[15]呪い 十七日目 -六年一組-
「キャアアアアアッ!!? 何で!? 何でよ!!?」
翌日の朝、下駄箱を開けた愛川は、困惑の叫びを上げた。
その中は、無残にも虫畜生共の死骸で埋め尽くされていたのだ。
* * *
六年一組。
本日のこの教室の空気は、より一層の混沌状態に陥っている。
「どういうこと!? 六花と美月が犯人だったんじゃないの!?」
「分かんないよぉ! 見張りはどっちも家に帰るトコ見たって!!」
愛川と山根のツートップは、混乱を隠せない様子だ。しきりに疑念を撒き散らしている。
「他にまだ協力者がいるってんの!? つーか信用できるのその見張りって!?」
「だから分かんないってぇ! そもそも、玄関にだって見張りを立ててたんだよ!? あの後だって、今朝だって、誰もウチらの下駄箱を触った奴はいないって!」
「じゃあ何で入ってんだよ!? 私らが帰る時には何にも無かったじゃん! その見張りが抱き込まれてんじゃねーのか!? ……おい!! アンタだったよなあ、帰りに玄関見張らせたのは……」
愛川は、見張り役の男子の襟首を掴む。だが彼もひたすらに怯えるばかりで、壊れた機械のように自分の無実を訴えるばかりだ。大きく舌打ちをして、愛川はその男子を乱暴に解放する。
「チッ……その六花は!? 美月は!?」
「今日は誰も姿を見ていないって――」
クラスが推定犯人の所在を気にし始めたところで、教室にスマートフォンの着信音が鳴る。それも波立つように、皆の携帯へと次々に。
「な、何だ……? おい、誰か確認しろ!」
愛川の号令に急かされるようにして、クラスメイト達は各々の携帯を確認する。それは、一通のメッセージだった。発信元不明。
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刻ハ満チタ 我ガ闇ヲ以テ 裁キヲ下ス
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そのような文言と共に、どこかの教室らしき真っ暗な画像が添付されている。中央には、顔をフードか何かで隠した、小柄な人物の姿がおぼろげに写る。
「何だこれ……? 美月……?」
「これどこ? この学校のどこか……?」
「うるせえ! 落ち着け!!」
教室に広がり始めたざわめきの伝播を、愛川が一喝してせき止める。
「昨日までの事件の大半が
「でも愛川さん、それじゃあ授業が……」
「知るか! 今大事なのはなんだ!? ヤツらを見つけて、このふざけた事件を終わらせることでしょうが!」
「待て待て待て待て!」
児童達が揉めているところに駆け込んできたのは、担任の先生だ。
「そんなこと先生は認めんぞ! 授業は受けなさい! というか学校内では電源オフが校則だ! 何でお前達、揃いも揃ってスマホを――」
「うるせえ黙ってろデブ! こっちゃ生きるか死ぬかの瀬戸際なんだよ!」
「せ、先生に向かってその口の利き方は何だ愛川!?」
「クソッ、おいお前ら捕まえとけ!」
「うわっ……な、何をする!? くそ、許さんぞ! この問題児共が……フゴゴーッ!」
愛川の指示で動いた側近達がガムテープとメジャーで先生を拘束すると、クラスメイト達は六花と美月を捕らえるべく、一斉に教室を飛び出した。
「あのアマ共、絶対尻尾を掴んでやる……! な、山根――山根?」
「……」
意気込む愛川は山根に同意を求めるが……山根は答えない。
「おい、どうした?」
「――っ! あ、いや、そうだね愛川ぁ! 捕まえたらどうしよっか!? 火炙りかな!?」
「ちょっと昨日から過激すぎねー? お前そーいう趣味なの?」
「う、うるさいなぁ。愛川だってノリノリでリンチしてたじゃん昨日!」
「いや正直引いてたから! お前に合わせてやっただけだから!」
「ああもうっ! とにかく今は、ヤツらをぶっ潰すんでしょ!?」
山根はヒステリー気味に声を荒げる。
そんな態度を少々不審に思った愛川だったが、それ以上の追及は行わず、部下からの連絡待ちに、スマートフォンをしきりに確認し始める。
