[13]呪い 十六日目・上 -六年一組-

 その小学校では、不可解な事件が多発していた。

 きっかけは、下駄箱で起きた虫詰め事件。

 それを皮切りにして、次々と起こる常軌を逸した怪現象。

 道具入れに虫がいるとか、物が無くなるぐらいはかわいいほうで、あるときは血染めの手紙が送られ、あるときは遊具が壊れて転落し、あるときは食中毒が発生し、またあるときは倉庫に閉じ込められる。

 特筆すべきは、その現象全てが六年一組の児童ないし教室を対象に発生しているということだ。

 無論、児童も先生も、クラス内部の犯行を疑った。発生する壮絶な犯人探し。連日のように学級会は開かれ、やがて学年集会、全学年呼び出しと事態はスケールアップしていく。給食センターや設備の責任者までをも巻き込み、もはや学校だけの問題でもなくなってきていた。

 にも関わらず、一向に事態は収束しない。犯人は見つからない。

 人々は忌まわしげに、しかし確かに、とある可能性を信じ始めていた。

 ――“呪い”。

 これは、人の手に負えぬ現象なのだと。



* * *



 六年一組。

 普段は和やかで結束の固い――数名の“犠牲者”を除いて――このクラスも、ここ数週間ですっかり荒れ果てた空気に様変わりしてしまった。


「一体どうなってんだよ!?」


 声を張り上げるのは、女子リーダーの一角、愛川。

 高身長で筋肉質、頭は刈上げのいかにもスポーツ女子。実際、柔道部所属だ。


「とぼけないでよ……愛川ぁ」


 食ってかかるのは、女子リーダーのもう一角、山根。

 校則ギリギリアウトの派手なリボンで後ろ髪を結び、まだ染めはしてないが、風貌からは既にギャルの雰囲気が漂う。

 ほんの一ヶ月前までは、ここに六花という女子を加えて三トップだったのだが、今では六花は階級カ-スト最下層にまで落ちぶれて、残った二人も随分と険悪な間柄になってしまっていた。


「愛川がウチらを蹴落とそうとして、こんなくだんない小細工仕掛けたんでしょ!?」

「ふざけないでくれる!? 私らだって被害遭ってんじゃん! そんなことも分かんねーのかこのブス!」

「ウチだっていっぱい迷惑してますが~? ブーメラン刺さってますよ愛川ぁ~」

「んだと!? それだってブーメランでしょうが!」


 ぎゃあぎゃあと口論を始める二人。互いの取り巻きが慌てて諌める。

 少し空き時間が生じると、最近はずっとこうだ。授業は辛うじて行われているが、学級崩壊も秒読みの段階である。


「でもこうまでして犯人が見つからないってなると、もう犯人なんていないんじゃ……」

「おいおい、全部偶然だっていうのかよ。それにしちゃ出来すぎだろ」


 口々に、確証のない推測を並べ立てるクラスメイト達。

 するとその中で、誰かがぽつりと呟いた。


「もしくは、幽霊とか、そういう類の仕業……とか」


 しん、と静まり返る教室。

 一同の視線は、星野という男子に向く。


「「星野オオオオッッ!!」」

「いやいやいやいや確かに『美月の呪い説』を出したのは俺だけど! 俺を恨むのは違うだろ、よしんば事実だとしても絶対俺は悪くない!!」


 美月……一ヶ月前から教室に来ていない女子児童。現在は保健室登校。

 元々暗く友達付き合いが下手で、六年生になってからは毎日、所謂イジメの標的となっていた。

 教室に来られなくなった直接の原因は、腹部の殴打と骨折による入院……とされているが、その怪我を負う羽目になった原因や状況には謎が多く、彼女についての話をするのは半ば禁忌タブーとされている。


