第2話 いじめられっ子と人形少女

 ガンドラそのものでこそなかったが、私はこの世界にひとめぼれした。


 赤、緑、紫の太陽がそれぞれ別の方角から昇って別の方角へしずんでゆく。


 夜になると音楽のなる木から実がおちて子守唄を家々にとどける。


 毒虫のような森林や、竜巻のような海や、処刑台のような岩山のあちらこちらに魔獣たちが巣や群れやコロニーをつくりあげている。


 それらと相容れぬ人類は、そびえたつ灰色の壁にかこまれた王国をつくりあげ、独自の文明をきずきあげている。


 ひとびとは皆、ひとりにつきひとつの魔法をもって生まれる。


 魔法は他人と重複することはない。

 ひとつの個性としてみなされる。



 木から木へと手足のちからだけで飛び移れるもの。


 水の中で数時間は生活できるもの。


 植物を瞬時に育てあげられるもの。


 無生物と会話できるもの。


 にらんだ相手の自由をうばうもの。


 せまい範囲の数秒間だけ時間をもどせるもの。


 

 十人十色の個性がこの世界をいろどっていた。

 すなわちひとりにひとつずつスキルツリーが用意されているということだ。


 魔法のつよさは術者の魔力に比例していた。

 すなわち経験値をかせいでレベルアップすれば与ダメが増大していくということだ。


 魔法のつかいこなしかたを学ぶため、子どもたちは魔法学校へ入学する。その道のエキスパートたちが手とり足とり魔法の特性を指導していく。才能を見そめられた生徒は優秀な魔法つかいの称号、聖騎士パラディンの名を与えられ、王国の発展に貢献する。


 すなわち老害プレイヤーがログインしたばかりの初心者に声をかけ、スキルポイントの振りかたや取得してはいけないハズレスキルなどを親切丁寧におしえていくとみせかけて流れで自分のギルドへ引き入れてしまうアレとまったくもっておんなじことだ。


 すばらしい。

 すばらしすぎる。

 細部こそ異なるが、これこそ私のもとめていた世界。


 

 ガンドラ風魔法世界のあらましをバイアス全開で悟りきった私は、感無量にひたりながら魔法学校へとふわふわ侵入していった。


「なあエドガー、おれらちょっと腹へったからさ、植物園いってカツ丼の実とってきてくんね?」

「え、でも、もうすぐ歴史の授業はじまっちゃうし……」


 アンラッキー。侵入と同時に遭遇してしまう、いじめ場面。

 黒髪メガネの男の子が、デブとノッポとカクガリに進路をふさがれている。

 私自身も学生時代のトラウマがフラッシュバック。


「いやだからさ、腹へってんのよ、おれら。友だちの空腹と授業、どっちが大事なんよ? なあ?」

「そりゃ授業……」

「いやーーー、わかってないねえ、エドガーくん。きみどうせ魔法つかったって紙をぺらぺらめくることしかできないじゃん」

「そんなやつが授業うけたってむだでしょう? 紙めくる速度がはやくなるだけじゃん。なにの役にたつのさ!」

「風おこすの? すずんじゃうの? はん!」

「だったらさ、将来有望なクラスメイトの食欲をみたすことに最善をつくしたほうが、はーるかに世のため人のためになると、そう思わないかねー?」


 ことばの暴力、連携プレー。

 デブとノッポとカクガリが、途切れるまもなく交互に黒髪メガネを恫喝してまわる。すべるように、きたないことばを吐く。うわ、きたねえ。


「え? いじめてるの? ライアン、ゴードン、チャンドラー」


 と、そこへ救世主出現。

 こつーん、とかかと鳴らして、ツインテールをたなびかせて、あらわれたるはお目めパッチリ美少女。赤ん坊サイズの布人形をかかえている。つぎはぎだらけ。うわ、怖え。


 デブとノッポとカクガリのどれがライアンでどれがゴードンでどれがチャンドラーなのかはわからないが、そのうちのひとりが「え、あ、いや……あの」と急にたどたどして答えようとした。


「エドガーをいじめてるの? わたくしの幼馴染を? いじめてるの? いじめてるのね。そうなのね」


 答えさせない。人形をかかえた少女は答えさせない。

 くびの関節をぽきぽきならしながら、まくしたてる。


「いや、いじめてる、っていうか……」


 ライアンかゴードンかチャンドラーのどれかがふたたびいいかえそうとする。

 少女はかかえていた人形を3にんのほうへむけ、うすくほほえんだ。


「目ん玉くりぬいてほしいのね」

「いや、ちが……」

「鼻の穴と穴のあいだのお肉をチョッキンするのね」

「ちが、ちがいます……」

「3にんの舌をひきぬいて取っかえっこすればいいのね」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい調子のりましたごめんなさいゆるしてくださいもうしませんんんんんんーーーーーーー!!」



 いじめっ子たちは去っていった。

 廊下の奥へ向かってまたたくまに駆けぬけていった。


 いじめっ子たちは去っていった。

 固有名詞と特徴的外見という設定を与えられておきながら、まったく識別できないままに。


 さようなら、ライアン。

 さようなら、ゴードン。

 さようなら、チャンドラー。


 もうきみたちに会うことはないだろう。

 なぜなら漂ってくるモブ臭がハンパじゃなかったから。



「大丈夫、エドガー?」


 美少女が人形をかかえていないほうの手でいじめられっ子の黒髪をなでる。

 この少年の名はエドガー。識別完了。


「ありがとう、ビアンカ。くっそー、あいつら。僕の魔法をさんざんばかにして……!」


 美少女の名前はビアンカ。識別完了。


 くやしさに顔をゆがませたエドガーは、指をいっぽん突き立てた。



 ――その瞬間。


 壁の掲示板に貼られた「魔吹奏楽部 部員募集中!!」のチラシが、ぺらっとめくれた。

 端っこだけ宙に浮かんだチラシは2、3秒ほど、パタパタとはためいた。

 そしてすぐにもとの位置に戻った。


 あとは、なにも起こらなかった。





 静寂。






「がんばって、エドガー」


 いじめっ子たちを脅迫したときとおなじほほえみで、ビアンカはエドガーをみつめる。心がこもっていないのが、はためにもわかる。


「うん、ありがとう、ビアンカ! 僕がんばってあいつらを見返して……いや、そんなもんじゃない! この学校でいちばんの魔法使いになって、主席で卒業して、そして立派な聖騎士パラディンになってやるんだ!!」





 静寂。






「がんばって、エドガー」


 美少女ビアンカはあいかわらずの、うすいほほえみ。

 感情すら殺しているのが、はためにもわかる。



 この瞬間、私は決意した。

 エドガー少年を応援しよう、と。


 私のもつ効率厨知識のすべてをもってエドガー少年を鍛えあげてみせよう、と。


 幼馴染の美少女すらみじんも期待できないハズレスキルを生まれ持ってしまった魔法少年を、世界最強の聖騎士パラディンに育て上げてみせよう、と。



 幽霊である私がどうやってエドガーを教育するのか。

 幽霊である私がどうやってエドガーに意思を伝達するのか。



 そんなことは全くかんがえついていない。

 衝動と、直感のみで、決意してしまったのだ。


 だって、こんな縛りプレイでの高難易度クエスト、攻略しがいしかないではないか。


 そしてこれが、地獄のような日々のはじまりとなる。

 むろん、エドガーにとって。

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