[14]呪い 十六日目・下 -六年一組-

 校舎裏。建物と薄っぺらい雑木林に囲まれたこの場所は、夕方の時間帯であっても薄暗く、お天道様でさえも中々見通せない、格好の反道徳スポットである。


「ぐぁっ……!」


 その一角に運び込まれた六花は、倉庫の壁に向かって乱雑に投げ捨てられると、そのままうなだれる。


「バッカだね~、柔道やってる愛川に勝てるわけないじゃん。でもいいの? シロート投げちゃって。こう武道コンプラ的に」

「いいに決まってるっしょ。悪をぶっ倒すためだぜ?」

「キャハ! 確かに確かにぃ~!」


 六花は何とか顔を持ち上げると、愉快そうに笑う二人をきっと睨みつける。


「アタシをどうするつもりだ、テメーら……!」

「え? 偉そう。六花ぁ、自分の立場分かってる? 犯人だよ犯人。ずーっとウチらを悩ませてた事件のさぁ」

「言い逃れはできないよ? 証拠もばっちり山根が撮ったしー」

「じゃ、取調べを行いたいと思いまーす。どうせ六花だけの犯行じゃないでしょ。誰とグル? やっぱり美月ぃ?」

「だったらどうした!?」

「え、否定しないんだ。うっわ即ゲロったよ美月かわいそー、仲間でしょ?」

「うるせえ、あんな奴仲間じゃねえよ!」

「ヒッデー」

「いいかテメーら! アタシは美月に脅されてやったんだ……いいや、美月でもねえ! アタシは、あいつの“呪い”に脅されてんだ! もう遅い……アタシがやらなくたって、じきに“呪い”が全部を終わらせる! こんなことしたって何の意味もねえんだよ!! もう止まらない……止められねえんだ!!」


 六花が一通りまくし立て終わると、山根と愛川はぽかんとした顔で見合わせる。


「なにいってんの?」

「大分美月に頭やられてんね」

「ビョーキって伝染うつるもんね~。こっち向いて喋らないでくれる?」

「うっせえ、とにかくアタシは言われた通りにしただけだ! 何も知らねえ! とっとと解放しろ……!」

「うっわ反省の色ゼロ~。これはキョーイク的指導が必要ですね~。やっちゃお愛川ぁ~」

「へいへい」


 山根が促すと、愛川は黒いビニール袋を六花に見せる。六花が落としていったやつだ。


「うっわムリムリムリムリ。よくそんなん持てるね愛川ぁ……」

「うるさい私だって持ちたくないわ」

「どっ……どうするつもりだよ、それ!」

「決まってんだろ」


 顔を強張らせる六花をよそに、愛川はビニール袋を六花の頭上まで持っていく。


「やっ……やめろ! やめてくれ愛川っ……!」

「は? やめろ? 私ら、お前のせいでシューズ買い換えるハメになったんだけど。どう弁償してくれんの?」

「さっきの写真、センセー達に見せれば六花は終わるんだけどさぁ。それだけじゃ、腹の虫が治まらないんだよね~」

「そうそう。お前に報いを受けてもらわねーと……なあッ!」


 愛川が袋をひっくり返すと、が降り注ぐ。


「ヒッ……うわあああぁぁぁぁっっ!! ぁあああぁ、ああああっ!!」

「イッヒヒヒヒヒッ!! きったねーーー!!! サイコーーーーッ!!!」


 腹がよじれるほど狂喜乱舞する愛川の隣に、水道から延びるホースを持った山根が現れ、すぐさま六花に対して放水を始める。


「キャハハハハッ! ごめんごめん六花、今洗ってあげるねぇーーーー!!!」


 どばどばと強烈な水流が浴びせられ、その勢いでは押し流される。山根が蛇口をひねって水を止めると、全身ずぶ濡れになった六花が残された。


「うっわブラ透けてる。エッロ。これ撮ってグループに上げちゃお~っと!」

「えー。さっきまで虫塗れだったんだけどいいの?」

「おっぱい付いてれば何でもいいんだよ男子って」

「ひっでぇー。でもそーゆーとこあるよな男子ー」


 下卑た談笑に興じる二人だったが、ふと誰かがすすり泣く声が耳に入る。


「ん?」

「ひぐ……えっぐ……うええぇ……」

「うわっ、うわうわうわ、泣いてるの六花ぁ? 大丈夫~?」


 言葉とは裏腹に、悪辣な笑みを浮かべて歩み寄ると、山根はそのまま六花の腹部を踏みつける。


「あぐっ……! うぅ……」

「でもさぁ、おかしくない? なんで六花が泣いてるの? 泣きたいのはこっちなんだけどさぁ」

「おいおい、程々にしとけよ山根」 

「でも愛川ぁ、許せなくない!? こいつ今までウチらを散々ハメといて、涼しい顔してウチらのこと嘲笑ってたんだよ!?」

「そーだなー、その通りだ。……この犯罪者がよ! 調子に乗りやがってッ!」


 愛川もまた六花に近づくと、脇腹を蹴り飛ばす。


「かはっ! ゴホッ、ゴホッ……」

「そーそー犯罪者! 犯罪者なんだよ立花は! だから罰せられなきゃなんないの! 犯罪者に人権はない! シケイだよシケイ!!」

「私らがどんだけ辛かったと思ってんだ! 反省しろ! 反省!! 死ね!!!」

「そうだよ六花ぁ、死んでよ。死んじゃいなよ! 毒でも飛び降りでも何でもいいからさぁ! ウチたちに! 死んで詫びろよクズ六花ぁ!」


 何度も何度も入念に足蹴にした後、二人は六花から離れる。

 頭の天辺から足の爪先まで痛めつけられ辱められ、六花はもはや、意識も失いそうなほどに衰弱している。


「だからさぁ、ちゃんと自殺してよね。するまで六花はウチらの奴隷だから。……ねえ愛川ぁ。これって犯罪になると思う~?」

「ならねーだろ、だってこいつが死ぬだけだし?」

「キャッハハハハハ!! 愛川てんさーい!! ねえ六花ぁ、次はどんな目に遭いたい? 公開処刑? 昆虫食? あ、こわーいセンパイとか呼んでこよっか!? 未経験で死んだら可哀想だもんね~! あはっ、一生飼い殺してあげ――」

「……る……せえ……」

「あ?」


 息も絶え絶えに、六花は山根に眼差しを向ける。


「お前も……そんなのも……こわくねえっ……。もっと、本当にこわいもんが、セカイにはあるんだ……テメーらなんかより、ずっと……ッ」

「ふーん、そう」


 山根と愛川は、軽蔑と憐憫を込めた視線で六花を見下す。


「一万。毎日。親の金でも何でも持ってきてね。破ったら……分かるよねぇ?」

「じゃあな六花。楽しみに待ってるよ、明日からな」


 それきり動かなくなった六花を尻目に、二人は勝ち誇った表情で校舎裏を後にした。

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