[6]白 -美月宇佐子-

 病院。白い床。白い壁。白いベッド。白い服、白い医者。

 白は嫌い。明るいから。

 光は闇を暴き、三原色もまた自らの領域で闇を照らす。けれども黒い光は無い。闇は初めから其処に在るだけで、これ以上生み出すことは叶わない。光を遮るしか闇を守る方法は無く、闇は光によって常に駆逐される。

 即ち闇は“被害者”であり、だから私は闇が好きだ。

  

「大丈夫か、宇佐子」


 ベッドの上でぼうっとしていると、ひとりの男がやってきて、私に声を掛ける。中肉中背、くたびれたスーツを着込んだ、どこにでもいるような男。

 笑えるわね。私も、貴方も、こんな場所にいたら、白に掻き消されてしまいそうなのに。 


「別に」

「ずいぶん派手にやられたらしいじゃないか」

「骨、折れてるって」

「その割には平気そうだな」

「痛いけど」

「退院はよくて三日後だそうだ」

「聞いた」


 味気なく返答を返していると、男はやがて、差し入れの果物と白うさぎのヌイグルミを置いて立ち去ろうとする。


「待って」

「なんだ?」

「学校の先生に言っておいて。……今回のこと、騒ぎにするなって」

「なぜ?」

「面倒だから」


 お腹の辺りが、呼吸をする度、言葉を発する度、訴えかけるように鈍い痛みを生じさせる。

 けれど、私の内から生じる不快感よりは、私の外から向けられる嫌疑や好奇の視線の方が、私にとっては制御し難く、不愉快な現象だ。

 下手に話題になるよりは、封殺してしまう方がいい。他でもない被害者の私が望めば、先生方も従わざるを得ないだろう。それに何だか……六花アイツのあのザマを思い返すと、これ以上の制裁は不要な気がした。


「やられたままでいいのか」


 男は閉め切られた窓の方を向いて、無感情に呟く。ふふ、面白い冗談ね。


「よくなかったら、貴方をはじめに殺してる」


 病院にてんで相応しくない呪詛を、男は気にも留めずに受け流すと、そのまま病室を出て行った。

 手を伸ばすと、ヌイグルミに手が届く。いつも、寝るときに抱いているうさぎさん。

 ああ、うさぎさん、うさぎさん、でもね、貴方を好きなのはね、闇に沈んだ私の家の中で、貴方だけが白いからなのよ。ぎゅっと抱えて眠りに落ちれば、白を征服してしまえるからなのよ。

 けれどこの病院の中では、貴方は多数派。白の眷属に過ぎない。

 だからごめんね、私は貴方を殺すわ。

 うさぎさんの頭を胴体からお別れさせると、哀れな死体うさぎ体液わたに浸りながら、私は眠りに就いた。

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