125話 やるかやらないか

 叱られた翌日の朝。今日で護衛は最終日だ。地獄の学園も終わったことだし、今日はのんびり王女リリィたちと王都散策だ。そう聞いたわけじゃないけど多分そうなるだろう。


「今日で終わりですね~。私何もしてない気がします」

「私も何もしてないわよ。強いてあげるなら話相手かしら?」

「私は忙しかった。周りを警戒したり、あいつを止めたりすごく大変」

「それはフェリスだけよ」


 それぞれこれまでを振り返って暇だったり大変だったりと各々違うようだ。


「俺はま~……本当に金貨500枚貰えるのかって思ってきたよ」

「確かにねぇ。こんなので貰っていいのかしら?」

「そのあたりは王女リリィ王子ルーカスに聞かないとなぁ。でもこんな楽して貰っていいものかねぇ」

「くれるって言うなら貰う」

「私の戦鎚用のお金が貯まるので欲しいです」


 考えてもわからないのでやめよう。朝食を食べ終わりミルファに見送られ城に向かう。いつも通り部屋に通されて待っていると王女リリィたちと騎士団長たちが来た。それぞれ挨拶し今日の予定を話す。


「今日で最後よ。一日よろしくね」

「はいよ。それで今日はどうするんだ? 露店巡りして街をフラフラするってのが俺の予想なんだが」

「何でわかるのよ!」

「一日目露店街行けなかっただろうに」

「ああそういうこと。じゃあ早速行きましょう!」


 というわけでさっそく徒歩で露店街へ。王子ルーカスが露店街のある北区を見たいとのことで馬車ではなく徒歩になった。騎士団長が言うには馬車より徒歩の方が私服で護衛している騎士たちは楽なんだそう。


 あらゆる商品が並ぶ露店街は俺も暇があれば見に来る場所だ。何か掘り出し物がないか探しに来ている。といっても見つけたのはチーズくらいだ。面白そうな魔道具もたまに見つけるが壊れていたり、呪われそうなものが多いから見るだけで終わってしまうことがほとんどだ。


 王女リリィたちと一緒に見ていく。食べ物や魔道具、中古の武器やアクセサリー等様々あるが俺がたまに来る時と同じで良さそうなものはない。だが王女リリィ王子ルーカスは興味津々だ。途中でツノウサギの串焼き等を買い食いして回る。


 広いので回っているともう昼食を食べるような時間だ。といっても買い食いを結構しているのでそれほど腹は減っていない。ある程度回り終えてすぐ近くにある普通の商店が並ぶ商店街に来た。


少し入ったところに女性用の服の専門店があった。服に関しては初日にアンビエンテの店に行ったからいいかと思ったら王女リリィが食いついた。俺たち男性陣には広場で待っている様に言って女性陣だけで店に入って行ってしまった。仕方ないから王子ルーカスと騎士団長と一緒に広場に戻ってついでに串焼きを買ってきた。ちょうどいい具合にベンチが空いていたのでそこに座る。ここなら何かあっても俺が対応できる。


「まさかまた二手に分かれることになるとは……ちょっと予想外でしたね」

「申し訳ありません」

「構いませんよ。こちらにはアキト殿がいますから。それだけで万全です」

「あまり頼られても困るけどな。俺としちゃ向こうのほうが安全だ」


 なぜなら結界を使えるフェリスがいるからだ。最終手段だがあの結界はそう簡単には破れないしな。


「アキト殿がそういうなら大丈夫でしょう」

「そうですね……その…アキト。少しいいだろうか?」

「どうした~?」

「相談に乗ってくれないか?」

「答えられる内容なら答えるぞ。ただしここで答えてもいい内容ならな」


 何かわからんが相談ときた。ただこんな人目のある往来の場でおっぱいの話とかをする気はない。さすがに無理があるというものだが。同じ巨乳派だがそれは無理がある。というか王族がこんなところでそんな話していいわけがない。


「その……上手く言えないんだが………」

「んだよ。言いにくい内容か? さすがにここでおっぱいはやめろよ?」

「そういう話じゃないんだ。ただ…僕自身の事なんだ」

「…どっちにしろ言いにくそうだな」

「言いにくいというより漠然としすぎててな……僕は自分が何をしたいのかわからないんだ」

「はあ?」


 何を言い出すかと思えば…何がしたいかわからないねぇ。自分探しの旅でもすればいいんじゃなかろうか。さすがに適当すぎるか。前世があってすでに40台のおっさんだが人道的なことを言える気がせんな。


