[3]加害者の主張 -六花絹江-

 苛々とした気分で、橙色の陽が差し込む階段を上がる。

 ただでさえ説教のせいで部活に行き損ねたのに、教科書を置き忘れてきたことに気付き、こうして教室まで寄り道するハメになっている。あの肉塊ゴミめ。まあ後者は十割アタシのせいなのだが、この際関係ない。

 教室のある三階まで上がり、廊下に出ると、正面に人影がひとつ。

 それは美月だった。

 歩くたび、ぼさぼさの黒髪が揺れる。相変わらず一ミリも整えてねえなあいつ。前髪の目に掛かるとこだけ邪魔だから切りました~的な。それもざっっつなカット跡。

 アタシの視線に勘付いたのか、美月は一瞬顔を上げるが、すぐに興味を失くしたように俯き、そのままアタシの横を通り過ぎる。

 

――相変わらず腹立つな。

 

 暗がりに消える美月の後姿を見送りながら、アタシは説教りふじんへの怒りを募らせる。

 そもそも、確かにアタシは階級カーストにおける上位者であるが、その地位を維持するのがどれだけ大変だと思ってんだ? おしゃれの雑誌を買い漁り、ホットな話題を研究して、友達の地雷は避け、SNSのメッセージは秒で返す。うっかり寝てた? ぼーっとしてた? いいや、一度のミスも許されない。それに加えてアタシは家に帰ってもが幅を利かせているから、ことさら気が滅入る。

 頂点に立ち続けるのは、相応に苦労するのだ。だからこそ、報酬はあってしかるべきじゃあないか。

 比べてあの美月という奴はなんだ。身だしなみには気を遣わない、共通の話題は持たない、根暗、SNSの類にも無関心。そんな奴とどう仲良くしろっていうのか。

 つまり、あいつは学校生活スクールカーストを生き抜くための努力を怠っている。放棄している。別にそれは構わないが、だったら相応の扱いを受けてもらうだけだ。

 だというのに、美月の態度はいつでも尊大だ。アタシらがやっているときだって、限界までアタシらに興味を持とうとしない。別に効いてないわけじゃない……それはあの視線と、本を奪うときの抵抗感で分かる。強がりアピールに過ぎない。過ぎないくせに、それでもあいつは、いつまでも不遜な対応をやめない。やめようとしない。そこが最高に腹立たしいのだ。五年の時に同じクラスになってから、もう一年ぐらいはずっとイジメてるってのに。


――あー。ムカついてきた。


 廊下を踏みつけながら歩くと、やがて教室に辿り着く。半開きのドアを乱暴に押し開けて侵入すると、教室内を見渡す。

 美月の机の上には、赤色のランドセルが置いてある。どうやら放課後から、あいつはずっと教室に居たらしい。部活には入っていないし、図書委員は教室での居残りとは無縁だと思うが……何をしてたんだ?

 まあ、いい。それよりアタシはいいコトを思いついた。今、美月は席を外してる。教室には他に誰もいない。つまり、アタシは美月の持ち物を漁り放題だということだ。勿論、美月はアタシを疑うだろうが、ちょっと脅してやれば抵抗はしないだろう。トチっても、あの肉塊ゴミに告げ口するのが精々だろうし。

 さてさて、何を奪ってやろうか? 教科書? 家の鍵? あるいは、もっと面白いもんねーかな!

 アタシは期待に胸を弾ませながら、美月の席に近付いた。

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