121話 行きたくない学園見学

 疲労感の抜けない朝。朝食を食べて今日も城に向かう。昨日と同じく部屋に通されたのだがモニカが着替えを持ってきやがった。しかも俺の分だけ。畳まれた服は謁見の際に着せられた騎士服とは違った服だ。嫌な予感しかしないと思っていたらシエラが期待の眼差しでこっちを見ていた。仕方ないから着替えるか……


 服はたまに街中で見る学園の制服だった。制服はブレザーだ。左の胸には国の紋章みたいなのがある。全体的に紺色で白いラインが入っていたり、端の部分が白色になっていたりする。今は夏だから紺色の上着は持ってきただけで着るのは半袖のワイシャツだけだ。ネクタイを縛ろうと思ったが縛り方なんぞとうに忘れていた。前世もスーツ着る仕事じゃなかったしな。ネクタイをつけずに部屋でシエラとフェリスにいじられながら待っていると部屋の扉がノックされて国王オヤジたちが入ってきた。王妃に騎士団長に護衛の兵士に案内役の姫さんもいる。帰ってくれないかな?


「おはよう! 似合うではないかアキトよ!」

「これ学園の制服だろ? 何で俺が制服着ないといけないんだよ」

「ちょっと体験するのもよかろうと思ってな! そう嫌そうな顔をするな。その歳でしか経験出来ぬことだぞ」

「貴族共の取り込み合戦に巻き込まれたくないんでな」

「アキト様! よくお似合いです!」


 一緒に入ってきた姫さんも制服を着ている。首元にはネクタイではなく大きなリボンが付いている。スカートは紺色に白い線が入っている。

 その姫さんはいつものごとく俺に抱きついてこようとするがそうは問屋が降ろさない! 俺にはフェリスという護衛がいるからな! しかも王妃公認だ! さっそくフェリスが姫さんの前に立ちはだかり捕まえ、頭を脇に抱え込んだ!


「ふん!」

「ふんぎぎぎぎぎぎ! またあなたですか! 離してください!」

「ふんぬ!」

「キャアアアアアアア!」


 姫さんの頭を脇に抱えながら、そこから姫さんのスカートの上の方を掴んで体が逆さまになるまで持ち上げ、姫さんの背中をソファーに叩きつけるように倒れこんだ。


「いたああああああああい!」


 おーブレンバスターだ! どこで覚えたんだろうか。それは置いといて姫さんはいくらソファーとはいえ角の方に体を打ったのか悶絶している。普通だったら処刑ものだろうが王妃公認だから罪には問われない。一方のフェリスはというと…


「むふ~ん♪」


 得意げな顔をして両手を上げて悶える姫さんを見下していた。コロンビアというテロップがつきそうだ。これ宰相がいたら爆笑してただろうな。


「あ~………フェリスだったか? もう少し手を抜いてやってくれぬか? さすがにここまで悶絶するのはな……体に何かあっては困るからな」

「ヒール。これでいい」

「おお! 治癒魔法を使えるか。アキトに頼むつもりだったが自分で出来るなら問題ないな」


 どうやら国王オヤジも公認らしい。治癒魔法をかけられ痛みが引いたのか姫さんが体を起こした。そこへ王妃が声をかける。


「フィーネ。今日のあなたにはヴィクトリアン王国の王女と王子に学園を案内するという仕事があります。うつつを抜かさずに仕事をしなさい。これも王族の務めです」

「………はい」


 姫さんはがっくりと肩を落とし渋々と答えた。


「フェリス。その調子で頼みます」

「ん」


 王妃がフェリスに声をかけ、フェリスは親指を立てて答えていた。君らいつからそんな仲良くなったん? ワイ知らんねんけど?

 そこへ王女リリィ王子ルーカスたちが部屋にやってきた。


「「おはようございます」」

「おはよう! 今日は観光ではなく学園見学でつまらんかもしれんが、こちらの学園を見ることも見識を深めることに繋がるだろう。これも王族の務めというやつだ」

「何か面白いこともあるかもしれません。楽しみにしています」

「はっは。あまり期待しないほうがよいな! 面白いことはついさっき起きたがの!」


 やっぱ近所のおっさんだな。最初は真面目に国王みたいなこと言ってたがその次の言葉で台無しだよ。


「行くんならとっとと行こうぜ」

「フィーネよ。しっかりと案内を務めるのだぞ」

「はい! 大丈夫ですお父様! 自信あるんです!」

「………アキトにうつつを抜かすでないぞ」

「ちゃんとします」

「私が阻止するから大丈夫」


 フェリスが今度は国王オヤジに親指を立てている。親父は苦笑いで返すと執務に戻ると言って部屋を出て行った。


 一方の俺たちも外の馬車に向かって移動だ。結局俺は制服を着たままだ。脱ごうとしてもシエラに阻止される。絶対学園の制服を着てる俺を見て面白がっている。その証拠に王女リリィと笑いながらこっちを見ながら歩いている。せめてもの抵抗でネクタイはせずに制服の上から防具をつけている。ちょっと動きづらいがいいか。


 城にある馬車につくとリーネと御者の騎士たちが待っていた。


「皆様おはようございます。アルフィーネ殿下の助手を務めます。リーネと申します。王女殿下、王子殿下、今日はよろしくお願いいたします」

「お願いするわ」

「よろしくお願いする」

「リーネも案内なのか」

「はい。私も学園の卒業生ですので」


 しっかりしてるリーネがいるならちゃんと案内されることだろう。俺たちは学園に入ったことないから案内される側のようなものだしな。というか学生が護衛に付くって言ってたけど学園で合流かな?


「騎士団長。学園生の護衛は学園で合流か?」

「ええ。学園で合流ですよ。昨日の打ち合わせ通りお願いしますね」

「優秀なのが来るのを期待するよ」

「私の次男とカインズの長女もいますからね。アキト殿のことは知ってるはずですので、おそらく昨日話したようなことはないかと思いますよ」


 カインズって誰だったかな? …………宰相か。そんな名前だったな。


「他がどうなるかだな。学園生の護衛は何人なんだ?」

「5人です」

「多くないか?」

「私の代わりは学園生5人では済みませんよ。ですが、数は力ですよ」

「あ~………そう考えると確かに……あれ? 強さ基準なら俺だけでも………数は力だったな」


 確かに数が多ければ優位には立てるよな。その分手分けして対応することもできる。何をするにしても数が多いというのはいいことだ。有能な指揮官が数を有効に使えばなおさらだ。今回の場合指揮官は………姫さんか……不安しかねぇ。


「アキトーもう行くわよー」

「わかった~」


 御者席に座り学園に向かう。学園は南区にあって城の正門から近い。なのですぐに着く。学園は実は何回か見たことがある。大通りにあって敷地も広いから結構目立つのだ。門を通ると真ん中に時計塔があって3階建ての左右対称の大きな建物が正面に見える。建物までの道は50メートル程度はあり綺麗に整備されていて、左右には芝生の広場があって木も等間隔で植えられている。よく手入れされているのがわかる。馬車が止められたので降りる。


「大通りから見たことはあったけど……広いわねぇ」

「無駄に広い」

「ヴィクトリアンの学園より広いわねぇ。建物も綺麗だし」

「中を見るのが楽しみです」


 それぞれが素直に感想を漏らす。俺としては前世で見たアニメの世界に出てくる学園って感じだなぁと思っている。テンプレが起きないことを祈るのみ。あ! 俺は学生じゃないから安心やな!