「昔は王族に生まれたから……漠然と良い国にしたいと思っていた。だけど成長していろんなことを知って、回りの言うことを聞いていてわからなくなった」

「先に言っておくぞ。俺は政治や国がどうすれば良くなるかなんてわからん。その上で答えるからな」

「ああ、それでいい」

「とりあえず……すでに突っ込みたいんだがいいか?」

「あ…ああ。構わない」

「お前は何かしたいことがあったのか?」


 まずは王子ルーカスが先々どういったことをしたいのか知る必要があると思った。周りが何かこうしろと言っているんだと思うがまずは王子ルーカスの意思だろう。


「僕が……したいことか」

「それがないんならまずはしたいこと探せとしか言えん。周りがなんて言おうがな」

「僕は………人族至上主義をなくしたい……」

「ほお」


 騎士団長が声を上げたがちょっと黙っててくれないか。今政治の話じゃないんだよ。お前が入ると面倒臭くなるんだよ。


「だけど…それが良いことなのかわからない。僕の国の貴族たちは人族至上主義の者が多い。だけど兄上…第一王子のように変えていきたいと思っている人物も少なからずいる。むしろ最近じゃ増えていっている」

「それは良いことではないですか。種族間で差別しても何も良いことはありませんよ。互いに尊重しあって良いところを生かし合えば良いのです。国の中枢に入れるのも良いかもしれません。政治に他種族がいればその種族のこともわかりますから」

「やはり…そうですよね。考えも広がりますからね。ありがとうございます」

「いえいえ、悩んでる若者に助言するのも大人の務めですよ」


 随分と耳障りの良い言葉を並べるもんだ。そんなことがすぐ出来たら苦労はしねーんだよ。


「おい」

「なんでしょうか?」

「でめーは黙ってろ。何が悩める若者に助言だ。貴族がそんな台詞吐いたって結局は自分たちの都合の良い道具にしたいだけだろ。言い換えれば『都合の良い様に洗脳する』だ。他国の王族に恩を売れれば良い利益が出そうだよな。だが今は王子ルーカス自身がどうしたいかっつー話だ。政治の話じゃねーんだよ」

「………申し訳ない」


 これだから貴族は困る。利益ばっかり追求しやがるからな。というかあんな露骨に良い様に持って行こうとしたら俺じゃなくてもバレるだろうに。やっぱりこいつに政治の才能はないんだろうな。剣術バカみたいだし。


「で、王子ルーカス、お前はどうしたいんだ?」

「…そこまで言わなくても良かったと思うが………これを目標にすればいいかわからないんだ」

「何でだ? すぐできることじゃないとは思う。だけど目標が出来ることは生きていく上でいいことじゃねぇか」

「自分に出来るかどうかわからないんだ。サンドリアス王国に来て、アキトたちと接してやっぱり人族至上主義が間違いだと思う。人族だけが優遇されるなんてこの国の国民を見ているとバカらしくなる。ヴィクトリアンでは平民たちの間ではそうではないんだが……貴族たちは人族至上主義だから人族を優遇する。それは不公平だから何とかしたいんだが………」


 大分悩んでるのがわかるな。言ってることが支離滅裂だ。というか平民の間じゃそうでもないのか。国のお偉いさんたちの貴族がそうだから、自分の周りを変えたいってことかねぇ。


「あ~~………お前の他に人族至上主義を何とかしたいってやつはいるのか?」

「ああ、僕の兄上がそうだ。ちょっと政治の話になってしまうが、早く人族至上主義をなくしてサンドリアス王国と同盟を結びたいんだ。サンドリアス王国は大国だから…支援というか後ろ盾というか…そういったものが欲しいんだ」

「ほ~ん。バカじゃない方の兄貴がそうなのか。ならその兄貴と頑張ればいいじゃねぇか。最近その考えに賛同してくれる貴族は増えてんだろ?」

「ああ、増えてはいる。僕がそれに賛同すれば派閥争いも有利になると思う」

「ならなおのこと人族至上主義をやめさせるって目標に突っ走れば良いじゃねぇか」


 王子ルーカスが賛同することで派閥争いも有利になるんなら良いことづくめじゃないか。王子ルーカスもそうしたいって思っているならそうすればいい。それが人生の目標になる。王女リリィみたいに生きがいを見つけることができるんだ。


「そうなんだが………」

「ダメなのか?」

「ダメじゃない……だけど…………僕が人族至上主義を否定する兄上に賛同することによって国内の情勢がどうなるか……今ヴィクトリアンにいる人族以外の種族がどうなるか………僕の周りの者たちも……それに…賛同しても成すことがことが出来るかどうか………」


 なるほど。要は責任と不安か。王族っていう立場だからこその悩みだとは思う。あと王子ルーカス自身が優しすぎるんだろうな。清廉潔白過ぎるというかなんというか。よくわからんが多分綺麗事だけで成せることじゃないと思うけどなぁ。