「大体呪いとかオカルトとか今の時代にあるわけないだろ! マンガの読みすぎだぞ!!」

「星野がそれ言う!?」

「冗談に決まってるだろあんなん! ジョークとそれ以外の区別もつかんのかこの通信簿体育以外3点が最高ガールズめ!」

「あんだと!!?」

「あっすいませんジョークです今のはぁッ!!」


 曲がりなりにも最高権力者たる女子二名のヘイトを稼いでしまい身の危険を感じたのか、星野は必死に矛先を逸らそうと言葉を紡ぐ。


「あっ、そっ、そうだ! 真面目に考えるなら六花とか怪しいんじゃないかな六花とか! ほら、君達二人共に恨みありそうっていうとあの子でしょ!」

「六花ぁ? 確かにウチはあいつに恨まれてるだろうけど、でも六花にこんな大それたことってできる?」

「六花の奴だって被害受けてるし。あの短気女にそんな工作は無理だろ」

「しかしクラス内の消去法で行くと、もう彼女ぐらいしか残らんぜ」


 星野の意見により、リーダー二名は「うーん」と考え込む。


「あ、美月とグルになってやってる説とかは? もしくは別の協力者がいたり」と愛川。

「あいつらにぃ? 権力以外何の取り柄もない女の権力なしVer.と、時代錯誤オカルト女だよ。魅力ゼロじゃん。そもそもあいつら自体仲悪いよぉ」と山根。

「ほらアレだよ。互いに虐げられるものどうし、手を取り合ってというヤツだよ。なんて美しい友情物語なんだぁ~」星野……また女子二名に睨まれる。


「ととと、ともかく監視をつけてみればいいんじゃないかな! そうすれば白黒はっきりする筈だ。仮にあいつらが無実だったとしても、犯人候補を減らすことはできる。時間はたっぷりあるんだ……焦らずゆっくりロジカルに行こうじゃないか」

「まー確かにねー」

「ところで仕切らないでくれる星野ぉ?」

「あっはい、すみません愛川さん山根さん、わたくし出過ぎた真似を……」


 方針の定まった六年一組は、授業時間の合間に作戦を立てていく。

 一番怪しいのは美月であるが、保健室通いで先生のガードが固いため、こちらは下っ端を用いた偵察に留めることに。

 そして六花の方は、両リーダー直々に放課後の行動を監視することにした。

 片方の派閥へ任せきりにはできない、というのも理由ではあるが、本当のところは、何だかんだと因縁をつけ、六花をシメて憂さ晴らしがしたいというだけだった。

 ここ最近はいがみ合いと疑心暗鬼が続いて、両者とも精神的な疲れが溜まっている。共通の六花おもちゃで遊ぶことによって、ぐずぐずになってしまった両リーダーの関係を修復しようという目論見も、密かに持ち合わせていたのだ。

 かくして、それぞれの思惑が交錯しつつも、六年一組の反撃が始まる。



* * *



 放課後。

 各々の部活をサボって、愛川と山根は六花の後を尾行している。


「確かに六花ぁ、最近部活に顔出してないらしいもんね。メンタルやられててウケる~って思ってたけどぉ……」


 部活に行くでもなく、帰宅するでもなく、校舎内をうろつく六花の姿に、二人は仄かな期待感を覚える。

 やがて、六花は美術準備室へと入っていく。


「おやおや、授業もないのに、あんな場所に何用なんですかねぇ」

「おぉっ、これはもしかすると当たりじゃね? どうする山根、取り押さえちゃう?」

「いやいや、まだ早いっしょ。捕まえるならケッテー的な瞬間……ゲンコーハンならタイホジョーはいらないからね」

「さすが山根! 詳しい~! マジ天才だわアンタ!」


 こそこそと部屋から出てくる六花を遠巻きに観察しながら、二人の女はほくそ笑んだ。



* * *



 下駄箱。

 両手に黒いビニール袋をぶら下げた六花が、怯えた視線で辺りをきょろきょろと窺う。周囲に誰もいないことを確認すると、ごくりと唾を飲み込み、山根の下駄箱を開こうとする――


 ぱしゃり。

 

「……うわっ!?」


 陳腐なシャッター音とフラッシュの光に、六花は驚いて振り向く。


「証拠見っけぇ」


 廊下の方からスマートフォン片手に歩いてきたのは、山根。

 すぐさま逃げ出そうとする六花の退路を、玄関側から現れたもう一人、愛川が塞ぐ。


「まさか六花だったとはね……随分、好き勝手してくれたじゃん?」


 ぽきぽきと腕を鳴らしながら、獰猛な笑みを浮かべる愛川。

 ぺろりと舌舐めずりをして、前髪をくるくる弄ぶ山根。

 二人は、狩猟者の目をしていた。追い詰めた獲物りっかを前に、どう料理してやろうか思案する、嗜虐の視線。

 六花はビニール袋を放ると、スマートフォンを奪うため、必死の形相で山根の腕へと掴みかかる。


「っあああああ!!」

「ちょっ……触んな! おい愛川ぁ!!」

「あいよ」


 ぬるりと詰め寄った愛川が、六花の背後から制服の襟を掴む。

 両足が地を離れ、即座、背中から床材へと叩きつけられた。

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