2.ドMの錬金術師

 

 「あの巨体でたったこれだけかよ……」


 魔物との戦闘を終えしばらく。俺は家の中にいた。

 既に日が暮れている窓の外の景色を横目に、机の上に転がる数枚の銀貨をいじっている。


 あの時使ったのは錬金魔法であり、一定の価値のある物質を硬貨へ変化させるという上級魔法だ。

 魔力の消費が高いので滅多に使った事は無いが、興奮しすぎてついヒートアップしてしまった。


 ……だというのに、あの魔物の価値はこれだけ。

 銀貨数枚なんて街で数日分の食料を買えば消える。使った魔力相応の価値を得られることが少ないのが、あの魔法の欠点だ。


 「あのぅ。お風呂、ありがとうございました」


 建付けの悪い部屋の扉をギィ、と引いてメイド服姿のエルフ――モニカが姿を現した。

 まだ少し湿っぽい薄紅色の髪、そして湯から上がったばかりの肌は色っぽく上気していて、思わずどきりとしてしまう。

 

 「あ、あぁ。まあ、そこに座ってくれ」

 「はい……あの、助けてくださって本当にありがとうございます」

 「いいんだ」


 動揺を悟られないように顔を逸らすが、すぐ目の前にモニカが座ったためあまり意味を成さない。

 しょうがないよな、家に美少女を入れる機会なんて滅多にないし。


 ……あの魔物を討伐した後、協力してもらった礼も兼ねて一応彼女を家の中へ招いた。

 森を彷徨っていたからか少し薄汚れていたので、色々な話をする前に風呂を貸したのだ。今は予備で新品のメイド服を着ている。

 モニカは椅子に腰掛けると、興味深そうに俺のつついている銀貨を見やった。


 「これどうなってるんですか?」

 「どうって、ただの銀貨だぞ」

 「でもでも、元はでっかいお肉――魔物でしたよね? お金にしちゃう魔法なんて聞いたことが無いです」

 「うーん、まあそれはそうか」


 錬金術――もとい俺の扱う錬金魔法は世間にあまり知られていない。モニカの疑問は最もだ。

 そのワケはそもそも錬金術師が世界に少なすぎる事。ぶっちゃけ、俺が知ってる範囲では俺くらいしかいない。

 しかも俺の使った魔法は完全に別の存在へと変化させるもの。


 「錬金魔法ってやつだ。あの魔物は……正確にはあの魔物の肉体は、相応の価値のある硬貨に変換されたんだ」

 「そんなデタラメな魔法あります?」

 「色々制限は多いが、出来るぞ」

 「制限ですか。……あ。私にやらせた変態行為もそのせいなんですか!」

 「人聞きの悪い。あれは俺の趣味じゃない。魔力の為に踏まれたんだ」

 「魔力の回復に何かしらの行動が必要なのは理解してますが……でも人に踏まれたらなんて、聞いたことがありません」


 モニカはジト目で変質者に対する視線を向けてくる。気持ちいい。

 

 「ちょっと違うぞ。俺に必要なのは快楽だ」

 「快楽……?」

 「そうだ。確かに珍しい方法だが、実際に出来るんだから仕方ない。踏まれるのも、踏まれたくなるのも、縛られたくなるのもな」

 「やっぱり変態さんじゃないですか!」

 「もっと言ってくれ……」

 「ひっ!」


 ずささ、と器用に椅子ごと引いてモニカは俺から距離を取った。

 ああ気持ちいい。美少女に露骨に避けられるのは結構心に来て……失われた魔力がドクドクと蓄積されていくのを感じる。

 

 「う、うぅ。こんな所にいたら美少女のわたしは絶対襲われちゃいます。でも他に行く所も……」

 「安心しろ。俺は絶対に手を出さない」

 「……信じていいんですか?」

 「ああ。手を出すのはモニカの役割だ」

 「一瞬でも信じたわたしがお馬鹿でした……」


 がくり、と落胆される。俺が何をしたというのだろう。

 しかし行く当てがないのなら、ぜひ彼女をメイドとして雇いたい。

 余裕は確かにないのだが、人に罵倒され蹴られる喜びを知ってしまった以上手放すのは実に惜しい。


 「どうだ、うちで働いてみないか」

 「う」

 「他に行く所もないんだろ?

 俺だって魔力を安定して回復する手段があれば、ポーション作ったり何だりで金を稼ぐことが出来る。そうすれば金も払える。うまい飯も食えるぞ」

 「う、うぅ、んぅ~!」


 モニカは自分の中の大切な何かと戦っているように頭を抱え始めた。

 そんな悩むことでもないと思うんだがな。そういう素質ありそうだし。


 「わたしはエルフ……人間に仕えても誇りまでは失うことのない美少女エルフ……! で、でも、ごはん……!」

 「ふ。今日は分厚いチキンステーキを焼いちまうか」

 「~~~っ!!」





 ……たっぷり時間を使って散々何かを悩んだ後、モニカはようやく顔を上げる。

 その顔つきには何かを決心したかのような変化があった。主に口周りが語っている。圧倒的なよだれ……。

 何だろう。そこはかとなく残念臭がする美少女に見えてきた。


 俺がそんな事を思っているかは露知らず、モニカは口を開く。


 「や、雇われてもいいです! でもそれはわたしのメイドとしてのスキルを見てから判断したという事にしてほしいです!」

 「どういうことだ?」

 「この家のお掃除、そして料理をわたしに任せてください!」

 「なるほど、テストという訳か。でも別にそんな事しなくても踏んだり罵倒してくれればそれで、」

 「プライド! エルフには誇りってものがあるんですー!」


 そう言うとモニカは、隅にあった箒を片手にどこかへ行ってしまった。

 こうなった以上未届けはするが、しかし、あいつ最初に家事が苦手とか言ってたような気がするんだがな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドMの錬金術師-駄メイドに踏まれて作ろう万能魔力- @meruneko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