MMO効率厨の幽霊が魔法学校の落ちこぼれを鍛え直す

英雄たかはし

第1話 効率厨と魔法世界

 図書館中の書物のページを、いっせいにめくる。


 めくる。

 めくりつづける。

 めくりまくりつづける。


 だれの手もふれていない書物のページが、バラバラバラバラバラバラバラバラと音をたてて、めくれていく。


 一冊ずつが放つはわずかな紙の音。それが数千、数万。重なって爆音の大洪水となる。


 すばらしい。

 すばらしい効率じゃないか。


 ほら見ろエドガー。ぐいぐいぐいぐいレベルがあがっていくぞ。


「もういいよ! もういいよ! もういいよおおお! 頭いたいよおおおお! もうやめてよおおお! 晋作しんさくううううう!」


 やめてなるものかエドガー。

 いまなお経験値バーはぐいぐいぐいぐい溜まっているのだ。1分ごとに3ぶんの1は伸びているぞ。カップラーメンができあがるまでに1レベルあがるんだぞ。

 たぶん。

 いま時計ないから時間よくわかんないけど。


「そのケイケンチとかいうのが僕には見えないんだってばさあああ! なんだよカップラーメンってええええ! 頭いたいいいいい! 死んじゃううううう」


 あっはっはっ、安心しろエドガー。

 魔法のつかいすぎによる死亡事故など過去に前例がない。

 お前もよく知っているはずじゃないか。


 それだけ叫べているあいだは、まだまだ大丈夫だ。

 ガンガンいこうぜ☆


「うっせえぼけええええ!!」





†††





 自己紹介しよう。

 私の名前は萩原晋作はぎわら・しんさく

 本業のかたわらデリバリー配達員にいそしむアラサーのメガネ男子


 本業とは、いうまでもあるまい。

 MMORPG『ガンドラサーガ』のことだ。


 ……なるほどなるほど。その反応。

 ご存じないな。


「ガンドラ! ガンドラ! ほーいほい!」のテーマソングでテレビコマーシャルが流れていただろう。ぷち有名女優が「わたしもやってるよ☆」と大嘘ついていた、あれだ。


 ……見たことがない?


 残念だ。


『ガンドラサーガ』は魔法と魔獣が入りみだれるファンタジー世界を舞台にWEB上で知りあったプレイヤーどうしが助けあい、つながりあい、傷つけあい、ののしりあい、ネット掲示板に晒されあいながら青春を謳歌おうかする、日本ゲーム史上最高のMMORPGだ。


 私はこの『ガンドラサーガ』において国内最大規模のギルドを運営するトップランカーもとい廃課金・廃プレイの効率厨として名をせていた。せまくっていた。


 くる日もくる日も最適効率の狩場をあさり、占領し、だれよりもはやく、だれよりも高く、レベルをあげつづけていた。


 あたらしい装備が実装されればその日のうちに、いや1時間以内に入手しなければ気がすまなかったし、そうすることは私の義務だったにちがいない。


 私にとって『ガンドラサーガ』こそが現実であり、生きるべき世界だった。

 寝て、食って、出す以外のすべての時間をゲームにささげた。


 デリバリー配達など『ガンドラサーガ』に課金を捧げるために無理して担っていたにすぎない。

 レア装備ゲットを脳裏のうりにうかべながらピザや寿司やカレーライスをどこのだれともわからぬ家庭にとどけた。音速で。できるかぎりはやくガンドラ世界に帰るため、音速で。


 商品がぐちゃぐちゃになっているなどと理不尽なクレームをうけることもたびたびあったが、『ガンドラサーガ』のためなら我慢できた。



 そのような日々に、おわりは突然おとずれた。



 あの朝、私が目を覚ますと『ガンドラサーガ』の世界はなくなっていた。

 何度ログインを試みても、何度アプリを再起動しても、私のための世界は開かれなかった。


 緊急メンテナンスが入ったのだろうか。

 そう思い、公式サイトを開いた。


 公式サイトも、なくなっていた。

 404の残酷な文字が私の目のまえを明滅めいめつした。


 最新情報を更新しつづけたまとめサイトや、まことしやかな噂をたれながしていたネット掲示板は、どこもかしこも同じことばを書きつづっていた。


 ――夜逃げ。


 赤字経営。

 不景気。

 新型コロナウイルス感染拡大。


 原因はいくらでも考えられた。

 しかし突きつめれば、ただひとつに絞りこめる。



 私の課金が足りなかったせいだ。

 私の努力が足りなかったせいだ。

 私の愛情が足りなかったせいだ。


 つまるところ、『ガンドラサーガ』が消え失せたのは、私のせいなのだ。



 そこからさきの記憶はあいまいになっている。


 きづくと、家をとびだしていた。

 原付バイクにまたがっていた。


 デリバリー配達のリクエストが届いたのだっただろうか。

 母におつかいを頼まれたのだっただろうか。

 やけになって酒でも買いにいこうとしたのだろうか。


 いずれにしても、それらの目的は達成されなかった。


 私は、家から500メートルほど離れた交差点で、迫りくる大型トラックと正面衝突し、激痛のはじまりとともに意識をうしなった。





†††





 めざめたとき、私は宙に浮いていた。


 自分の死体をみおろしていた。

 あらゆる部分がぐちゃぐちゃだった。そりゃもう、ぐちゃぐちゃだった。グロテスクな表現が苦手な方もいらっしゃると思うのでぼかすが、ぐちゃぐちゃぐっちゃのぐちゃりんこだった。


 野次馬が半径2メートルを囲んでいた。私のまわりに人が集まるなど、生前にはなかった光景だ。


 見おろしながら、私はさとった。

 ああ、私は、死んで、幽霊に、なったのだな、と。


 母にも実家にも仕事先にも「うらめしや」を伝えにいこうなどとは思わなかった。


 ただ、ただ。

『ガンドラサーガ』への未練が、尽きなかった。


 現実世界ここではない、ガンドラ世界への未練が。



 私はさまよった。

 現世のいたるところへ浮遊した。


 ガンドラ世界はどこにある。

 ガンドラ世界へはどこから入る。

 ガンドラ世界にいくにはどうしたらいい。


 同じ問答をくりかえしながら朝と夜を何度もくりかえして、あちらへこちらへと飛びまわった。



 飛んで。

 飛んで。

 飛んで。

 飛んで。

 飛んで。



 そうしたら、なんか辿りついた。


 ガンドラっぽい世界に。

 魔法と魔獣が入りみだれるファンタジー世界に。


 私が廃課金・廃プレイの効率厨として名をせられそうな、ドリームワールドに。

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