 不安は王子ルーカスの優しすぎる性格と引っ込み思案な所がなあ。王女リリィと違って自信がないんだよなぁ。多分今まで失敗の方が多くて自信なくしてるんだろうな。簡単に出来ることじゃないからトライ&エラーの繰り返しだろう。それで心が折れなければいいが……王子ルーカスの性格じゃなぁ。なんというかもっと簡単に考えさせないとダメな気がするなぁ。色々考えるからダメなんだ。


 アキト自身いろいろと考えてまとまらないということがある。王子ルーカスと同じで色々と考えるタイプだ。そういう時はシエラやフェリスに話を聞いて頼ることにしている。だが王子ルーカスの周りには姉の王女リリィしかいなかった。さらに王女リリィは政治はチンプンカンプンなためあまり詳しく話してはいなかった。今回これだけ話したのもアキトが初めてだった。話してる今も王子ルーカスは不安で仕方なくて、かなりの緊張状態だった。


「なんつーかよー……難しく考えすぎだろ?」

「難しく考えなければいけないことなんだ。僕の一存で国の行く先が決まってしまうかもしれないんだ」

「知らん」

「知らんって……いたっ」


 王子ルーカスに一発デコピンをお見舞いする。王子ルーカスは額に手を当てて俯いている。


「もっと単純に考えればいいんだよ。お前は人族至上主義をやめさせたいのか? それとも継続したいのか?」

「………やめさせたい」

「答え出たじゃねぇか」

「だが………それで犠牲になる人たちが…」

「不可能だ。何かを成すには犠牲は付き物だ。周りのことなんて考えるな。 お前はもっと自分の我儘を通せ。お前のやりたいことは何だよ?」

「我儘を通す………か」


 う~ん…もう一押し二押しくらいか? 今ここで自信を持たせるなんて俺の口車じゃ無理だしなぁ。もっとシンプルにかな。


「あれだ。やるか、やらないかの二択だ。どっちか選べ」

「極端だな」

「結局そういうことだろ? 難しく考えても誰かに聞いても答えが出る悩みじゃねーだろ? やるならやるでやってみてダメだったらまた他の方法を試してダメだったらまた他の方法を試す。その繰り返しだ。単純だろ?」

「単純すぎるだろう。だけど……そうかもしれないな。アキトの言う通りいくら考えても答えなんて出るものじゃないな。目標に向けて動くしかない」

「誰かが動かないと変わらねぇからな。お前が先駆者になればいい。お前王族なんだしワガママ言える立場だろ? それに王族や貴族は歴史に名を残すのは好きだろ?」

「ははっ。確かに歴史に名を残すのは好きだな。はあ………なんだかアキトと話してると悩んでいた自分がバカらしくなってきた」


 そう言ってルーカスは額に手を当てて俯いていたが、手を離し顔を上げた。その顔はとても晴れやかだった。何かを決心した様に。


 おや? 何かよくわからんが吹っ切れてくれたみたいだ。大分すっきりした顔してるし、もう悩まないだろう。結果オーライだぜ!


「本当……悩んでた自分がバカみたいだ。やるかやらないか………か……うん。わかりやすくて良い!」

「何かわからんが吹っ切れたんなら何よりだ。この五日間お前のことも見てきたけど、ずーっと引っ込み思案で見ててイライラしたんだよな」

「それはすまない。だが、もう大丈夫だ。もう決めた。僕はアキトみたいにワガママに生きることにするよ」

「王族の立場なんて利用しまくれば良いんだ。自分の目標のために王女リリィみたいにな」

「僕も姉上の様に生きがいを見つけたかもしれない。ありがとう」


 王子ルーカスは頭脳で国を、姉は武力で国をって感じでやっていけば良い感じにはなるんじゃないかな。互いの生きがいを生かし合えばそれだけで楽しいだろうし、それが国にとって良いことならなおさらだ。友達には頑張って貰いたいね。


「さっそくワガママを言わせてもらおう! 姉上たちのいる店に行こう!」

「さすがに下着選びに俺らは入れないだろ!」

「将来必要になる気がするんだ! 行こう!」


 なんて単純なやつだ! 確かに言わんとすることはわかるよ! 自分で送った下着を着た女が着けているのを自分で脱がしたいよな! だけど絶対王女リリィに怒られるぞ! 俺は知らんからな!


 王子ルーカスが急に立ち上がり歩き出す。俺と騎士団長は半歩遅れて苦笑いしながら王子ルーカスに付いていく。


 だが、無粋な輩はいる。一人の男の晴れやかな門出を邪魔する輩というのは空気を読まないのだ。

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