だが、山根は愛川の注意が外れたのを確認すると……びっしりと冷や汗を額に滲ませていた。
* * *
一時間目、二時間目、三時間目……六年一組の児童は、小学校内を探し回っていた。空き教室、トイレ、物置、林の中、あらゆる箇所を捜索した。
授業時間内に児童がほっつき歩いていれば、当然先生達は止めにかかる。
だが、この日の六年一組は普通ではなかった。正気ではなかった。教員は押し倒してでも拘束し、扉の封鎖、捨て身の足止め、あらゆる手段を用いて障害を排除していった。
実際、一部の教室は不自然に器具が破壊されていたり、カーテンが閉められていたりと、普通でない気配があった。だが、六花や美月の姿はどこにもない。
怪異の正体を求めて彷徨う彼らの姿は、他のクラスにとってはまさに怪異そのもの。瞬く間に混乱が広まり、小学校全体が機能不全に陥っていく。
それでも騒ぎを何とか穏便に済ませたい学校側は、体育教師等を集めた屈強な制圧部隊を投入して、事態の収束を図る。
時間が経つごとに動きの鈍くなっていく児童は、一人、また一人と捕まっていく。
ひとまず即席の拘置所と化した教室に連れ戻される彼らだが、理由を問われても受け答えは要領を得ず、やれ“呪い”がどうの、ヤツらを見つけなければどうのと、熱に浮かされたような返答しか返ってこない。
結局、何が原因であるかも分からないまま、その日の授業時間は終わろうとしていた。
* * *
夕日の差し込む六年一組の教室に、児童達が座らされている。
「先生は未だに信じられん。何故お前達がこんな馬鹿なマネを……」
拘束の解除された担任が、教壇に立って深刻そうに呟く。教室や廊下では監視役として、別の先生も数人、睨みを利かせている。
(クソッ……!)
愛川は歯軋りをしながら、担任を睨みつける。だが、今の愛川には、担任の薄っぺらい言葉に反論することができない。実際その通りだ。授業を放棄してまで、居るかどうかさえ分からない六花と美月の捜索に、どうしてこんなに躍起になってしまったのか。
頭がどうかしていたとしか思えない。それが今の愛川の結論だ。
(あいつが余計なことを言うからだ……!)
――じきに“呪い”が全部を終わらせる!
――もう止まらない……止められねえんだ!!
愛川は六花の顔と言葉を思い浮かべ、苦虫を噛み潰したような気分になる。
今思えば、朝の下駄箱がああなっていた所為で、心のどこかで、“呪い”という可能性を怖れてしまっていたのだ。
そうだ、冷静になってみれば、例えば深夜の学校に侵入して仕込むとか、先生の中に協力者がいるとか、そういう可能性だってある筈。私らは小学生なのだ、真夜中までは監視できない。
けれど、度重なる怪奇現象と、六花の言動によって、オカルティックな連想を刷り込まれていたのだ。まんまとしてやられた。
六花と美月は、はじめからこれが目的だったのか? 私達の心理を誘導して、クラス全員を破滅させることが? だとしたら、何て恐ろしい奴らだ。とはいえ、六花はまあ駒以外の何者でもないだろうから、
あの無口で、びっくりするほど拒絶的で、私らのことを何とも思ってなさそうな顔をしていた美月が、その裏で、どれほどの策謀を巡らせていたのか……こんなことなら、放っておけばよかった。眠れる獅子を起こしてしまったのだ。愛川はひどく後悔した。
(ち……これからどーするよ山根)
愛川は忌々しげに山根の席の方に視線を移して、そこに山根の姿がないことに気が付く。
「あれ……山根は?」
周囲の席の児童にこそこそと聞くが、誰も詳細を知らない。いつの間にやら姿を消したという。昼頃までは、確かに教室内にいた筈だが……。
既に殆どのクラスメイトが先生に捕まり、自分の席に着いている。いないのは、六花、美月を除けば、僅か数人といったところだ。
(どこ行ったんだ、アイツ……?)
漠然とした不安を抱えながら、愛川は教室の窓から黄昏色の街を見下ろした。
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