[2]非理解 -六花絹江-

「六花。お前、いい加減にしろよ」


 目の前で肉の塊がなんか蠢いてる。

 いや、一応は、アタシのクラスの担任ってやつだったっけ。

 中年のデブ男。名前忘れたけど。


「何のことっスかねセンセー。アタシ忙しいんすけど」

「とぼけるんじゃない。美月のことだ」


 放課後、本当は部活の時間帯だってのに、横暴にもアタシを呼びつけた担任ゴミは、職員室でそんな戯言を始めた。顔真っ赤。ウケるね。


「まずその態度は何だ! 足を下ろせ、そもそも立て!」


 コロコロ椅子に脚組んで腰掛けてたアタシを見かねて、担任ゴミは声を荒げる。

 アタシは顔をしかめて、仕方なく立ち上がる。

 話するならさっさと始めてくれないかな。時間の使い方下手か?


「いいか六花、お前のやってることは立派なイジメだ」

「イジメって立派なもんじゃないと思うんすけどセンセー」

「揚げ足を取るな! いいか、先生はお前達の良心と自主性に任せてきたが、もう限界だ」

「放置してただけでしょ」

「黙って話を聞け! ……はぁ、いいか、確かに美月は、人に合わせることが苦手な奴だ。だからといって――」


 そう切り出すと、この担任ゴミはくどくどと道徳を説く。

 もういちいち反応を返すのも面倒なので、空返事しながら視線を遊ばせる。

 ふと目に入るのは、窓の向こうの廊下に張られた『イジメはやめよう』のポスター。


「先生も若い頃はやんちゃで、下に見た奴を殴ったりすることもあった。けどな――」


 あ、なんか語り始めた。その話、この前の学級会でも言ってましたよね。鶏かな?

 結局のところ、この見るに耐えない中年男性ゴミクズが言いたいのは、『美月イジメやめてね☆』以上でも以下でもない。だったらあのポスター見せれば済む。それにアタシが「嫌」と言って終わり。解散。それをよくもまあ、こんなに他人の時間を浪費させられるよな。

 確かに担任ゴミのいうことは正論なんだろう。だが、正論は誰もが正しいと分かるから正論なんだ。それは子供だって例外じゃない。夏休みの宿題は早くやった方がいいに決まってんだろ。分かった上で無視してんだよ。けれど奴らはを理解してない。自分だってちょっと前まで子供だったくせにな。

 オトナってのはなぜか、既に書かれた文言ポスターより、自分の言葉の方が説得力があると思い込む。自分ならこのバカな子供に理解わからせられると妄想する。

 そんなわけあるか。お前の情報量はポスターと同等だ。


「このままじゃ、将来絶対に上手くいかなくなるぞ」


 ああ、出たよ。お決まりの脅し文句。テンプレしか喋れないのかこいつは。

 ミライのことなんて知るか。誰にも分からない。それを引き合いに出して煽るのは卑怯者の手段だ。

 流石にムカついたので「センセーみたいに?」と一言返すと、担任ゴミは「六花ァ!」と、アタシに殴りかからんばかりの気迫で凄んできた。

 笑わせる。

 “イジメ”――要するに、立場の高い奴が、立場の低い奴に対して暴力を振るうのは良くない、って話だろ? それを咎める先生たかいやつが、児童ひくいやつを恫喝してどうするよ。

 それにアタシ知ってるんだぜ? お前が教頭に顎で使われてるってこと。立場が上の先生から仕事押し付けられてるってこと。やってんじゃん、イジメさあ。オトナも。それで子供にはイジメするなってか。はは。

 バレないとでも思ってるのか。つくづくこいつらは子供をバカにする。やめちまえ教員。

 子供はオトナの姿を見て育つんだよ。規則でもなければ教科書でもない。そしてアタシのよく知ってるオトナというのは、気に食わなければ平気で子供に暴力を振るう奴らばかりだ。だがアタシは逆らえない。恐いから。そいつらを殴り倒すことができないから。

 結局、このセカイを動かしているのは暴力だ。暴力が恐いから従う。互いに互いの暴力が恐くて、始めて対等になる。そうでなければ、あるのは一方的な征服だけ。それがセカイの真理。簡単なことだ――子供にだって分かるぐらいに。


「おい、聞いているのか六花!」


 ああごめん、聞いてない。

 

「あーはいはい分かったんで、もう部活行っていいすか?」

「六花。これ以上、反省の色が見られないようなら――

「――は?」


 その言葉を聞いて、アタシは開いた口が塞がらなかった。

 肉塊ゴミも流石にマズイと思ったのか、はっとした表情になる。が、もう遅い。


「そりゃないっしょ、センセー」


 こいつ……それがになるか、知ってる筈だよな? 担任だし。

 ああ、つくづくこの肉塊ゴミは、アタシを見ていない。

 ばん、と教員机を強打する。


「アタシの生傷増やして楽しいか? ……ぶっ殺すぞ」


 吐き捨てると、肉塊ゴミの制止も聞かず、アタシは夕暮れの職員室を後にした。

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