第3話 取り憑かれた魔法少年と取り憑いた狂人

「よーし、今日も特訓するぞ!」


 授業を終え、家にたどりついたエドガーは、戸棚からおばけスナックなる菓子を取りだしてパリパリポリポリ食い散らかしたあと飼い犬の散歩にじっくり時間をかけて母親の手料理をのんびり味わったのち熱々のおふろでじんわりと一日のつかれを取って冷たいミルクをごくごく飲んで入浴後のほてりをばっちりうるおしたあとはパジャマを着て父親とボードゲームを楽しんでお気に入りのお笑い魔法放送を見て、それからようやく宣言した。


 かばんの中から一冊の本を取り出す。

『魔法のまなびかた』と書いてある、うすい本だ。


 教科書や入門書というよりも、パンフレットのようなものに見える。


 エドガーはその本を、床に置く。


 指をいっぽん、突き立てる。


 表紙がぺらっ。

 続いてページがぺらぺらぺらぺらっ。

 最後に裏表紙がぱたんっ。


 エドガーは本をとりあげ、もういちど表紙を上にして、床に置く。


 指をいっぽん、突き立てる。


 表紙がぺらっ。

 続いてページがぺらぺらぺらぺらっ。

 最後に裏表紙がぱたんっ。 


 もう一度。


 表紙がぺらっ。

 続いてページがぺらぺらぺらぺらっ。

 最後に裏表紙がぱたんっ。 



「よし、今日のノルマ達成! 特訓がんばったぞ! 僕えらい!」


 それじゃおやすみー、とばかりにベッドに潜りこんだエドガーは、ふとんにくるまって指をいっぽん突き立てる。

 ランプのすぐそばに置かれた紙がぺらっ、とひっくり返って、部屋の灯りを消した。


 窓のそとから音楽のなる木の子守唄がきこえる。





 寝息。





 ……この小僧は、なめているのだろうか。


 レベル上げを。

 狩りを。

 効率を。


 学校での壮大な野望と比較して、なんだこの無駄な時間のつかいかたは。

 なんだその意識ひくい系ノルマは。

 パンフレットぺらぺらめくるくらい、魔法つかわんでもできるわ。



 レベルあげの基本はまとめ狩りだろうが。


 レベルあげの基本は経験値ロスしないぎりぎりのラインの敵とたたかうことだろうが。


 レベルあげの基本はそんでもって血眼になりながら狩りの回転速度アップして死にものぐるいで他者を出し抜くことだろうが。



 まったくもって腹立たしい気分だ。

 私の聖域をおかされたかのようだ。

 わかりたくはないがいじめっ子たちの気持ちがうっすらわかってしまう。


 ああ、なぐりたい。

 なぐってやりたい。


 しかしいくら衝動にからだを突き動かされたところで、幽霊であるわたしのこぶしは何度ふりかぶろうとエドガーの黒髪をすりぬけてしまう。


 ああ、口惜しい。


 幽霊でなければ一発せっかんをぶちかましてやるのに。

 幽霊でなければこんこんとレベルあげの奥深さについて説教してやるのに。

 幽霊でなければ。

 幽霊でなければ――。

 ……幽霊でなければ?





 ――そうか、私は幽霊なのか。





 妙案をおもいついた私は、すやすやと眠るワナビ黒髪魔法少年にちかづくと、その枕元に立った。

 そして、ゆっくりと、彼の胸元へ足をふみおろす。


 ずぶずぶと沼に沈みこんでいくように、私のからだは彼のなかに消えてゆく。



 取り憑いてやる。


 お前が、学校でいちばんの魔法つかいになり、主席で卒業し、聖騎士せいきしの称号を得る、その日まで。


 取り憑いてやるぞ、エドガー。





†††






「あれ……ここ、どこ?」


 起きたかね。エドガー少年。

 ああ、そんなキョロキョロするんじゃない。


 そっちの方向にひとはいないから。

 おい、いないって。そんなせまいとこにいるわけないだろ。

 いいから聞けって。


 そうそう。

 ひとの話はちゃんと聞きなさい。


 私の名前は萩原晋作はぎわら・しんさく

 きみの体に取り憑いたしがないMMO廃人の幽霊さ。

 いま、きみのからだの中からはなしかけているのだよ。


 あ、こら、だからそんなせまいとこにいるわけないだろ。


 探したってみつからないさ。

 私はもう、きみのからだにどっぷりねっとりうっとりべったり入りこんでしまっているのだからね。


「……えっと」


 事態が把握できずにうろちょろと声の出どころをさがしまわっていたエドガーは、意を決したのか、ようやく口を開いた。


「エムエムオー? ってなんですか?」


 世界最高のメンタルトレーニングゲームだよ!

