第9話 キサラ・レイン
何か話しているのだろう。すべては聞き取れないが声は聞こえてくる。しばらく待っていると家のドアが開いた。
「アキト。入ってきなさい」
母だった。どこかいつもと声が違って不安になる。
家に入るとテーブル越しに先程の女性と父が向かい合っていた。父の表情は軽く笑みを浮かべている。どこか諦めたような、こうなることを知っていたかのような顔をしている。
「話はついたぞ。あとは君がお別れを済ますだけだ」
いつも俺が座る席は空いていた。母に座るように促され席に着く。母は俺の前に座った。その顔は不安でいっぱいといった感じだ。
「このお方の弟子になるということは聞いた。いいんだな?」
「………そのつもりだよ」
「………わかった。アキトがそう言うんなら父さんはアキトを応援する。頑張ってこい!」
「………いいの?」
「俺は元々自分の子供には自由に生きてもらいたいと思っている。だが正直アキトには冒険者になって欲しくないとも思っている。でも俺の考えや思いを押し付けるのは間違いだとも思う。今までちゃんと言うことを聞いてきたアキトが望むなら俺は父としてお前を応援する。冒険者になりたいと言っていたお前に先生がついて強くなることはいいことだと思う。将来冒険者として有名になってくれたら父さんも鼻が高いからな!」
父は笑顔で言ってくれた。だから2年前に冒険者になりたいと言った時も黙っていたのか。素晴らしい父親に育ててもらえたんだと思う。鼻が高いのは俺の方だよ。自分の考えを子供に押し付けないこんな素晴らしい父を持ったのだから。
「アキト…本当に行くの?」
「うん。行くよ。母さん」
「そう………」
本当は行かせたくないのだろう。さっきと変わらず心配で仕方ないという表情だ。
「頑張ってくるよ。でも正直ね。ついさっきまでは本当にこれでいいのか悩んでたんだ。父さんが一押ししてくれたから決心がついたって感じかな?」
場を和ませようと思い父を盾にした。すると母は父をものすごい形相で睨み何度も父を叩いていた。満足したのか母がこちらを見てきた。
「わかったわ。頑張ってらっしゃい」
「頑張ってくるよ!」
「何年かに1回は顔を見せに来るのよ?」
「………何年かでいいの?」
「そのくらいでいいわよ?」
後からわかることだが長命種であるエルフの時間感覚は人間とは大分違う。だからこそ母は何年かでいいと言ったのだろう。
「心配しなくていい。私の家はそんなに遠くない山の中だから帰ってこようと思えば帰って来られるぞ」
「あら? じゃあいつでも会えるわね」
割と近場らしい。すると女性が席を立った。
「じゃあ行こうか!」
「はい」
俺も席を立ち家を出ようとすると、母に抱きつかれた。
「元気でいるのよ。無茶しちゃダメよ。迷惑かけちゃダメよ」
「大丈夫だよ」
「心配なのよ」
心配性の母のことだからそう言うとは思っていた。だけどなんとか耐えてもらわねば。
「ララ。アキトなら大丈夫だ。この子は賢い。きっと強くなって帰ってくるさ」
「アルフ………」
急に桃色空間を生成し始める2人。爆ぜろ。
「あ~~~ごほん! よろしいかな?」
「っ! す…すいません!」
「申し訳ない!」
グッジョブ!
そして家を出る。見送りに父と母も出てきた。
「それじゃお子さんをお預かりしていくよ」
「頑張ってこいよ!」
「いつでも帰ってきていいからね」
「行ってきます!」
女性と一緒に家を離れて歩く。父と母は見えなくなるまで手を振ってくれた。
「空気読んで正解だった!」
「え?」
「いやー本当は抱えてすぐに飛んで行こうと思ったんだけどね! なんかしないほうが良さそうな空気だったからさ!」
「ありがとうございます?」
「感謝しろよー?」
なんとなく察してはいたのだが結構変人らしい。
「ところでずーっと聞きたかったことがあるんですけどいいですか?」
「なんでも聞け〜」
「あなたの名前は何ですか?」
「………そういえば名乗ってなかったな」
目を見開き自分で驚いたような顔をしている。素で忘れていたのか………。
「私の名前だな。私はキサラ。キサラ・レインという名前だ! よろしくな!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます