[11]呪い 零・一日目 -六花絹江-
太陽の沈んだ街。
黄昏時すら過ぎ、青色の空が黒く染まっていくころ。
大抵の小学生は家に帰って、暖かいご飯を食べてるころ。
「来たわね」
アタシは美月の手引きで、路地の奥にある小さな廃工場を訪れていた。
剥き出しの鉄線にドラム缶、纏わりつくような淀んだ空気、泥と油と腐った何かの悪臭。快適とかリラックスとかとは程遠い空間だ。
「こんな所で何すんだよ」
「仕込みよ。準備が必要なのよ、色々」
「仕込みって、何の……」
「呪い」
美月の呟いた一言に、アタシの気は引き締まる。
「人目につかない所がいいの。こういうのは、衆目に晒された時点で終わりよ」
「だからって、こんな危ない場所……大体、こーいう所って、ヤバいオトナとかが来たりするんじゃねーのかよ」
「ああ、大丈夫。此処は安全だから」
言い切る美月に気圧される。
ともかく、アタシはこいつに従うと決めたのだ。
いざというときは逃げるとして、ひとまずは信じるしかない。
「で、具体的には何を?」
「そうね、まずは……」
美月はパイプと鉄柵の間に入っていくと、ごそごそと隙間から何かを取り出す。あっという間に美月の着ていたセーターが真っ黒に汚れる。アタシは気が滅入った。
「はい、これ」
「……うわっ!? ヒィッ!?」
美月が見せてきたもの……それはゴキブリホイホイの巨大版みたいな奴だった。中身は……言及したくない。
「この袋の中に入れるのよ」
美月は黒いビニール袋をアタシに押し付ける。
「ざっ……ざけんな! やれるわけないだろこんなの! 何に使うんだ!!」
「あら、虫って結構ポピュラーでしょ、こういうのだと」
「だっ……だったらお前がやれよお前が! できるんだろ!?」
「ええ、勿論」
「なっ……」
美月は自前のビニール袋を取り出すと、躊躇いなく素掴みしては、ソレらを収集していく。
「いっ……嫌じゃねえのかよ」
「別に。人の方がよっぽど嫌」
「……だからお前は仲間外れなんだよ」
「そうね……」
気まずい空気のまま、美月は仕込みを進めていく。
「……美月」
「別にいいわよ。出来るとも思ってないし」
「なっ……!」
「六花さんには、もっと綺麗なオシゴトやってもらうから」
「じゃあ、何で連れて来たんだよ!」
「打ち合わせするにしても、誰の目も届かない所が必要でしょ」
「別に保健室とかでも……」
「甘い」
罠から逃げ出した一匹が、アタシの顔を掠めてく。
アタシは思わず飛びのく。
「いい? 私達は、普通じゃないことをするの。ひとつ間違えれば破滅する。それは貴方が一番分かってるでしょう」
「……ッ」
「事が動き出せば、あいつらも私達を疑い始めるわ。自由な行動は厳しくなる。勿論学校内にも密会場はあるけれど、なるべく後まで取っておきたいし」
「……そこまで考えてるのか」
「……当然よ。ともかく、貴方は私に従っていればいい」
あらかた詰め終わると、袋の口を縛って、美月はスプレーを噴射する。
中の畜生共は生命の危機に暴れ狂い、物凄い音を立て、牢獄から脱出せんとするが……大半は力尽き、物言わぬ死骸と成り果てていく。
「うわ……えげつねえな」
「貴方達ほどじゃない」
「……関係ねえだろ」
「そうかしらね……」
「……虫って、死ぬ時苦しいのかな」
「さあね。……ああ」
「……?」
「私は、苦しかったわよ」
何とも思ってなさそうに、美月は付け加える。
けれどその言葉には、何というか、人間味があるように感じられた。
* * *
「キャアアアアアァァァッ!!」
その日の登校時間は狂乱の様相を見せた。
六年一組の下駄箱に詰められていたのは、虫、虫、虫。虫の死骸。
上履きの上からどっしりと、黒いビニール袋に包まれて。
女子は泣き喚き、先生達が慌てて飛び出してきて、急遽、掃除と浄化作業に追われるという大惨事になった。
* * *
「サイッッテーよ最低! どこのどいつよ、あんな悪戯仕掛けたのは!」
「あれはイタズラの範疇超えてるよぉ~!」
六年一組の教室で怒り狂ってやがるのは、
勿論、この事件の犯人はアタシ達だ。前日の放課後、美月と共に、予め空き教室に運び込んでおいた虫詰めのビニールを持って、下駄箱の中に突っ込んだのだ。
何往復もするとバレる確率が上がるから、一人三袋で合計六人。当然、今の
ともかくあいつらはショックの余り、さっきまでピーピー泣き散らしていた。いいザマだ。おまけにあいつらはアタシ達が犯人だなんて露ほども思ってない。ヘッ、アタシを敵に回すからこうなるんだぜ。
「ちょっと、何笑ってんの六花ぁ!」
「自分が外れたからって……!」
山根の方がアタシの視線に気付いて突っかかると、すぐに愛川の援護射撃。完璧なコンビネーションだね。しかしこうして外部から見ると滑稽だな、アレ。本当は互いにそんな好きじゃないくせに。
「いや別に、アタシはいつも通りだし。そうだろ? 二人こそ、取り乱すなよ。人の上に立つ奴がさ――」
アタシがいい気になってると、机の中でがさりと音がした。
えっ?
アタシがおそるおそる机の中を見ると。
そこには黒いあいつが何匹か。
「うわああああぁぁぁあッ!!?」
素っ頓狂な叫び声を上げて、アタシは椅子から転げ落ちる。
その様を見てた二人が、アタシを指さして嘲笑い始めた。
「うわっ……六花だってやられてるじゃーん! ダッッサぁ!」
「ひえっ、やめてよやめてよぉ! 机の中に虫なんて……寄らないで、穢れる穢れるぅ~!」
な、なんでアタシの机の中にこんな……聞いてないぞ!?
美月……あいつ! 絶対あいつだろ!! アタシに黙ってこんなこと……あいつさりげなくアタシに復讐しただろ!? ざけんな! 授業どうしろってんだよ!!
クソッ、やっぱり許せねえあいつ……全てが終わったら、絶対もっぺん痛い目見させてやる……!
貼り付けたような侮蔑の笑みを浮かべる二人を尻目に、アタシはそんなことを決意した。
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