「皆様こちらへどうぞ」

「あ! リーネ! 私の仕事を取らないでください」

「殿下。私も助手として案内役ですので」

「む~~~!」


 姫さんがリーネに仕事を取られて不貞腐れているが……昨日王女リリィから聞いた話を思い出すな。なるほど………こういうことか。あざとくて腹が立つな。違う視点を聞いただけでわかるようになるもんだな。王女リリィを見ると表情には出ていないが真顔で少しイラついてるのがわかるな。表に出さないのはさすがだ。こういうのは見習わないとな。


「では我々はここまでです。アキト殿。よろしくお願いいたします」

「はいよ~。レイ。王女リリィたちの前歩いてくれ。シエラとフェリスは俺と一緒に後ろ」

「は~い!」「わかったわ~」「わかった」


 指示を出して前を歩いて行くリーネについていく。あまり意味はないかもしれないが一応前後にいようと思う。王女リリィも帯剣してるしすぐに学園の建物に入るが念には念だ。


 学園に入ると制服姿の5人の種族が入り混じった男女と教員らしい男が一人待っていた。あの5人が護衛につく学園生か。論外だな。護衛なんだから防具くらいつけろや。帯剣すらしてねぇとかなめとんのか。


「ようこそ我がサンドリアス学園へ。歓迎しますぞリリーナ王女殿下。ルーカス王子殿下。私は学園長をしておりますロベル・ディ・ノルドストレーム公爵です」

「ヴィクトリアン王国第3王子、ルーカス・ヴィルヘイム・イクスバイト・バリエンストレーム・ヴィクトリアンです」

「同じくヴィクトリアン王国第二王女、リリーナ・メレイアス・イクスバイト・クラウゼンブル・ヴィクトリアンです」

「本日は我が校にお越しいただきありがとうございます。と言っても観光するにはあまり面白味はないかもしれませぬがね。ホッホッホ」

「陛下もそう仰ってましたわ。ですが何か面白いことが起きると期待しております」

「あまり期待されても困りますなぁ。面白いことが起きてもそれはそれで困るのですよ」


 学園長が挨拶してきたが………好々爺って感じだな。エルフだから見た目は若いまんまだから違和感がハンパない。村長も最初見たときは違和感しかなかったなぁ。


「そして君たちが護衛についている冒険者たちだな。アキト君のことは陛下やカインズからよく聞いておるし知っておるぞ! ワシもあの謁見にいたからな! あの謁見は愉快であった!」

「やっぱり俺貴族の間じゃ有名人なんだな」

「それはもう有名だ。あれで有名にならんほうがおかしいわい。さて、もっと話していたいが仕事をせねばな」


 挨拶だけだったようだな。まあ案内もあるし、学園生の紹介もあるもんな。

 余談だが、学園長は前宰相だ。だから現宰相のカインズのことも知っている。さらにカインズの妻は学園長の娘だったりする。


「もう! 学園長! 早く彼らを紹介してあげてください!」

「ほっほ。殿下。焦ることはありますまい。時間はあるのです。それに淑女たるもの余裕を持ちませんとな。ではリリーナ王女殿下。ルーカス王子殿下。本日の学園見学では学園生が案内をし護衛にも学園生がつきます。皆優秀な者たちですし、学園内は安全です。将来騎士となる者たちの練習にお付合いただけますかな」

「厳しく評価させていただきます」

「そのほうが面白みもあるでしょうなぁ。君たち、自己紹介なさい」

「「「「「はい!」」」」」


 学園生たちが元気に返事をする。横に5人並んでいるから戦隊モノ感が強いな。順番に一人ずつ挨拶していく。


「シーロと申します。よろしくお願いします」

「クーキです。今日は精一杯頑張ります」

「エアースです。こんな機会をもらえて光栄です」


 3人は平民のようで名前だけだった。なんか存在感が薄そうな奴らだな。きっと王族を前にして緊張して自分を出さないようにしているだけなんだろう。でも残ってる二人に比べると存在感の差があるなぁ。二人は王族が目の前にいても堂々としてる。一人は男でガタイもよく身長も高い。もう一人は女性ということもあって花がある。


「私はマックス・ディ・ハインズバイドです。王女殿下と王子殿下のことは父から伺っております!」

「あら? ハインズバイト卿のご子息なのね」

「はい! 今日の護衛は私におまかせください!」

「よろしく頼むよ」

「………………」


 王女リリィはもう気付いてるっぽいなぁ。ドヤ顔で任せろって言われたからかちょっと顔に出ている。武闘派だからそういうのにはすぐ気付いたんだろうな。それと俺にいろいろ指摘されたのもあるんだろうな。

 王子ルーカスのほうは……文官タイプだから気付いてないのかなぁ。それとも俺たちがいるから大丈夫と思っているのかな。


「あの…何か?」


 お。騎士団長の息子が空気を察したようだ! こういうの見てるの面白いな! そいつの自信を粉々に砕いてしまえ! 多分やりあったら王女リリィの方が強いぞ!


「いえ………よろしくお願いするわ」

「くっく。さっそく手厳しいのぉ。リリーナ殿下。どうかお手柔らかに。まだ学生ですので」

「善処いたします」


 学園長はわかっていて何も学園生たちに指摘していないようだ。一方の騎士団長の息子はわかっていそうにないな。父親に叱られるコースだろうな。


「私はコレット・ディ・シルフィールです。歳の近い同性の者も居たほうがいいだろうということで抜擢されました。何なりとお申し付けください」

「お気遣い感謝するわ。でも女性ならアルフィーネ殿下や冒険者の護衛もいるからあまり気を使わなくていいわ」

「そうですよコレット! あまり護衛を意識しなくてもいいですよ」

「そういうわけにもいきません。あくまで護衛での抜擢ですので」


 5人全員自己紹介が終わったから次は俺たちか? 別に馴れ合う気はないんだがなぁ。


「アキトたちの紹介は………いる?」

「こちらが皆さんと一緒に護衛を担当する冒険者の方達です!」


 姫さんが王女リリィを無視して俺たちを紹介してきた。何となくこの二人の相性が悪いっていうのがわかるな。仕方ないから答えておくか。


「”天翔アマカケル”のアキトだ。こっちはシエラとフェリスとレイだ」

「「よろしく」」「よろしくおねがいしま~す」


 簡単に答えておけばいいだろう。長い付き合いになるわけでもなし。学園にいる間だけだしな。これで案内が始まるかと思ってたらそうはいかなかった。昨日の予感的中だ。しかも絡んでくるのが騎士団長の息子だ。


「ふん! 小さいな! 冒険者で腕が立つのだろうが我々の邪魔はs ドスッ!


 面倒だからとっとと黙らせようと思い腹を殴る。騎士団長の息子は立っていられないのか膝をついた。痛みに耐え苦悶の表情でこちらを見てきた。


「な…何をする……貴様」

「何をするじゃねーよ。お前が護衛に必要ないから排除するんだ。護衛なのに防具なしとかなめてんのか? 剣も持たずに防具も付けずに何を守る気でいるんだ? 自分すら守れてないだろうが。今殴られたのも防具があれば変わっただろうな。さらに言うなら父親の騎士団長から俺のことは聞いてるはずだ。俺を見た目で判断するようなやつなら排除してもらって構わんとも言われている」

「………っ」


 とっとと排除してしまおう。そう思い膝をついていて頭がちょうどいい位置にあるのでさらに殴る。殴るとまだ動けるようでなんとか立ち上がろうとしている。あれくらいなら放っておいていいか。


「姫さん。あいつは護衛にはいらん。他の奴らは防具を付けて、剣を持ってくるんなら付いてこさせてもいい」

「………え? は…はい。アキト様がそう仰るなら…」

「ここまでやるかね………」

「文句は騎士団長に言え。あいつが俺にやっていいって言ったんだからな。俺はマズイと思うって聞き返したぞ」

「まさか排除していいなんて言うとは思わなかったわよねぇ」

「あれは驚いた」

「ていうか学園長はわかってたんなら指摘してやれよな。教育者なんだからよ」

「はあ……そうだの。君たち、急いで防具を付けてきなさい。剣も持ってくるように」

「「「はい!」」」


 存在感の薄そうな3人は慌てて走って行ったが、宰相の娘は両手を口に当てて必死に笑いを堪えていた。やっぱり親子なんだな。多分あいつだけはいろいろとわかってて帯剣せずに防具も付けて来なかったんだろうな。

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