 マゾっ気満点のど変態にしか楽しむことのできない鬼畜な世界さ。

 私はそこのトップランカー、つまり王として君臨していた男なのだ。


 そんな私が、これから君を学校いちの魔法つかいに育てあげてやろうと、こうして取り憑いたわけだ!


「学校いち? 本当?」


 ああ、そんなに目をきらきらさせて。

 オカルトな部分にはおどろかないのだね、エドガー。

 すばらしい才能だ。


 本当だとも、本当だとも。

 学校いちどころか、主席で卒業、しいては聖騎士パラディンになるまでの道を、きみに約束しよう。


聖騎士パラディン!? すごいや、晋作! 本当に本当なんだね?」


 本当だとも、本当だとも。

 さあ、エドガー。まずはあたりを見渡したまえ。


 ここはきみの学校の図書館だ。


 机や床をごらん。

 図書館中の書物がひっぱりだされているだろう。


「え? あ、本当だ。図書館だ。棚の本がいっぱい転がされてる……」


 きみには今からこの部屋中の本を、いっせいにまとめ狩りしてもらうよ。


「まとめ狩り?」


 そう、それが効率的なレベルアップへの第一歩だ。


「レベルアップ?」


 私にはみえるのだよ、きみの経験値バーが。


「ケイケンチ? ねえ、さっきからなにをいって……」


 うるせえ。いいから体をうごかせ。

 魔法をつかえ。

 いっせいにめくるのだ、図書館中の本のページを!


「いやいやいやいや。晋作、そんなの無理だよー。わかってないなあ。こんなにたくさんの本をいっぺんにめくったら、体こわれちゃうよー。僕にできるのは、『魔法のまなびかた』を3回めくりとおすのがせいいっぱいで……」


 もういい。

 もういい。

 もういい。

 時間がもったいない。


 貸せ。

 からだを。


「え? からだ? あれ、勝手に指が……え、あ、ちょっ…うわ、うわ、うわうわうわうわ、うわあああああああああ」




 図書館中の書物のページを、いっせいにめくる。


 めくる。

 めくりつづける。

 めくりまくりつづける。


 だれの手もふれていない書物のページが、バラバラバラバラバラバラバラバラと音をたてて、めくれていく。


 一冊ずつが放つはわずかな紙の音。それが数千、数万。重なって爆音の大洪水となる。


 すばらしい。

 すばらしい効率じゃないか。


 ほら見ろエドガー。ぐいぐいぐいぐいレベルがあがっていくぞ。


「もういいよ! もういいよ! もういいよおおお! 頭いたいよおおおお! もうやめてよおおお! 晋作ううううう!」


 やめてなるものかエドガー。

 いまなお経験値バーはぐいぐいぐいぐい溜まっているのだ。1分ごとに3ぶんの1は伸びているぞ。カップラーメンができあがるまでに1レベルあがるんだぞ。

 たぶん。

 いま時計ないから時間よくわかんないけど。


「そのケイケンチとかいうのが僕には見えないんだってばさあああ! なんだよカップラーメンってええええ! 頭いたいいいいい! 死んじゃううううう」


 あっはっはっ、安心しろエドガー。

 魔法のつかいすぎによる死亡事故など過去に前例がない。

 お前もよく知っているはずじゃないか。


 それだけ叫べているあいだは、まだまだ大丈夫だ。

 ガンガンいこうぜ☆


「うっせえぼけええええ!!」





 私たちのレベルあげは夜更けすぎまでつづいた。


 帰宅すると授業を無断欠席したことを知ったエドガー母が鬼の形相でまちかまえていた。


 さらに図書館を封鎖したあげく本を散らかして痛めつけたことについても知れわたっており、エドガーは夕食抜きの刑を課せられた。


 おまけにレベルあげのしすぎで意識もうろうとしていたせいで居ねむりをしてしまい、3度めのかみなりを落とされたエドガーは泣き崩れたのだった。




 それはさておき、今日いちにちでレベルが50もあがったぞ、エドガー。

 すばらしい効率だったな。GJだ。グッジョブの略だぞ。

 この世界のレベルカンストはいくつだ? なあ。いくつだ?


「もう……ちょっと……だまって、て……」


 ベッドに倒れ込んだエドガーはそういったきり、意識を失ってしまうのだった。



 この世界のカンストはいくつなのだろう。

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