は私たち認めないからね!」
「まあ今のところないから良いよ。正直なことを言うとエルフや獣人のほうが美人だからそっちのほうがいいよ」
「わかるぞ!」
父が同意するが母に睨まれている。何で気遣いできる処は男前で格好良いのにこういう残念な所がすぐ出てくるんだろうか。父らしいといえば父らしい。こういうのも懐かしいな。少し離れただけなのになぁ。
「とにかく今度会わせてね。楽しみにしてるわ。子供が増えるのが楽しみだわ」
「気が向いたら連れてくるよ」
「ダメ! 連れてきなさい!」
「はぁ~~~い」
「もう! この子は!」
楽しみなのは分かるがね。強要するもんじゃないだろうよ。というかずっと疑問に思ってたことがあるんだが聞いてもいいだろうか。師匠と修行する前から気になってることがあるんだよな。
「そのうち連れてくるとしてさ。ずっと前から気になってることあるんだけど聞いていい?」
「ん? 何かあるんなら答えるぞ。アキトももう大人だから。いつか聞いてくると思ったさ」
「うん。いつか聞いてくると思っていたわ」
どうやら二人ともいつか聞いてくるとわかっていたようだ。それなら切り出しやすい。はっきりと聞いてみよう。
「じゃあまず……俺はどういう風に拾われたの?」
「それは簡単だ。夜中いつの間にか家の前にゆりかごに入ったアキトが居たんだ。ゆりかごには名前の書かれた札があってなぁ。凄い泣いてたなぁ。なのに周りを見ても誰もいなかった。誰が置いていったのかはわからない」
「その時はよく覚えているわ。なんせ私が流産した三日後だったもの」
「何で二人に子供がいないのかも聞きたかったけど、母さん流産してたんだ」
「ええ。私たちは相性が悪かったみたいでね。なかなか子供ができなかったの。20年くらい子供ができなくてね。ずーっと子供が欲しいって思ってたわ」
双子の女神、アウラ様とアスラ様がどうやって俺をここに寄越したのかわからなかったけど、多分二人を狙ったのかなぁ。流産といいタイミングが良すぎるから狙ったんだろう。師匠も俺のいる場所を聞いてたらしいしな。
「それでやっと私たち二人にできた子供だったの。いろいろ苦労してたけど、子供ができたのが嬉しくて辛くても何ともなかったわ。でも神様は残酷だったわ。やっとできた子供は流産しちゃったの。別に転んだりもしなかったし、子供に衝撃が加わったわけじゃないのにね」
「あの時は悲しかったな。一晩中泣いたよ。二人で落ち込んで食べ物も喉を通らなかった。そんな時にアキトが家の前で泣いてたんだよ」
「アキトを見た時は神様が私たちに流産した子を授けてくださったのだと思ったわ。だからこの子を二人で育てようってアルフと話したの」
「俺もアキトが流産した子だと思ったさ。二人でこの子を育てようって自然とそうなったよ」
俺が聞きたかったことを二人は話してくれた。自分が何で二人に育てられたか気になっていたがそういうことだったのか。どうりで二人に子供がいないはずだ。俺は流産した子の代わりだったんだな。二人は実の子供のように俺を育ててくれた。本当に神様が授けてくれたと思ってるんだろうな。
エルフは長命種ということもあって種を残す意思自体が弱い。中には父や母のように子供が欲しいと思う者たちもいる。むしろこういう田舎ではそういう者の方が多い。王都などでも半数ほどのエルフは子供を作ってはいるが数は少ない。一人産めばそれで満足なのだ。
国としてはかなり精力的に動いてはいる。長命種の子孫繁栄のために補助金を出すくらいだ。
「だからアキトは私たちのことは気にしなくて良いわ。今まで通りでいいの。といってもアキトの性格なら大丈夫ね」
「正直実感ないからね。二人には悪いけど、気になってたことを聞けてそういう理由だったんだーっていう程度だよ」
「それでいいさ。別にアキトが深く考える必要もない」
我ながら冷めているとは思う。血が繋がってないからなのか、師匠との修行で頭がおかしくなっちまったのかはわからないけど何とも思わない。きっとどこかで他人というふうに思っているからなのかもしれない。でもこの二人は転生した俺を一生懸命育ててくれたんだ。何も感じない自分が少し嫌になるな。二人は気にしなくて良いと言ってくれるから甘えさせてもらおう。
それからは適当に雑談だった。村の誰がどうしてるとか他愛もない会話だった。雑談もほどほどにして俺はさっさと寝た。走ってきたから疲れているのだ。母はもっと話したかったみたいだが一日で王都から来たというと真顔になって何かを諦めたかのように納得していた。俺の部屋は相変わらずまめに掃除しているみたいですぐに使えた。
翌朝、早々に朝食を食べて俺は出かけた。父も母もゆっくりすればと言うが俺にも予定があるのだ。二人には数日帰らないと言って家を出る。今日はまず師匠と過ごした小屋に行って墓参りだ。山の中だがそんなに離れてはいないから一日で着く。道中にあのトカゲとかいたら狩ってしまおう。今こそリベンジの時だ。追いかけ回された恨み、晴らさでおくべきか。
と思っていたのだがトカゲや馬や鹿には遭遇せず夕方前に何の問題もなくついてしまった。
「1年半ぶりくらいか………」
前世の記憶を取り戻してからはここでの生活が一番長くて一番濃い。だからなのか懐かしく感じるな。久しぶりに来る気がする。少し目を瞑るだけで師匠との生活を鮮明に思い出せる。帰ってきたんだなと思う。
俺は小屋の横にある墓石の前まで歩いてきた。墓には俺が掘った汚い字で『キサラ・レイン』と彫られている。
「ただいま。師匠」
約1年半が経ち、草が周りに生い茂った師匠の墓の前でそう呟いた。何となくだが「おかえり」と言われたような気がした。
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